表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
401/696

401. 新たな伝説

 8月25日、水曜日の午後。

 リリィに日本の朝霧邸のお手伝いさんからメッセージが入った。

 先日、花火大会の時に着た浴衣を日本でクリーニングに出したのが出来上がったので取りに行ったというのだ。

 自分達のクローゼットに入れておいてもらうのはいいのだが、ミケーレの浴衣は鈴に借りたものだ。返しに行かなければと思い、クリーニングが終わって返って来るのを待っていたのである。

「アンジェラ…。あのさ、浴衣のクリーニングが出来たっていうから、鈴さんに返しに行ってくるね。何か伝えることがあったら言ってくるけど。」

「リリィ…。」

 アンジェラが私の名前を呼び、私の横を指さした。

「ん?」

 指さした方を見ると、ミケーレがなにやらモジモジしている。

「どうしたの、ミケーレ。モジモジしてかわいい。」

 ミケーレを抱き上げて頬にチュとキスをした。

「ママ…僕も行きたい。」

「え?浴衣返しに行くだけだよ。きっと、用事は5秒で終わるけど…いいの?」

「うん。」

「じゃ、徠神おじちゃんのところでお土産も買って行こうか?」

「うん。」

 私はミケーレを連れて徠神のお店に行き、お土産用のスィーツを保冷剤をいっぱい入れて箱詰めしてもらい、日本の朝霧邸に行き、ミケーレが借りた浴衣を持って過去に転移した。


「おっと…」

 バランスを崩しそうになりながら降り立ったその時朝霧邸の離れの縁側には、13歳の徠神がいた。

「あ、天使様~。」

 すごい勢いで走ってくる。ぶつかりそうだ。ミケーレは思わず翼を出し上昇した。

 私は、スィーツの箱と浴衣を脇に置き、徠神をキャッチして持ち上げた。

「うわぁ~」

 そう、リリィは見かけと違って、ものすごい怪力なのである。

「徠神、危ないよー。」

「す、すみません。」

 よく見ると、徠神がべそをかいている。

「ん?泣いてるの?」

「あ、あの…2、3日前からこの辺りで腹痛や嘔吐する人が多くなって、死人も出初めて。母上の妹の子供もその病にかかったと、さっき知らせが来たんです。」

「伝染病かな?」

「わかりません。でも、おじいちゃんがこの3日間で腹痛の薬を買いに来た人がすごくたくさんいたって、今朝言っていたんです。」

 その時だ、空中にいたミケーレが徠神の前に降りた。

「うわっ、ミケーレちゃんも天使様なの?」

「…。うん。でもお花出すのしかできないの。」

「でも、すごい。飛べるなんて。」

 私は、鈴が見当たらなかったため、スィーツの箱を台所の涼しいところに置いて、浴衣を縁側に置いた。

「徠神、これ『ありがとう』って鈴さんに言っておいて。」

「はい。」

 伝染病のことは気になりつつも、帰ろうとした時、ミケーレが浴衣の上に持っていたものをそっと置いた。

 この前の花火見物の絵を描いたのだ。

「ミケーレ、上手ね。花火、きれいだね。」

 私が褒めると嬉しそうにモジモジと頷いている。

 徠神が側に寄ってきて、ミケーレの手を握った。

「ミケーレちゃん、すごいな。絵上手だな。」

 そう言った時、ミケーレに異変が起きた。青いオーラを発しながらむくむくと大きく変化していく。着ていた服が粉々になり成人の大きさの長髪の天使がそこにいた。

 徠神が慌てて手を離す。勢い余って尻もちをついた。

 リリィは慌てて自分が羽織っていたカーディガンをミケーレの腰に巻いた。

 ミケーレは空中に浮かんだまま、第三の眼を開けた。そして低い声で言った。

「死者の山が見える。今すぐ川の水を浄化しなければ…。」

 そしてミケーレは第三の眼を閉じた。何事もなかったように地面に着地し、リリィの側に行くと、甘えた声で言った。

「ねぇ、ママ…お家に帰りたい~。この格好はいやだ~。」

「そうだよね…。どうして服がビリビリになっちゃうんだろうね…。」

 怯えて尻もちをついたまま固まっている徠神に、リリィが声をかける。

「徠神、ごめんね。ミケーレが数日前に新しい能力を発現したみたいで、でもまだコントロールできないの。ちょっと家に連れて行ってくるから待ってて。

 戻ってきたら、伝染病のこと、お手伝いするから…いいかな?」

「は、はい。天使様。」

「天使様じゃなくて、リリィって呼んでね。徠神はうちの旦那様のお兄さんなんだよ。」

「は、はい。リリィ…。」

 リリィはビリビリになったミケーレの服の残骸を拾い集め、ミケーレを連れて家に帰った。


 アンジェラの書斎を覗き、声をかける。

「アンジェラ…ちょっといい?」

「帰ったのか?」

「うん、帰ったんだけどさ、ミケーレが…。」

 後ろでしょんぼり腰にカーディガンを巻かれている大きくなったミケーレを見て、アンジェラもドン引きだ。

「そ、その格好…。」

「徠神に手を触られたら変化へんげしちゃって。予言もしちゃった。

 伝染病が広がっちゃってきそうなんだ。川を浄化しなきゃ死者の山ができるって。」

 アンジェラはミケーレを連れ、自分のクローゼットに行き、少し小さめの自分の服をミケーレに着せ、髪をといて、後ろで結わえてあげた。

「お、いい男になったな。これは、もてるぞ…。」

 クローゼットの中の鏡を見て、ミケーレは驚いた。

「パパと同じ顔だね。」

「そりゃ、パパ似だからな。」

「僕、世界的なアーティストになれる?」

「そうだな、なりたいと思えばなれるんじゃないか?」

 ミケーレはうれしそうだ。マリアンジェラに見せに行くと言って子供部屋に行ってしまった。


 リリィがクローゼットを覗いて声をかける。

「アンジェラ、私、体を封印の間に置いてからもう一回行ってくるね。」

「気をつけて行くんだぞ。無理はするな。」

「うん。」

 そう言って私は家を後にしたのだった。


 封印の間に生身の体を置き、まず、現代の朝霧邸へ行った。

 お昼休み中のお爺様に少し話を聞いてから過去に行こうと思ったのだ。

「お爺様、お休み中すみません。実はある症状について、どんな病気が考えられるかお聞きしたくて。」

「リリィ、まぁ、座りなさい。」

 朝霧邸のサロンで昼食後、コーヒーを飲んでいた未徠に色々と質問をぶつけてみる。

「125年位前のこの辺りで流行った感染症で、下痢と嘔吐を伴い、川の水に関係のあるものって何が考えられますか?」

「コレラの可能性があるな。関東でかなり流行ったのではないだろうか。どうしてそんなことが知りたいんだ?」

「さっき過去、125年前の朝霧邸に浴衣を返しに行ったんです。ところが、徠神がこの辺りの住民に下痢と嘔吐の症状で、死者も出ていると言われて…それにミケーレが…」

「ミケーレがどうかしたのか?」

「あっ…あの…川の水を浄化しないと死体の山ができるって、予知をしたんです。」

「そうか、川上に洗濯場があって汚物を流していたりすれば、汚染される可能性があるだろう。自分もかからないように注意するんだぞ。しかし、薬品を持って行くのは微妙なところだな…。」

「そうですね。薬品は…歴史を変えてしまいそうだし…。

 私、マリアンジェラから得た能力で、浄化って言うのが使えるので、それで対応できるか確認してみます。」

「そうか、とにかくコレラであれば感染源は人間の汚物だ。それをきれいにして川などに流れこまないようにしなければ解決にはならんだろう。経口補水液のレシピを調べて行くといい。」

「ありがと。おじいさま。」

 私は未徠に礼を言うと過去に転移した。

 20分くらい経ってしまっただろうか。徠神がしょんぼりと縁側で座っていた。

「徠神、お待たせ。」

 私は元気がない徠神を励まそうと、最初にスィーツを食べてから行動に移すことにした。

「徠神に手伝ってもらいたいことがあるの。できるかな?」

「できることなら、何でもやります。」

「じゃあ、材料集めから…。はちみつと塩とレモンってあるかな?」

「塩はありますが、はちみつとレモンはかなり高価で数が用意できないかもしれません。じいちゃんに聞いてみましょうか?」

「あ~…じゃいいや。レモンは家にいっぱい生えてて実が生ってるるから持ってくるね。はちみつは…未来の徠神に頼めばいっか…。じゃ、塩、緑次郎さんにもらってきて。」

「はい、わかりました。」

 私は、イタリアの自宅の敷地内の森の近くに大量に生っているレモンの実を取り、徠神の店に言って、お店で使うために大量にストックしてあるはちみつを譲り受け。ついでに、お持ち帰り用のゼリーのガラス容器と蓋も譲り受け、レモンと共に物質転移で過去の朝霧邸に運んだのだった。

 ちょうど、同じタイミングで塩の入った大きな袋を縁側に運び込んでいる徠神がいた。

 適当な入れ物がなく、家の洗濯籠をかき集め、そこにレモンを入れてきた。


「わぁ、すごい。レモンをこんなにたくさん見たのは初めてです。」

「私もこんなにいっぱいは見たことないよ。家の敷地に生えてるのは知ってたけど。

 さて、飲み水ってどうしてる?」

「この辺りは、まだ水道がありません。川の水を汲んでカメに溜め使っています。」

「そっか、それが原因かも。徠神、ここに、井戸というか、地下水掘るね。ちょっと材料調達してくる。」

 そう言って私は現代の日本へ行き、地下水の手動ポンプとパイプなどを購入してまた戻った。

 そこから、徠神の頭に永遠にこびりつくリリィのイカレタ能力が炸裂することになる。

 気が付けば、もう夕方4時。急がなければ…。

 そこに、鈴が帰ってきた。

「天使様…。」

「あ、鈴さん。こんにちは。病人が出て大変なんだって?」

「はい。今も妹のところに行ってきたところです。妹夫婦もその舅たちも皆下痢と嘔吐で…。」

「鈴さん、これは多分コレラっていう病原菌のせいだと考えられるの。だから、朝霧の力で皆を助けようと思う。」

「朝霧の力で?」

「だって、朝霧は薬屋でしょ?」

「はい。」

「じゃ、まず。鈴さんも感染してたら困るから、こっち来て。」

 リリィは鈴にまず手を洗わせて、その後全身を浄化する。

「割烹着とかあったら、二人とも着てくれる?」

「「はい。」」


 まず、私は地下水の場所を探り、その場所の土砂をきっかりパイプの太さで地上に転移させた。水がぴゅーと飛び出してきた。

 そこにパイプを繋げ、ぶっ刺していく。本来なら溶接するのだろうが、そんな器具は持っていないので物質転移で2本のパイプを一部のみ重ね一体化させた。

 地下30mを超えた辺りにいい水脈があった。レトロなデザインの手動ポンプを買ってきて良かった。なんだか素敵…。繋いだパイプを地下に差し込みドンドン長いパイプが地面にめり込んでいく…。

 途中で徠神が触ってみたが、パイプはピクリとも動かなかった。

 しつこいようだが、見た目のしょぼさとは相まって、リリィはものすごい怪力なのだ。

 5分もかからずパイプをねじ込み、手動ポンプも取り付け、使い方を教える。

「あ、ほら。このレバーをね、上下に動かすとお水が出るんだよ。それをね、大きいお鍋に入れて欲しいの。」

 リリィが言うと、鈴が急いで鍋をいくつも用意する。

「いいね。それでね、一応心配だから一回沸騰させようね。」

 汲んだ水を土間のかまどの火にかけ沸騰させ次から次へと回していく。

「じゃ、沸騰して少し冷めたお湯をこの瓶に、この文字の上のところまで入れてくれる?」

 徠神がそれをかって出た。瓶はものすごい数用意されてた。『Château des Anges』と書かれたその瓶に次々とお湯を入れていく。

「リリィ…この文字は何と書いてあるのですか?」

「あ、それ。未来の君のお店の名前、『天使の城』だよ。」

 徠神の顔がパアッと明るくなった。

「じゃ、その瓶にレモンのしぼり汁をこの大匙で1、塩をこの小さい匙で半分、はちみつはこの大匙で2つ入れて、蓋をして振って混ぜて。」

「「はいっ」」

 二人とも必死で作業を続けた。リリィもレモン汁を絞るのを手伝い、あっという間に2000本の瓶に経口補水液を作った。

「あ、でもこれは赤ちゃんに飲ませちゃだめ。赤ちゃんには、はちみつは危険なの。

 だからこっちの瓶にはしるしをつけて、お砂糖を代わりに入れてね。」

 わかりやすいように瓶の上に赤いマーカーで印をつける。徠神はマーカーにも興味深々だ。

 出来上がったものを冷やすため、リリィが能力を使い嵐を呼んでごく一部にヒョウを降らせた。

「冷蔵庫無いって、超不便だね。悪いけど、このヒョウを集めてその洗濯籠に入れて、その上に瓶をのせてくれる?」

 徠神も鈴もドン引きしながらもリリィのいう事を聞く。


「さて、準備が整ったよ。緑次郎呼んできて。」

「は、はい。」

 鈴が走って緑次郎を呼びに行く。緑次郎が駆けつけたが、どうも顔色が悪い。

「緑次郎、感染してんじゃん。」

 リリィは緑次郎の腹部に黒い影があるのを遠くからでも見ることが出来た。

「じゃあ、緑次郎で試すから、見ててね。」

 リリィは縁側に寝かせた緑次郎の前で翼を出し緑次郎には触らずに手を広げた。

 一瞬眩い白い光がリリィから出て緑次郎に降り注いだ。

 緑次郎の腹部の黒い影は消え、顔色も改善した。

「うん、いい感じ。浄化できるみたい。じゃ、次ね。必ず手洗いには石鹸を使って。タオル…手ぬぐいは共有しないこと。そして、さっきの瓶に入っているお水を少しずつ飲んで、体の水分を早く補給するのが早く治す近道だと教えてあげてね。」

「天使様…。こ、これは…。」

 緑次郎は涙目でリリィを見つめる。

「石鹸でちゃんと手を洗って。これ飲めばすぐ治るから、ね。心配しないで。

 あ、そだ。ここの屋号なんて言うんだっけ?」

「鹿島屋です。」

「それ、入れた手ぬぐい作って一緒に売っちゃう?」

 パッと消えたかと思うと、大量の手ぬぐいを持ってリリィが戻ってきた。

 未来でネットで注文して、届いた頃に取りに行って、戻ってきたのである。

 三人共、口が開いたまま閉まらない。

「ほら、かわいくできてきた。アンジェラのお金で作ったから、その分がんばって売ってね。あと、これ。」

 リリィは小さい宝石のようなキラキラのかわいい石鹸をたくさんビニール袋に入れて持ち帰った。

「これね、手づくり石鹸なんだけど、手ぬぐいに一枚に一個つけて渡してね。」

 緑次郎達は目まぐるしく色々とやってのけるリリィに頭がついて行っていないまま従っていた。


「さてさて、ここからが本番だよ。」

 リリィが言うと、うんうん、と三人は頷く。

「下痢・腹痛の薬を買いに来たお客さんに、症状を聞く。」

「はい。」

「下痢・嘔吐がある場合、うちで治療ができると言って頂戴。」

「え?いいんですか?」

 徠神が驚いて言った。

「仕方ないよ。お薬も持ってこようかと思ったけど、歴史が変わるからマズイかなって。だったら神がかり的な方が証拠のこらないし…。」

「…?」

「あ、でね。さっきのキラキラで浄化するから、緑次郎の店の商談に使う部屋に人がいっぱいに入ったら、一気に浄化するね。でね、大げさに言ったらいいよ。うちは神の加護を得たのだ、領民に神の加護を分け与えるとかなんとか言っといて。嘘じゃないし。皆治るから安心して。」

 緑次郎は少し考えた後、口を開いた。

「天使様、この御恩決して忘れません。」

「あ、ど、どうも…。」

 緑次郎の気合の入った言葉にリリィもタジタジだ。


 その後、夕方の三時間だけで商談に使う部屋は30人ほどの患者でいっぱいになった。

 一回目の浄化を行い、地下水から汲んだ水で皆の手を洗わせ、経口補水液を配った。

 手ぬぐいと石鹸のセットも飛ぶように売れた。

 噂を聞き、領内の患者が押し寄せた。

 患者たちの話から、感染した人たちの地域が特定され、その上流に外国帰りの商人がいることが分かった。どうやら、その男が感染しており、汚れた下着を妻が川で洗濯したようだ。

 緑次郎は領主としての力を今まであまり使いたがらなかったが、この時は速やかに解決するべく行使したようだ。

 その商人は身柄を拘束され、家の中や洗濯場なども全て消毒された。川の水の汚染はすぐに改善され、新たな患者は出なくなった。


 こうして、三日ほどかかったが、コレラ事件は解決したのである。

 その後も、鹿島屋の経口補水液を求める人は多くいたようだ。

 リリィはイタリアの家の敷地内にあるシチリアレモンの木を一本物質転移で朝霧邸の裏庭に植えた。

 コレラの死者を出さないように人々を救った天使の話はその後朝霧の伝説となった。

 その時代にはあり得ない様な天使の像が朝霧城跡に領民の願いで設置されたのは、その後すぐの事であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ