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4.奇跡の出会い

 少し思考に行き詰まりを覚えて、頭を抱える。

 父様に双子の事を聞くのはよそう。さすがに「誘拐されたの?」とは聞けない。

 ん?何かが引っかかる。そういや、僕は双子じゃないよね?あれだけ何組もの双子の写真があったのに、僕の写真はなかった。

 さっき誘拐の話を聞いたときに感じた血液が凍る感じがよみがえる。

 僕は、すぐにかえでさんを探しに走った。


「かえでさーん」大きい声で中庭や家の中を探し回る。

「あら、ライルどうしたの?そんなに大きな声を出して。かえでさんならお買い物に行くと言って少し前に出たところよ。」

 僕に声をかけたのは、母の杏子であった。

 どきっ。後ろめたい気持ちが少し。僕にもし双子がいたのなら…。そんな気持ちを払いのけて、返事をする。

「母様。お仕事は休憩時間ですか?」

「あら、言ってなかったかしら?今日は大学の教授のお招きで徠夢君と午後から出かけるのよ。午後の診察は休診なの。夜は遅くなるから先に休んでね。」

「あ、そういえば、聞いていました。そうでしたね。それより、僕、かえでさんに聞きたいことがあって急いでいるので、追いかけてみます。」

「車に気を付けるのよ~。」

「はい、母様。いってらっしゃい。」

 僕は、母様が返事する間もないくらいの勢いでかえでさんを追いかけた。


 家から商店街への道を急いて走る。

 途中、小さな川があり、小さな橋を渡る。たまに見かけるホームレスの老人が土手に座って川を見ている。


 橋を渡り切り、信号を渡ったところでかえでさんに追いついた。

「かえでさーん。待って~。」

「あら、ライル様。どうされましたか?こんなところで。」

「さっきの話の続きで、もう一つ聞きたいことがあって。」

「はい。何でしょう?」

「僕には双子の兄弟はいないの?」

 かえでさんは、驚いたような顔をして口に手を当てた。

「ライル様は双子ではありませんよ。どうしてそんなことを思われたのですか?」

「写真を見たんだ。全部、双子ばかりだった。だからもしかして…って。」

 かえでさんは少し笑いながら、言った。

「そうですね、確かにライル様は初めてかもしれません。双子ではないという点では。」

「そうだったんだね。ありがとう。少しがっかり。でもたくさん安心した。」

「だったら良かったです。」

「僕も一緒に買い物に行っていいかな?」

「もちろんです。」

 僕はかえでさんと食材を買うためにスーパーへ行った。


 スーパーでは、かえでさんは夕食の食材、僕は動物病院で使う入院している動物のフードを補充するためのメモをかえでさんから預かりお手伝いをした。猫の缶詰や、犬の固形フードをカートに入れ、途中でかえでさんと合流した。

 犬のフードには新商品のサンプルが小袋でついていた。

 会計を済ませたかえでさんが、お店の外へ出ると他にも寄る店があるという。

「僕、動物用のフードの袋を持って先に帰っているよ。玄関に置いておけばいい? 」

「ライル様。助かります。私もすぐに戻りますので。」

「じゃあ、また後で。」

 僕はかえでさんと別れ、一人商店街を後にした。


 来た道と同じ小さな橋を渡って、また川の土手に目を向けた。来た時にいたホームレスの老人はそこにはおらず、代わりに黒い毛並みの動物が動いている。

 僕は、興味がそそられるままに、その前に進みじっと見ると、それは、まだ生まれてから一か月ほどの仔犬だった。

「あ~、かわいいなぁ。名前はなんて言うの?あれ、首輪がないねぇ。迷子かな?」

 その仔犬は漆黒の毛並みに碧眼の変わった風貌を持っていた。少し毛の長いレトリバーのようだ。

「くぅん。」と言って鼻を摺り寄せる仔犬に、頭を撫でてやり、周りに飼い主がいないか今一度確認する。

 やはり、誰もいないようだ。

「あ、そうだ。これ食べられるかな?」

 僕は、さっき買ったドッグフードについていたサンプルが幼犬用と書いてあったことを知っていた。かえでさんに聞いたのだ。僕は、サンプルフードの小袋を開けて、少し手のひらにのせ仔犬に近づけた。仔犬は、しっぽを振りながらそれを一瞬でたいらげた。空腹だったのだろう。

 袋の中の残りも全部あげたところで、僕の後方からガラガラ声の嫌な響きを聞いた。

「最期まで面倒も見れんのに、余計な情けをかけるのはいかん。」

 ホームレスの老人だった。

 僕は、その老人の声が怖くて、その場から走り去った。

 迷子になっているだけかもしれない、家に帰るかもしれない仔犬が途中で死んでしまったらかわいそうだ。

 そういう気持ちもあった。


 家に着き、門とエントランスのロックを解除して家に入る。エントランスの中に買い物の荷物を置き、自室に入り今日あったことを思い返す。

 やっぱり、今日はいろんな事があったな。最後のホームレスの言葉は余計だったけど。


 一時間くらい経った後、かえでさんが夕食の準備ができたと知らせてくれた。今日は一人での夕食。かえでさんは、給仕はしてくれるが、一緒に食事はとらない。

 会話する相手もなく、すぐに食事を終え、部屋に戻る。

 まだ夕方六時半だ。特に何をすることもない。

 父様と母様は何時に帰ってくるのかなぁ。

 いつもなら三人で食事をし、終わった後はその日の出来事などを話題にして過ごす時間だ。

 一人だと少し寂しい。そう初めて思った。


 僕は気が付くと、自室のベッドでウトウトしてしまっていた。時計は午後八時二十分、両親はまだ帰っていない。

 子供はもうすぐ寝る時間だ。歯を磨いて、パジャマでも着るか。と思ったところで、ものすごい音で雷が轟く。

 急にざわめく外気の気配が伝わってくる。雨が降り始めたのか、バラバラと屋根を打つ音が静まり返った家に響く。

 その時、ふと買い物帰りにサンプルフードをあげた仔犬が頭に浮かんだ。

 僕が心配しなくても、ちゃんと、お家に帰れているよね?

 でも、あそこは川の側だから、増水してたら危ないよな。

 まぁ、ホームレスの老人がきっと見かねて違う安全な所に連れて行ってくれるよね?

 色々と想像しながら、自分に都合の良い結果を考える。


 いくつか考えたあとで、僕は自分の考えは全部都合が良すぎると、気がついた。最悪の結果だってあり得るのだ。

 そう思い至ってしまうと、頭では何も考えられず、気が付けばレインコートを羽織り、長靴を履いて家を飛び出していた。

 必死で橋を目指す。雨が強い、前が見えない程だ。

 幸いこの通りには一定間隔で街灯が灯っている。

 風雨に抗い、普段より何倍もの時間をかけ到着したその場所で辺りを探してみる。名前もわからない仔犬だ、何と声をかけていいかもわからない。

「お~い。こっちにおいで~。」間の抜けた掛け声をかけ辺りの反応を見る。

 いない。土手を少し下りてみる。川が増水し、土手の下の方はすでに水没していた。

「お~い。どこかにいるの~。」

 下りた土手から橋の方に向かって少しずつ移動してみる。

 街灯の灯りが届かない橋の影に目を凝らすと、ごみが置いてあるように見えた。

 黒い、ゴミ袋?

 僕は、走ってそれに近づいた。

 それは、ほとんど息もしていないあの仔犬だった。僕は、本能のまま仔犬をレインコートの内側に抱きかかえ、家まで走った。かえでさんを探したが、どこにもいない。僕は、タオルで仔犬を何度もさすり、汚れと水をふき取った。

 仔犬は相変わらず息が弱く、小刻みに震えている。

 家の中は寒くはないが、仔犬を温める方法も思いつかない。

 僕は、自分のベッドの中に仔犬を入れ。抱きしめながらなでてあげることしかできなかった。

 そして、いつの間にか僕は夢の中へ。



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