406. 融合禁止と離乳食
9月2日、木曜日。
早朝、その日はアンジェラの声で驚いて目が覚めた。
私、リリィは昨日ライルと融合して眠ったのだけれど…融合して眠ると朝起きた時に、表に出ていなかった方が無意識に体の外に出てしまう確率が高い…。
しかも、全裸で…。
「リリィ!パジャマを着なさい!」
アンジェラがパジャマをリリィに押し付けながらちょっと大きい声で耳元で言った。
「ふえ?パジャマ着てたと思うけど…キャッ。」
ライルのベッドで全裸で、ついでに言うと子供達も一緒に寝ている。
思い出した…融合した後、ライルがどうやってマリアンジェラと眠っていたのか探るためにそのままライルを表に出して留まったのだ。
「え?これ…ちょっとマジ考えられない。」
リリィがパジャマを着ながらブツクサ言っているとライルが目覚めた。
「あれ?うわっ。まじ、これどうなってるの?」
生身の体はライルが保持したままになっていた。
「あ…あ、あ、赤ちゃん…まずいまずい…赤ちゃんが…。」
リリィが動揺を隠せないでいると、アンジェラがリリィの様子を不審に思い問いただす。
「どうした、リリィ何か赤ちゃんにあったのか?」
「アンジェラ…赤ちゃんがいない。生身の体が…ライルの方に行っちゃってて…。」
「な、何てことだ!確認しろ。今すぐ…。」
リリィは半べそをかきながら、ライルの腹部をチェックする。当然子宮も卵巣もない。
「うぇ~ん…ごめんなさいぃ~。うぇっ、うぇっ。」
「リリィ、どうしてこんなことに…。」
「融合している時にライルを外に出してたの。子供達と夢見るって言ってたから…。それでどんなのか見て見たくて。中に入ったままでいたら…ふえぇーん。」
「ちょっと待て、お前たちは妊娠中も融合しても平気だったのか?」
「アンジェラが何を聞きたいのかわかんない…ぐすっ。」
「リリアナとアンドレはリリアナが妊娠した時には合体出来なくなったのだ。覚えていないか?」
「あ、そうだ。僕、代わりに変化して撮影に行ったことあるよ。」
ライルも言った。
「融合と合体が違うものだとすれば、もう一度融合し、リリィになって、ライルと分離してみるんだ。」
「うん。」
ライルとリリィはお互いの指を噛み融合と同時に、リリィの姿になった。そして分離する。
全裸のライルが横にペロンと出てきた。
パジャマは融合時の足元にクシャとなっている。慌ててパジャマを着るライルだった。
「どうだ?リリィ、体は…。」
「自分じゃ見えない。」
ライルが代わりに見てみると、まだ赤ちゃんの形にはなっていないが、小さい核が二つ光っているのが見えた。
「アンジェラ、見えた?」
「あぁ、大丈夫だ。ちゃんといるようだ。」
「びぇぇん、よがっだぁ~。」
泣くリリィの声に目を覚ましたのか、マリアンジェラが目を覚ました。
「ママ、何泣いてるの?」
「ライルと融合したら、ライルの方の体になっちゃって、赤ちゃんがいなくなってたんだもん。ふぇ、ふぇん。」
「ふぅん。どっか違う組織の中に潜り込むんじゃないの?体のつくりが違うから…。」
アンジェラ、ライル、リリィの三人は脳内で思考中…。一瞬の間の後、女性は子宮、男性は???ライルはリリィに言った。
「赤ちゃんがすごく小さい時にわかって良かったよ。生まれるまで融合はやめておこう。下手したら僕、大変なことになったかも…。」
ライルの脳内には『信楽焼のタヌキ』の置物が浮かんでいた。
あくまでも想像であって、実際にどうなるかは謎のままだったのだが…。
今日の夢も楽しかったようで、マリアンジェラとミケーレは超ご機嫌だった。
朝からおりこうさんを絵に描いたように全部自分たちで身支度をし、顔を洗ってダイニングへやってきた。
少し遅れてきたライルに、マリアンジェラが言った。
「ライル、昨日ね、マリー、タコ焼き焼いたんだよ。おじいちゃまとおばあちゃまに教えてもらったの。」
「うん、昨日の夜にいただいたよ。おいしかった。ありがとう、マリー。僕のために持って来てくれたんだろ?」
「うん。ふふふ。」
満面の笑みのマリアンジェラに、ライルもマリアンジェラの髪を撫でて笑みで返す。
幼児相手にやっていることは恋人と同じな感じだが…、マリアンジェラの嬉しそうな顔を見ると止めるわけにもいかず…リリィは複雑だ。
アンジェラはマリアンジェラの過度なブラコン程度にしか思っていなかった。
アンドレとリリアナと二人の子供達も朝食に現れた。
「リリィ、あのね、歯が生えて来ちゃってるみたいで…もう離乳食とか食べさせた方がいいのかな?」
「え?早くない?あ、でもミケーレとマリーも知らないうちに勝手に食べてた気がするね。食べさせてみたら?ヨーグルトとフルーツとか…。」
「そうする。」
ベビーチェアに座らせてリリアナとアンドレが世話をしているのを見ると、本当に微笑ましい。
「かわいいね、二人とも…。」
リリィが言うと、リリアナも嬉しそうだ。しかし、これからが大変な時期でもある…。
でもリリアナとアンドレはミケーレとマリアンジェラの世話も良くしてくれていたため、心配はないだろう。
「赤ちゃん用の離乳食、日本で買ってこようか?」
リリィがそう言った時、ミケーレが言った。
「必要ないんじゃない?」
「え?どうして?」
ミケーレが赤ちゃん達を指差した。
アンドレのプレートからポテトサラダとベーコンを手づかみで取って二人でむさぼり食っていた。
「ひゃ~、どうしよう…。」
そう言ったリリアナに、アンジェラは、笑いながら言った。
「マリーは生後三カ月でかつ丼をどんぶりで食べてたからな。喉に詰まらなければ大丈夫だろう。」
「かつ丼???え?いつ???」
誰がいつそんな物を食べさせたんだろう…。リリィは一人思い当たった…。アズラィールだ。面倒見てくれるのはいいけど、自由すぎて怖い。
そこで、マリアンジェラが頷きながら補足する。
「そうそう、おじいちゃんとこ、いっつもどんぶりもの多かったね。
うなぎとか、天丼とか、いくら丼とか…。いつでも遊びに行きたくなっちゃうメニューなのよ。」
アズラィールはあの時も今も朝霧邸に住んでいるはずだが…出前を取っていたのだろうか?まぁ、そんなことはどうでもいいけど…リリアナがあたふたしているうちに、赤ちゃん達はアンドレのおかずを食べきってパンをかじっている。
リリィは、一体いつマリアンジェラとミケーレがアズラィールのところを訪問していたのかで頭の中がグルグルしていた。
もしかしたら、過去を変えてしまう前と後の記憶がごちゃまぜで、自分の記憶が古い方のばかりなのかもしれない…。
その時は「いくら丼はおすすめよ」と言い切ったマリアンジェラを横目で見たリリアナだったが、ハイカロリー食が能力を高めると思った様だ。
その日の夕方、大きな容器に大量に入ったいくらを抱えてリリアナが家に帰ってきた。
「うわ、すごっ。リリアナ、それどこで買ってきたの?」
「日本の、北海道の市場で買ってきたのよ。今日の夕食は和食よ。」
「すごい執着心ね…。人に見つからないように注意してよ。でも、昨日も和食だった気がするけど…、まぁ、そうね。じゃ白米をいっぱい炊かないと、マリーが一人で一升は食べるわよ。」
そう言うとリリィはパントリーの冷凍庫から和食の食材と、棚から大きな炊飯器を持って出てきた。
リリィもなんだかノリが良くなってきた。フッと消えたかと思うと、10分ほどで戻り、ブリとイセエビとサーモンなどを網に入れて持っている。
「うわっ。リリィもやるわね。」
「和食の食材って、この辺じゃなかなか売ってないのよね。」
二人はノリノリで夕食の支度にとりかかった。
この日からしばらくの間、和食×丼ぶり飯ブームが到来したのであった。




