396. 映画鑑賞
8月17日、火曜日夕方。
ライルとマリアンジェラがフロリダのリゾートから帰ってきた。
行った時と同じく恋人繋ぎの状態だった。
アンジェラとリリィを見つけると同時に、本来の大きさの幼児に戻る。
「ママ~、たっだいま~」
「マリー、おかえりなさい。ライルもお疲れ様。」
マリアンジェラの言葉にリリィが答えた、その直後にアンジェラがライルに聞く。
「ライル、どうだった?大丈夫だったか?」
「うん、シルビア王女関連はもう何も無いようだったよ。ランチの時にピアノをちょっと弾いて、僕の歌を披露してきた、言われた通りだ。」
その横で、アンジェラはネットでエゴサーチを始めている。
「ライル、よし、イイ感じだ。」
アンジェラは引き続きSNSの動画をチェックして言った。
「だが…お前たち、べたべたしすぎじゃないか?」
「そお?そんなことないよな?」
「ん?パパ…恋人のふりだもん、そのくらい普通だよぉ。」
「あ、それから、ウィリアムが喜んでいたよ。ものすごい予約が増えたって…。」
「パパぁ…マリーね、面白い映画いっぱい見たんだよ。」
すごくうれしそうにアンジェラに抱きつくマリアンジェラの笑顔にアンジェラもそれ以上は言わずに返事をした。
「おぉ、そうか。何を見たんだ?」
「まねっこしてあげるね。」
マリアンジェラが、白目をむいて「んがぁ~」と言いながら両手をあげ、アンジェラの脇腹に喰いつく。
「がうがう、がう。」
「ぎゃははは…くすぐったい。ゾ、ゾンビめ~。やっつけてやるぞ~。」
そう言ってアンジェラはマリアンジェラを持ち上げ、頬にキスした。
「あ、パパの負け。」
「何を言ってる。勝ちも負けもないだろう。」
「ゾンビに食べられた人は、ぴくぴくぴくってなって死んだふりしないとだめだもん。」
幼児の変な屁理屈に「???」のアンジェラである。どうやら役になり切れないと負けらしい。
そこで、ミケーレがマリアンジェラに言った。
「マリー、ずっるーい。僕も見たかった。」
「え?いいよ。もっかい見ても。じゃ、パパとママのお部屋で、ベッドで寝ながらでいい?パパとママも見ようよ~。」
普段は壁面に収納されている大型のテレビを出し、夕食のあと、四人で見ることになった。でも、なんだかリリィの様子が変である。
夕食の最中も、すっかり無言状態で、もぐもぐの速度がいつもよりさらに遅い。
いつもは「もっと起きてる~」と言ってなかなか寝る準備をしない子供たちは、映画を見たいせいか、自主的に入浴を済ませ、パジャマに着替え、アンジェラが夕食の後片付けを済ませて寝室に行った時には、すでに左からマリアンジェラ、ミケーレ、リリィの順でベッドにクッションをいっぱい置いて、リラックスした状態で待っていた。
「は、早いな…。」
「パパが遅いんだよ~。」
ミケーレがマリアンジェラの左側を指さして、そこに入れと言わんばかりだ。
キングサイズのベッドを二つ並べたほどの大きさのベッドはそれでも余裕があるが、アンジェラがパジャマに着替えベッドに入ると、いきなり部屋の電気が消えた。
「どうなってるんだ?」
「あ、スイッチのところに転移して押して戻ってきたんだよ。」
マリアンジェラが解説をしている間に、ミケーレがオンデマンドの画面から、マリアンジェラの言っていたゾンビの映画の一作目を選択し、もう始まっているではないか…。
リリィが急にそわそわして、言った。
「あ、そだ。トイレ行くの忘れてた。」
そう言ってトイレに行った。ミケーレは映画を一時停止して待っていた。
戻ってきたリリィがミケーレに苦笑いをしながら言った。
「待ってなくて良かったのに。」
いよいよ映画が始まった。
最初はそんなに怖くなかった。研究所みたいなところで実験する研究員とか、そう言うのが出てきてお話ししてるのがメインだった。
ところが、漏れちゃいけないガスが漏れ、アラートが鳴った研究所内で、ドアがロックされ、逃げることもできなくなる。
そして、後ろから『ぐぁ~っ』と言う声と共に、研究所の白衣を着たゾンビが襲来。
「うぉ~っ。」
「ぐふふ」
ミケーレがマリアンジェラの方を見ると、マリアンジェラはまたゾンビの真似をして白目になっている。
「がうがうがう。」
ミケーレの脇腹をマリアンジェラが噛む。
「マリー、くすぐったい。見るの邪魔しないで。」
「ごめんちゃい。」
二人はまたお行儀よく、本気で映画を見ていたが…、次にものすごく増えてしまったゾンビが主人公を襲うシーンでミケーレの横にいたリリィに異変が起きた。
「ほんみゃんにょみゅにじょ~。」
変なことを言い始めたリリィの方を三人が見ると…すっかりプラチナブロンドの素に戻ったリリィが顔面蒼白、そして涙を両目から滝のように流し、ブランケットを噛みながら絶叫していたのだ。
「どうした、リリィ。」
アンジェラがあせって、ブランケットを引っ張り噛んでいるのをやめさせる。
「こんなの無理よ~。あ、来た。ぎゃー、やだ。ほら、そこ。ぎゃー。」
そして、リリィは転移していなくなった。
リリィは転移した先でベッドのブランケットの中に丸まって、ぶるぶる震えながら呟いていた。
「こっちこないで。こっちこないで…」
「リリィ、人のベッドにいきなり入ってきて何やってるんだ?」
「ふぇ~ん。ライル…怖い。怖いの。ゾンビが…。」
「リリィってそんなに怖がりだったの?小惑星にぶつかってもケロっとしてるのに…。」
「それとこれとは別だよぉぉぉぉ…。」
涙が流れ続けている。
「仕方ないなぁ…融合した上で僕がリリィの姿になって見てやろうか?」
「いや、いい。融合してたら見えちゃうもん。表にいなくても見えちゃうんだもん。」
怯えっぷりが普通じゃないな…。
「じゃ、やっぱり見るのやめとくってアンジェラにメッセージ送ってあげようか?」
「う、うん。そうする」
「それで、融合して眠ろうよ。」
「うん、うん。それがいい。」
ライルはアンジェラにメッセージを送り、二人で融合してライルの部屋で眠ると伝えた。
ライルはリリィと指を噛みあって融合した…が、ここでリリィの誤算が生じた。
ライルは前日の夜、ゾンビ映画を5本見ていたのだ。
その記憶ごと、そっくり全部入ってくる。
「ぎゃー…無理無理、無理~。」
そう言っても、もうすでに融合は完了し、リリィの姿でベッドの上にポツン…。
「うぇ~ん。」
結局泣きながら自分の寝室に戻り、三人がゾンビ映画を見ている横で、クッションを耳に当てブランケットを被り、一人でぶつぶつ何かを言いながら、自分の殻に閉じこもっていたのだった。
映画も2本目頃には、リリィはすっかり寝てしまって、大音響の映画の音にもピクリともせず爆睡していたのだった。
プラチナブロンドのままで、爆睡するリリィが気になって仕方がなかったのはアンジェラだけだ。
「パパ、さっきから何モゾモゾしてんの?」
「あ、いやごめん、マリー、ママは大丈夫かと思ってな。」
「大丈夫よ、泣いて寝ちゃったから。」
「そうか…。ミケーレ、今日は2本だけにしておけ。いいな。続きは別の日だ。」
「はーい。」
二本目の映画が終わり、アンジェラが二人を子供部屋に連れて行く。
「怖くないのか?」
「じぇんじぇん。かわいいじゃん。」
「あれは、フェイクだからさぁ、上手くできてるよね~。」
二人とも肝が据わっている。
アンジェラは、リリィが心配ですぐに寝室に戻った。
「リリィ、リリィ、大丈夫か?」
「うん…アンジェラ。もう終わった?」
「あぁ、終わったよ。そんなに怖かったのか?」
「うん、あれ、嫌だよ~、夢で見ちゃいそう。ギュってしてて。」
「あぁ、こうか?」
アンジェラがリリィを抱きしめる。
「もっと。」
アンジェラがリリィを膝の上にのせ、抱きしめた。
「アンジェラ、あったかい…。」
うとうとしながらリリィが言った。アンジェラはこの言葉に弱いのだ。
「リリィ、寝ないで。なぁ、ダメだよ、寝ちゃ。」
下心ありありのアンジェラの言葉に、リリィは爆睡モードで返事がない。
「…。」
その場に、全裸のライルがボロンと出てきた。
「うわっ。」
思わずリリィを抱いたままのけぞるアンジェラだった。
「出るとこ見たのは初めてだな…。」
全裸のライルにそっとブランケットをかけ、リリィをお姫様抱っこしたままダイニングのソファに移動した。
どうしかして、今夜、リリィ仲良くしたいアンジェラだったが、アンジェラには転移はできない。かといって双子が大変な時にリリアナに頼むのも非常識だし…マリアンジェラに頼むのも本末転倒だ。
その時、ふっといいアイデアが浮かんだ。
『私は自分の力だけでは転移出来ないが、アンドレと合体している時には転移可能だ。ということは…。今眠っているリリィの中に合体して入ってしまえば…もしかして転移できるのではないだろうか?』
もう、実践するほか選択肢がない。あくまでもアンジェラの脳内での話だが…。
アンジェラは、今、押さえられない欲情をどうにかしたい一心だった。
唇を押すだけで合体出来たはずなのだが、この時とばかり、リリィにいやらしいチューをする。
「うん。ん…あ、うん。」
アンジェラが合体したいと思いながらチューをすると、二人の体は青いキラキラで覆われた。長身の黒髪の女性に変化した。
ユートレアの王の間に転移を試みる。
やった。成功だ。
アンジェラは合体を解きたいと心に念ずる。
体をキラキラが覆い、二人に分離した。
アンジェラは今のデフォルトのプラチナブロンドの姿になっていた。
もう、我慢できない。絶対、無理。
リリィをブランケットを剥いだベッドの中に入れ、自分も入る。
今度はただのねちっこいチューだ。
「リリィ、起きて。ねぇ、リリィ。」
「うん、あん。アンジェラ…。や、やだぁ。また髪の色変わってるぅ、それ、エッチだよぉ。」
と言いながら、リリィも結構積極的だ。
いつの間にか、仲良しタイムに突入し、気が付けば朝だった。
この日、ミケーレの予言した金髪の双子がリリィのお腹に入ったことはには、まだ二人は気づいていないのだった。




