402. 色々な問題点
三日ぶりの家…、リリィは封印の間で生身の体に入り、そのまま自宅のクローゼットに転移した。
あぁ、泥でできているみたいに体がだるい。重い、そしてお腹が異常に空いた。
『ぎゅるるるる~』
生身の体に入った途端の腹の虫に自分のことながら少々恥ずかしさを覚えつつ、ダイニングに向かう。
今は深夜三時、本来なら誰もいないはずだが、そこにはダイニングテーブルに突っ伏して眠る夫、アンジェラがいた。
彼の前にはラップで包まれた前日の夕飯の残り物が鎮座していた。
『おぉ…これは、イセエビのグリル…、じゅるっ。』
そーっと、アンジェラを起さないように、お皿の端っこを掴んで引っ張って…。
あ、あれ?動かない。お皿が…。
その時、寝ていたはずのアンジェラの眼がこっちを睨みつけているのが見えた。
『ひぇ~、怒ってる。怒ってるよぉ。』
ドキドキ…。どうしよう…帰って来るのが遅かったから?ふぇーん。
「あ、アンジェラ。ごめんね、三日もかかっちゃった。」
私がそう言うと、お皿を持つ手をゆるめ、アンジェラが起き上がった。
「反省してるのか?」
「え?は、反省…してるよ。遅くなって連絡もしなかったし…。」
「そういう時はどうすればいいんだ?」
「ん?んー、逃げる?」
「ば、馬鹿、逃げるな。ダメだ、ここにいろ。」
「ん、じゃあ、土下座?」
「リリィ、ふざけないでおくれ。私が君に求めているものはなんだと思っているんだ?」
「え?アンジェラ、私に何かを求めてるの?」
「…。」
「…。あ、わかった。お土産はね、これ、手ぬぐい。」
「ちがう。」
「え?ちがうの?うーん。」
「リリィ、どうしてわかってくれないんだ…。」
「あ、わかった!!!」
そう言って私は、渾身の愛してるを形に表したようなチューをした。
「んんっ。ふぅ。」
「リリィ…。」
え?まだダメ?違うの?じゃあ、何?何が正解?
「アンジェラ、私、クイズは苦手だよ。言いたいことあるなら早く言って。」
「リリィ…、お腹すいただろ?」
「うん。すごく空いてて…。」
「どうしてかわかるか?」
「食べるの忘れてたから…。」
「はっ…。」
アンジェラが鼻で笑った。むぅ…何なのよ、いったい…。
無視してイセエビのグリルにかぶりついた。
「うっま。」
思わず笑顔になる。
「うまいか?」
「うん。」
あ、怒ってたのに、うんって言っちゃった。ちぇ。
「今回の過去への訪問は、ライルに任せればよかったんだと私は思う。お前が危険を冒してまで行く必要はなかった。」
アンジェラが珍しくごちゃごちゃ文句を言うので、急に腹が立った。
頭を冷やしに、自分の部屋に行こうと思い立ち上がった。
目の前がグルグル回って、外側からどんどん真っ暗になって、見えているものが小さくなった。
次に気が付いたら、そこは病院だった。
気を失ってしまったらしい。点滴が繋がれ、寝かされている。
涙の痕がついたままベッドの横に座って、私の手を握ったまま眠るアンジェラがそこにいた。
「あ…、あれ?私ったら、やっちゃった?」
アンジェラが気が付いた。
「リリィ、ごめんよ。優しくできなかった私が悪かった。」
「…。何のこと?」
あ、イセエビをおあずけしたこと言ってるのかな?お皿押さえてたし…。
「貧血だそうだ。」
「ご飯食べるの忘れてたから?」
「それもあるかもしれないが…」
「え?なに?他にも理由があるの?」
アンジェラが私の額にキスをした。
「リリィ…体を今まで以上に大切にしないとダメだ。」
「う、うん。そ、そうだね。」
コレラに構いっぱなしで三日も食べないで働いて、エネルギー切れになってたのに体に戻ったから、体にも負担がかかったのかもしれない。
そこに子供達を連れたライルがやってきた。
「リリィ、気分はどう?」
「お腹すいた。」
「だろうと思った。」
そう言ってライルはハムとチーズのサンドウィッチを紙袋ごとくれた。
後ろにいたミケーレとマリアンジェラが手を繋いで病室に入ってきた。
「ママ、大丈夫?」
ミケーレは大きいままだ。
「ミケーレ、元に戻ってないの?」
「うん、そうなんだ…。」
そして、小さいマリアンジェラがミケーレに連れられた感じになっているのにも関わらず大口を叩く。
「ママ、聞いてよ。ミケーレったら、この服を選んだんだよ。どう思う?」
「???王子様みたいで素敵だと思うけど…。」
なぜか、胸元にドレープの入ったブラウスのようなシャツと黒いぴったりパンツを履いている。
「ほらぁ、ママはわかってくれると思ってたんだ。ふふん。」
「えー、信じられない。アンドレの王子様の服だよ。今どきそんなの着てる人いないって。」
「マリー、だって…これリリアナが丁度いいからって着せてくれたんだよ。」
どうやらリリアナに遊ばれている様だ。
「ミケーレが良ければ、どんなでもいいじゃない。ね?」
「むぅ。」
マリアンジェラは気に入らない様だ。そこでアンジェラが心配そうに言った。
「ミケーレは自分で元には戻れないようなんだ。一度こうなってしまった場所に行ってどうなるか、確かめなければ…。」
「あ、そうだね…。でも、これじゃあ…。」
点滴を見てため息をつくと、ライルが私に触った。
脳が揺れる感じがした。あ、記憶を読まれたんだ。
「リリィ、僕が君の代わりに行ってくるよ。ミケーレを連れて…。
いいだろ、アンジェラ?」
「あぁ、頼む。」
ライルはリリィの姿に変化して、ミケーレを連れて過去に行ってしまった。
「あ、行っちゃった。」
私がそう言うと、マリアンジェラがベッドによじ登ってきた。
「ママ、大丈夫よ。ライルがうまくやってくれる。ね。」
「そうだね。」
そうして、紙袋から出したサンドウィッチをマリアンジェラと半分ずつ食べた。
大きくなっちゃったミケーレを連れたライルが125年前の朝霧邸に転移した。
「誰かいるかな?」
「ライル、僕…実は変になっちゃったんだ。」
「え?変になった?」
「うん、目が一個多くなって…。」
「あ、それな。すごいな、それ。予知できるんだろ?つーか、ミケーレに触ったら僕にもできるのかな?」
リリィの姿になっているライルがミケーレにべたべた触る。
「ひゃ、ひゃは。くすぐったい。」
ライルが触ったところが紫の光を放つ。
「お、行けたかも。」
その直後、リリィの姿のライルの額に金色の光が…目玉ではないが光を放った。
『予言をしたことが解決されれば、元にもどれるだろう』
光がおさまり元に戻った。
「なるほどね、ミケーレは川の水が浄化されないとダメだって予言したんだろ?
まだ、汚染されている所があるのかも知れないな。」
そこに徠神が走ってきた。
「リリィ、また、患者が出たんだ…。助けて欲しいってじいちゃんが…。」
「お前、徠神か?」
「え?は、はい。リリィ?」
「あ、僕はリリィの姿をしたライルだ。」
「うぇ?あの、よくわからないんですけど…。」
「徠神おじちゃん、ライルはママの双子の兄妹で、ずっと一つの体に入ってたんだ。」
「…?」
「まぁ、いい。患者より先に汚染源を排除するぞ。ミケーレ、一緒に来い。徠神はリリィが川を浄化した場所を教えろ。」
翼を出して二人で飛び、ライルが徠神を抱えて飛んだ。
「ここです。この小屋が大元で感染したらしいです。」
リリィの姿をしたライルの額が光った。
『ここから別の家に移動した女が川を汚染している。』
ライルの口からはそんな言葉が出た。
「徠神、この家にいたのに別の場所に移動した女をすぐに探せ。いいな?」
「あ、ここの家の兄嫁が実家に行くと言っていました。」
すぐに思い当たり、その実家が別の川の側にあることが分かった。
「面倒だが仕方ないな。」
ライルはその場所へ徠神を連れて飛んだ。ミケーレも自分の翼で飛んだ。
大きくなったメリットは翼も大きく疲れずに飛べることだ。
徠神に案内された家に着いた。
家の中に入ると、すでにコレラにかかり、何人も寝ている状態だ。
しかも、この家のトイレは川に垂れ流しだった。
住人をリリィと同じように浄化し、トイレや、その周辺、そして汚物が流れ出た川も浄化した。
今までにないほどのものすごいエネルギーを使った。
朝霧邸に戻ったとき、そこに来ていた最後の患者三人を浄化した。
その時だ、ミケーレは青いオーラを纏い、みるみるうちに元のサイズに戻った。
「やはり、掲示した予知が解決しなければ元に戻れないのか?」
「ライル~、もうお家に帰ろうよ…。」
ブカブカのアンドレの服を持て余しながらミケーレが言った。
「そうだな。」
徠神にもう帰ると告げ、二人は家に戻った。
ライルは自分の姿に戻り、ミケーレを着替えさせたところで、アンジェラとマリアンジェラが転移で戻ってきた。
「ミケーレ、元に戻ったの?」
「うん。」
「ライル、どうやって戻したんだ?」
「予知したことを完全に解決したら戻ったんだよ。」
「そうか…。だが、このようなことがすぐに起きるようでは外に連れて行けないな。」
「そうだな。」
大人の心配をよそに、徠神にもらった手ぬぐいを自慢して楽しそうなミケーレだ。
どうしたら解決に至るのか…。




