394. リゾラバ(1)
ミケーレが涙の石を額に食い込ませて、大変なことになっている頃、ライルとマリアンジェラはそんなことなど全く知らず、ウィリアムの祖父が経営する高級リゾートで楽しんでいた。
アンジェラが経営するフロリダのホテルの物品庫に転移した二人は、手を繋いでホテルのフロント前を通り、外へ徒歩で出かけた。
そのホテルからウィリアムのリゾートまでは徒歩で10分ほどだ。
リムジンを使っていいと言われたが、ライルはマリアンジェラと一緒に外を歩きたかったのだ。
「マリー、熱くないか?」
「うん。大丈夫…。ライルは?」
「大丈夫だよ。」
ちょっとした会話でも、二人で目が合うと少し恥ずかしい。
ライルはマリアンジェラが自分のために神であることを捨ててアンジェラの子として生まれてきたことを知って以来、マリアンジェラのことが気になって仕方がないのだ。
それは、きっと家族としてではなく、自分を愛してくれている女性として見ているのだと自分でも理解している。
「ねぇ、マリー。着いたら最初にランチにしよう。あそこのランチ、この前食べ損ねただろう?」
「あ、そうだったねぇ。うふふ。楽しみ。」
僕とマリアンジェラは高い塀で囲まれた高級リゾートの側まで来た。
立ち止まってウィリアムに電話をかける。
「もしもし、ウィリアム。僕、ライルだよ。今、リゾートの入り口の手前まで来ているんだ。マリアンジェラも一緒だよ。入れてくれるか?」
ウィリアムは1分も経たないうちに大急ぎで走ってきたようで、自らゲートを開けてくれた。
「ライル、来てくれたんだね。マリアンジェラも。ありがとう、来てくれてうれしいよ。もしかして歩いてきたの?」
「あ、うん。二人で散歩しながらね。」
ウィリアムは、恋人繋ぎで手を繋ぐ僕たちを見て大きく頷いた。
「よかったら、ランチ、先にどうかな?」
「いいね、おなかすいたしね。」
「マリーもおなかペコペコ。へへ」
ウィリアムに案内され、フロントでまた腕輪型のキーを受け取る。
「この前と同じVIPのキーだから、館内では全て無料でサービスを受けられるよ。
いつまでいられるんだい?」
「明日の昼には帰って来いって言われてるんだ。」
「二人、同じ部屋でいいの?」
「あぁ、いいよ。ね、マリー。」
「うん。」
ウィリアム、少し顔を赤くしていろいろ勘ぐっている様子だ。
確かに僕はまだ15歳だからね。
部屋へは後で行くということになり、先にランチが食べられるレストランに入る。
ウィリアムも一緒に食べることになった。
思い切りVIPルームで、タッチパネルで注文すると、どんどん料理が運ばれてくる。
「マリー、ほら…お肉もあるし、お寿司もあるよ。」
「両方食べたい。」
運ばれてくる料理が次から次とマリアンジェラの胃袋に収まるのを見たウィリアムが、マリアンジェラが普通じゃないって気づいたようだ。
「もしかして、マリーちゃんも、天使様なの?」
「にゅ?」
口からお肉をはみ出しながら、ウィリアムの方を見るマリアンジェラ。一瞬僕の方を見て、口の中の物を飲み込むとウィリアムに言った。
「マリーは天使というよりは、女神なのよ。だからエネルギーが多く必要なの。」
普通の人が聞いても意味不明である。
しかし、ウィリアムは変人だからか、うんうんと頷いてうれしそうだ。
「で、女神さまも飛べるの?」
マリアンジェラがまた僕の方を見る。
「ライル…。」
「あ、あぁ、いいよ。言っても。ここって外から見えない?監視カメラもない?」
「外からは見えないけど、監視カメラはあるかな。」
「あ、そう。じゃあ、見せられないね。」
僕は、そう言ってマリアンジェラの口の周りを拭いてあげた。
「か、カメラ…ここの部屋のを止めてくる。」
ウィリアムはマジだ。
3分ほどしてウィリアムは戻ってきた。
確かにセキュリティカメラの赤い電気が消えた。本当に止めたらしい。
「マリー、ウィリアムが君の本当の姿を見たいらしい。」
「そうなの?」
「お願いします。」
マリアンジェラはすっくと立ちあがり目を閉じた。
一瞬後、そこには小さい子供の姿で翼を広げたマリアンジェラがいた。
「えーーっ。」
僕は可笑しくて可笑しくて、笑いが止まらなかった。
「マリーもういいよ。」
「うん。」
マリアンジェラは大きい姿になり、また食べ始めた。
「ライル、どういうことだ?」
「マリーはアンジェラの娘だよ。僕の姪。かわいいだろ?今三歳だ。」
「アンジェラ様の娘…。さ、三歳?」
僕は無言で赤い目を使い、この部屋から出る時には、ここで何が起きたか全て忘れる暗示をかけた。
僕は、マリアンジェラの食欲が満たされたところで、ウィリアムに約束の生演奏を申し出る。
「え、本当にいいのかい?」
「あぁ、アンジェラが君へのお礼だと言っていたよ。」
「そうなんだ…。この前アンジェラ様に会ったんだ。でもどんなことがあったのか思い出せなくて…。」
「その方がいいよ。」
僕はマリアンジェラと共にレストランの中央にあるグランドピアノの場所へ移動することにした。
ウィリアムがスタッフに電話で指示を出したようだ。
VIPルームからウィリアムが出た時、キョトンとした顔をして声を詰まらせている。
「あ、あれ?今何話してたっけ?」
スタッフ相手にトンチンカンなやり取りをするウィリアムを横目に、僕たちはグランドピアノの前へ急いだ。




