398. アズラィールの里帰り(1)
8月19日、木曜日。
その日、朝っぱらからアンジェラのところにアズラィールが電話をしてきた。
「アンジェラ、なぁ、今日って暇か?」
「父上、今、まだこっちは朝の4時ですよ。何があったのかと驚くではないですか。」
「あ、そっか、時差があったか。悪い悪い。」
「今日は、特に何もなかったと思いますが…。どうしたんですか?」
「いや、実はね。去年まではちょくちょくリリアナが来ていたから、頼んで鈴に会いに行ってたんだけどさ、急に来なくなっただろ?だから最近会いに行ってないわけよ。
たまには行きたいな~って。」
「リリィに聞いてみます。私には連れて行く能力がないので…。」
「いやぁ、悪いね~。お願いしますね。」
アンジェラは、眠っている時に電話に出たが、さすがに朝4時にそんなことを起こして聞くのも気が引けて、また眠ろうとした。ところが…。
背後からリリィがにゅ~っとアンジェラのスマホの画面をのぞき込む。
「どしたの?アズちゃん、どうしたって?」
「り、リリィ起こしてしまったか?すまん。」
「ん、大丈夫。ちょうどトイレに行こうと思ってたところだったから。
自分と葛藤している時にスマホが鳴ったから、驚いて漏らすところだったけど。
トイレに危機一髪、転移してセーフ。ふふっ」
リリィはアンジェラに背後から抱きついて『へへへ』とまとわりつく。
アンジェラは横たわったまま、リリィの方に向き直り、リリィを抱きしめて言った。
「父上が過去に戻り母上に会いたいんだそうだ。」
「ふーん。今日起きてからでいいの?」
「あぁ、もちろん。」
「あ、じゃあさ、ミケーレとマリアンジェラも連れてく?お祖母ちゃんだよね?」
アンジェラは、ちょっと苦笑いをしたが、リリィの額にキスをして言った。
「そうだな…。一度顔を見せに行くか…。」
リリィは思い出しながら回想した。そういえば、なぜか父よりもずっとずっと年上になってしまったからか、過去に一緒に行って母に顔を見せてやれとアズラィールに言われていたのに、一度もちゃんと会いに行ったことがなかった気がするのだ。
リリィはピクニック気分で行くことにした。
朝6時、アンジェラが起きた時には、リリィはすっかり朝食の準備を整え、しかも出かける時に持って行くサンドウィッチとフライドチキンまで用意し、大きなバスケットに入れて準備が完了していた。
「ねぇ、ライルはどうする?私としては、ライルにも来てもらいたいのだけど…。」
「本人に聞いてみるしかないだろう…。」
アンジェラがメッセージを送った。ライルから返信があった。
「行かないらしい。そろそろ学校へいく準備をするそうだ。」
「えー、そうなの?」
「何かあったら困るから、体を置いて行けと伝言だ。」
「そっか、仕方ないね。」
ちょうど、子供たちが起きてきた。
「パパ、ママおはよー。」
「おはよ」
「ミケーレ、マリーおはよう。今日は、パパの方のおじいちゃんと一緒に、パパの方のおばあちゃんに会いに行くぞ。」
「え、いるの?おばあちゃん。」
ミケーレが聞いたので、アンジェラが答える。
「いや…厳密に言うともう死んでいるんだが、私の父上は過去から100年以上先に転移したまま暮らしているからな、ちょっと複雑なんだ。」
そう、アズラィールはアンジェラを救うためにドイツに渡り、そこで末期がんになってしまった。その時、瀕死のアンジェラを助けたライルがドイツのアズラィールの妹のところへアンジェラを連れて行き、入れ替わりに死ぬ寸前のアズラィールを連れ帰り、能力で癌細胞を取り除いたのだ。
もう、あと数時間遅ければ助からなかった。
九死に一生を得たアズラィールは連れて来られた現代で、大きくなった息子のアンジェラと再会したのだ。
医療の発達していない過去に戻り癌が再発でもしたら当然のごとく命はなかったであろう。
ただ、妻に会いたいと願うアズラィールのために、以前は月に一度は過去を訪れ、妻と残してきた息子の徠神に会っていたのだ。
アンジェラは朝食を食べながら、子供達にそんなことを説明した。
「ふーん。おじいちゃんって100年もぶっちしてこっちに来てるから見かけが若いの?」
「ぶ、ぶっち?ま、まぁ、そうだな。実際は37歳くらいだ。徠夢と同じ年だな。」
「えー、でも徠夢じいちゃんよりずいぶん若いよね?見た目が…。」
「そ、それはだな、ほら、黒い羽のチョーカーをしているだろ?あれを子供の時からしていたせいだ。」
「あれ、みんなしてるけど、なんなの?」
「あれはな、私たちの能力を抑え、封印しておくためのアイテムだ。着けると成長が遅くなるのだ。」
「パパ、着けてんのに普通に飛べるじゃん。」
「ミケーレ、パパはねぇ、長~い時間をかけてすごく力がついたから、能力も使えて、年も取らなくなってるのよ。」
リリィが補足する。さらに追加で補足する。
「でもね、5年くらい前に外した時はね…くくくっ…白い大きな…うっ。」
アンジェラがリリィの口をふさいだ。
「…。…。…。」
アンジェラが、リリィの口をふさいだままベッドルームに強制連行して行った。
「なんか楽しそうだね、パパとママ。」
「そうだね。」
二人は黙々と朝食を食べた。
しばらくすると、子供たちの朝食も終わり、二人は食器を下げて歯を磨いた。
「どの服着て行けばいいのかな?」
「さあ?」
「おじいちゃんに聞いてみる?」
「そだね。」
ミケーレはダイニングテーブルの上に置きっぱなしになっていたアンジェラのスマホでアズラィールに電話をかけた。
「もしもし、おじいちゃん?」
「お、これはうちの王子様かな?」
「えへへ、ミケーレだよ。おじいちゃん、今日おじいちゃんの昔の家に行くんでしょ?」
「あ、聞いたか?そうなんだよ。最近リリアナが来なくなって、しばらく行ってなかったからさ。行きたいな…って思ってね。」
「僕達も一緒に行きたいんだけど、どんな服着て行けばいいの?」
「普通のいつもの服でいいよ。絶対外に出ないから。」
「え?どうして?」
「あーん、今はな日本だと、金髪、青い目、長身と言えばモテモテで困るくらいだけどな…昔は『鬼』とか言われて怖がられたんだ。だから、僕も外に殆ど出ていなかったんだよ。」
「そうなんだ…。」
「ところでアンジェラは?」
「あ、パパとママは多分イチャイチャしてると思う。もうちょっとしたら、時間だよって言ってくるから、待っててね。」
「うへ~、ミケーレも気を遣うなぁ…」
「大丈夫だよ。いつもだし。じゃ、またあとで…。」
ミケーレは電話を切った。もうそろそろ、パパとママは落ち着いた頃だろうか…。
マリアンジェラと一緒にアンジェラの寝室に行った。
ドアは開きっぱなし…開いてるときはさすがにね…。
開いてるドアをノックし、中に入ると、アンジェラがシャワーから出てきた。
「あ、パパ、おじいちゃん待てるって。」
「お、そうか…ごめんごめん。ママが意地悪言うから、仕返ししてて時間がかかったんだ。」
「パパ、それ、言っていいやつ?」
「え?」
アンジェラはリリィを懲らしめるために、ゾンビの映画をいきなり寝室で再生しただけだったのだが…。違うことを想像されたようだ…。
「ママは?」
「封印の間に体を置きに行ったぞ。」
「ふぅん。」
その後、すぐにリリィが戻り、子供たちの服装はフロリダでも着た探検隊みたいなお揃いの服にした。
「二人ともかわいい。」
リリィに言われ、二人も嬉しそうだ。
家族四人で日本の朝霧邸のライルの部屋に転移する。
アズラィールの部屋へミケーレが走って行ってノックする。
「おじいちゃん、行ける?」
部屋の中からアズラィールが出てきた。
浴衣姿に、少し伸びた髪を後ろで縛っていた。
「あれ、おじいちゃん。なんか不思議…。」
「あ、これな。あっちで作ってくれた浴衣なんだよ。かっこいいだろ?」
「うん、おじいちゃん、かっこいい。」
「ミケーレもあっちに行ったら浴衣を着ればいい。アンジェラが着ていたのがあるはずだ。」
「パパの?」
「そうだぞ。じゃあ、行こうか。」
そう言って二人はライルの部屋へ移動した。
「リリィ、悪いね忙しい時に。」
「大丈夫だよアズちゃん。浴衣似合うね。なんか不思議な感じ。あ、そうだ…。浴衣って一回着た記憶があるんですけど…。」
「リリィ、あれはこの現実ではないんじゃないか?」
アンジェラが、過去が変わる前のことだという意味で私にそう言った。
「そっか…。あー、でもちょっとクローゼットの中見てくるね。」
確かに自分で過去を変える前のことだった。ライラもいた頃に花火大会を見に行ったのだ。自室のクローゼットを物色する。
「確か、この辺に…。」
大きな紙袋に入ったままの衣類が壁一面のクローゼットの普段使わない右端の方にいくつか放置されている。
「ん?ああっ、あった!」
紙袋から中身を出して確認する。
「あー、これこれ、紺色のいい感じに渋い浴衣。アンジェラにぴったりなヤツ。ふふ」
そして自分のも袋の底に発見した。
「うわっ、あった。紺地に薔薇柄。ハハッ。一応持って行こうかな。」
袋の中には、帯や下に着るものや下駄も入っていた。
「リリィ、おかしいと思わないか?その浴衣は、私たちはこの世界では着ていないはずだ。」
「じゃあ、父様に聞いてみる。私たちの記憶が更新されていないだけかもしれないもん。」
リリィが電話で徠夢に聞くと、イタリアに行ったばかりの頃、花火大会に行くから買ってくれと言ってリリィにせがまれて買ったと言っている。
「そこは過去が同じなんだ…。ライラはいないけど…。ま、いいや。解決。」
ホールの中央に持って行きたいものをまとめてあるから頼むとアズラィールに言われ、一階に皆で下りた。
「うわ、すごい量だね。」
「しばらく行っていなかったからさ。食べ物に困っていないか心配で。」
大量の保存食品と野菜、米などと共に皆で指定された年の同じ日へ転移したのである。




