391. ライアンとジュリアーノ
8月16日、月曜日、早朝。
イタリアの家に帰ったアンジェラ達は、日常の朝を迎えているはずだった。
ところが…ものすごい大きな悲鳴と共に全員目を覚ますことになる。
「キャー、誰か来て!」
その声はリリアナだった。
アンジェラとリリィが慌ててリリアナ達の部屋に走り、中を見て驚愕した。
二つ並んだベビーベッドの上にいるはずの双子の代わりに、そこには薄いピンク色の絹のような糸に包まれた繭のようなものと、同じく青みがかった白絹のような糸に包まれた繭のようなものがそれぞれ置かれていた。
「こ、これは…。」
アンジェラが、昔のもう変わってしまった過去の記憶を思い出した。
徠人が黒い繭に入り中で成長…いや変態したことがあったのだ。
あの時は、元々容姿が似ていたアンジェラへの嫉妬心から、よりアンジェラに近い外見に体を作り変えていたように思われた。
「アンジェラ、ライアンとジュリアーノが…。」
そう言ったのはアンドレだ。アンジェラはアンドレの肩に手を置き、ポンポンとなだめるように軽くたたいた。
「大丈夫だ。心配するな。これは、この子たちが天使として変化しているということだ。」
「し、しかし、ミケーレやマリーはこんな風にはならなかったではないか…。」
心配のあまりにオロオロしながら話すアンドレに、アンジェラは女神の洞窟で聞いた話をした。
「アンドレ、実はな、女神の洞窟でアフロディーテに言われたのだ。まだアンドレの息子たちは天使ではないと。」
「そうなのか?しかし、この子たちは成長も早く、普通の子達とは明らかに違うえではないか。」
「私もそう思ったさ。しかし、女神はこの子たちは『まだ』天使ではないと言ったのだ。天使になるには条件があるのだそうだ。それが足りなかったのだとそのことでわかったのだ。」
「アンジェラはその条件を知っているのか?」
「あぁ、ルシフェルの涙だ。涙の石、アンドレは知っているだろ?」
「封印の間で僕達が触れた時にだけルシフェルが流す涙のことか?」
「そうだ。あの涙さ。」
「しかし、ルシフェルはもう涙を流さなくなったのだろう?」
「アンドレ、何も心配は要らない。私たちは石を入手したのだ。ミケーレがライアンとジュリアーノのために涙の石を封印の間で女神に捧げていたよ。」
アンジェラの言葉を聞いてリリアナは複雑そうな顔をしながらも最終的には納得したようだ。
ただの人間の赤ちゃんと同じままでは親である自分たちより先に老いて死んでしまうからだ。どちらにせよ女神の祝福であるならば途中でキャンセルなどできない。
リリアナは神経質に部屋の温度や湿度を調整し、繭を見守ることにしたようだ。
どれくらいの時間をかけて子供たちが変態を終わらせるのかはわからない。
不安ではあるが、その後に起きる変化に期待もしているようだった。
ミケーレはアンジェラとリリィがリリアナ達の部屋に入って行った後、こっそり後を追いかけた。部屋の外から大人の会話を盗み聞きしていたのだ。
話が一通り終わった。
パパは自分がワンワン泣いてその涙が涙の石になったことは言わないつもりなのかな?
パパは、あんなに大きくて、かっこよくて、冷静で、まるで王様みたいなのに、時々ママのことになると、泣き虫で、弱くて、こっちまで泣きたくなるくらいのボロボロ具合になってしまうカッコ悪いところもある。
でもそんな父を嫌だと思ったことは一度もない。なるとしたらああいう大人になれたらいいなと思っているミケーレだった。
だって、『真実の愛』を手に入れている数少ない男だと思うのだ。
ジュリアーノとライアンも天使へ変わる準備ができたようだし、がんばってパパの涙を拾った甲斐があったというものだ。
ミケーレは覗いていたのがばれないように、急いで自分の部屋に戻る。
そして、本棚の下にあるキャビネットのドアを開いた。
そこにはミケーレの宝物が色々と置かれている。
ミケーレが描いた絵もそこにしまってある。そして、今日ニヤニヤしながらチェックしたのは、大きめの蓋つきの透明なクッキージャーに入ったアンジェラの涙の石だ。
バンダナに包んで持ち帰ってきたものだ。
お手伝いさんにお願いして、綺麗な保存容器で、透明で、蓋がしっかり閉まるものをもらったのだ。
見た目は小さなビー玉の様だが、よく見るとそれはこの前見たパパの核のように中が動いているようにも見える。
半分ほどを封印の間の円台の真ん中の溝に入れたが、まだ30個以上残っている。
きれいで、見ているとうっとりする。すごい宝物だ…。
そこに突然リリィが入ってきた。
「ミケーレ、朝ごはん食べるよ~。」
『ハッ』として、ミケーレは慌ててキャビネットの扉を閉める。
「ミケーレ、なにしてたの?」
「ううん、何もしてない。」
「そぉ?早くおいで~。」
「うん。」
リリィがダイニングに向かったのを見計らって、ミケーレはタオルでクッキージャーを包み、パッと見てもわからないように隠したのだった。




