392. ミケーレと涙の石(1)
ミケーレがリリィから少し遅れてダイニングに行くと、アンジェラとリリィ、ライル、マリアンジェラの四人がすでに朝食を食べ始めていた。
「ミケーレはパンケーキ、何枚?」
リリィが声をかけるとミケーレは迷わず「二枚」と答えた。
リリィは頷くとパンケーキを取り分ける。
ミケーレはプレートを受けとり、好きなフルーツとチョコソースをかけ、フォークとナイフで小さく切り分けたパンケーキを口に運んだ。
「ママ、おいちい。ふふ」
二日前にリリィ、マリアンジェラ、ライルの三人が戻って来るまで、アンジェラとミケーレはとても寂しい思いをした。
三人がいなかった間、アンジェラは食事もほとんどとらず、食べても一口、二口で、すぐにベッドに戻って行くというひどい状態だった。
考えてみれば、アンジェラは元々小食だ。そんなに食べなくてどうして大きくなれたのかと聞きたいほど、小食だ。それは自分にも言えることだとここ数日気が付いたミケーレだった。
やっぱり、僕はパパにすごく似てるのかな?
横目でチラリと右隣のマリアンジェラを見る。すごい…今日はプレートを三枚置いて、10枚ずつパンケーキをのせ、全部違う味で食べている。
その横でパンケーキをだるそうにつつくライル…。あぁ、味がしないから、美味しそうな感じじゃないもんね。
その隣のママ…たくさんは食べないけど、すごくおいしそうに食べるんだよね。
そして食べるのが超遅い。
『もぐもぐ、もぐもぐ…』
マリアンジェラは噛まずに食べていそうだけどね、ママとは対象的だ。
僕達が食べ終わった頃、アンドレが入ってきた。
「リリアナは?」
ライルが声をかけるとアンドレが答えた。
「子供たちの様子が気になる様だ。後で交代する予定だ。」
「僕達も何かできることあったら言ってよ。」
「ありがとう、ライル。」
そんな会話があった後、アンジェラが思い出して言った。
「ライル、忘れるところだった。ウィリアムのリゾートへ一泊二日で行って、少し遊んでやってくれないか?」
「え?どうして?」
「実はな、女神の洞窟に行く前にウィリアムが所有する絵本を譲り受けたのだ。」
「え?そうなの?あいつ絵本持ってたのか…」
「交換条件と言っては何だが、リゾートに泊って、なるべく目立ってきてくれ。
まぁ、こっちもプロモ兼ねてだ。」
「でも、一人はイヤだな。」
「じゃあ、マリアンジェラも連れて行ったらどうだ?」
「え?パパ、いいの?」
「まぁ、いいんじゃないか…。」
あれほど厳しく言っていたのに、パパ、どうしちゃったんだろう?
ミケーレの感想である。
結局、この日の夕方、15歳に姿を変えたマリアンジェラとライルが二人でフロリダのリゾートへ行った。
マリアンジェラはリリアナのおさがりのワンピースを着ていそいそと出て行った。二人で手なんか繋いじゃってさ…二人とも転移出来るんだから手を繋ぐ必要ないだろ?
ちなみに、僕はパパとママを独り占めできて、少しうれしいけどね。
ママはなんだか少し怒っているようだったけど、パパがママのご機嫌を取ったらすぐにきゃはきゃは喜んでいたよ。
リリアナとアンドレは夕飯の時に出て来て一緒にご飯を食べた。やはり二人はライアンとジュリアーノのことが心配らしい。代わりにママが繭の状態を見ていたみたい。
パパは夕食の後、ママと一緒に元の姿に戻るための猛特訓をしていた。
「アンジェラは頭で考えすぎるのが良くないのよ。」
「リリィ、頭じゃなかったら、どこで考えろって言うんだよ。」
「そ、そんなの。教えないわよ…。」
そう言いながら、どうしてママは赤くなっているんだろう…。
そんなやり取りをくりかえしつつ、最後にはママが癇癪を起してしまった。
「だから、いつものアンジェラじゃないと、もう今日はチューしないって決めたんだから!」
「何言ってるんだよ、リリィ。今日はまだ一回もチューしてないじゃないか…。」
ものすごくしょんぼりしているパパ、かわいそうだ。
ママがソファのクッションをすごい勢いでパパにぶつけた…。
『ボフッ』といって、顔面で受け止めたパパがクッションを横に置いた時には、元の青みがかった黒髪の世界的アーティスト、アンジェラ・アサギリ・ライエンに戻っていた。
「パパ!やった。戻ったよー」
鼻の先がちょっと赤くなっていたけど、パパは嬉しそうに僕にハイタッチをした後、ママをお姫様抱っこして、ベッドルームに行っちゃった。
僕は邪魔をしないようにそーっと子供部屋に戻って、また、キャビネットの中の宝物を眺めていたんだ。
その美しい涙の石は、すごく不思議な物質だ。
女神の洞窟に行った時には、手で触っただけで涙が止まらなくなった。
とにかく、悲しいんだ。もう、涙が枯れるまで泣いてしまいそうな、そんな感情で支配されるという感じだ。
それに、その物質ができるのを見た時の驚きと言ったらなかった。
パパの目からたくさんの涙が出て…これはいつもの光景だったけど、ポタッと落ちる空中で透明な液体から球状のものへと変わるのだ。
床に落ちる頃にはコツンと音が鳴る。パパがすごく泣くから、カツコツコツカツ…とすごい勢いでリズムを刻んでいたよ。
とにかく、これは素手で触っちゃダメだ。
僕は、そのために『シリコン製のピンセット』を買ってもらった。でも涙の石をつまむためだなんて言っていないよ。あくまでも、クッキージャーに入っているものを取り出すためだと言ったよ。嘘はついていないよ。
あ…あれ?しばらく、床にうつ伏せになって、キャビネットの扉の陰に隠れて涙の石を見ていたんだけど、涙の石の一つが青色から金色に少しずつ変化して、最後には金ピカになってしまった。
「すごい…色変わることあるんだ…。」
しかも目の前で起きた変化に心が躍った。
もうちょっと近くで金色の石を見ようと思い、クッキージャーの蓋を開けた。
金色の石は真ん中よりも上の中心よりも少し外側に位置している。
石を上の方へピンセットで誘導し、瓶の入り口近くまで寄せてうまく挟んだ。
そして瓶の外につまみだした。
うっわ、キラキラ~。
やはり、透明なガラスの中に金色の粉が流動しているように見える。
それはまるで図鑑で見た惑星の一つのようにも見えた。
ミケーレはアンジェラから使っていいと言われて絵本に変化があったときに写真を撮っているデジカメを取り出し、左手で石を挟んでいるピンセットを持ち、右手で写真を撮った。
「あっ」
手の力が緩んでしまい、石がピンセットから滑り落ちた。
その瞬間、金色の石はオーラの様な光を放って、空中に浮いた。
「わぁっ」
驚いて後ろに後ずさるミケーレだった。不安になり、その場からアンジェラを呼んだ。
「パパー、今すぐ来てー」
ダダダッと足音がしてアンジェラが走ってきた。
後ろにはリリィもいた。
「どうしたミケーレ。」
「パパ、これ、涙の石、色が変わったからピンセットでつまんで出したら、こんなところで浮き上がってるんだよ。」
「ミケーレ、危ないからそんなもので遊んじゃダメじゃないか…。」
怒られると思っていたからコソコソ隠し持っていたのだが、やはり失敗してしまった。
「早く片付けなさい。」
アンジェラがそう言った時だ。金色の石は急にミケーレ目がけて勢いよく飛んだ。
その様子をアンジェラとリリィも見ていた。
「あ、危ない!」
額の真ん中あたりにパンと音を立てぶつかった金色の石は、そのままミケーレの額に吸い込まれていく。
「ミケーレ!」
リリィが走った。イヤ、転移した。しかし、間に合わなかった。
まるで弾丸に撃ち抜かれたような穴が額に開き、目を見開いたまま固まっているミケーレをリリィは慌てて手当てしようとしている。
ミケーレは目を開けたまま意識を失っていた。
「ミケーレ、おい、ミケーレ。」
アンジェラも駆け寄り、声をかけるが、脳を撃ち抜かれたようになっている状態で無事でいるはずがない。
ミケーレはピクリとも動かない。
リリィが手をかざし、脳へのダメージを見る。
「お願い、私の大切なミケーレを奪わないで。」
リリィの切実な叫びが家の中で響いた。




