390. お盆の里帰り
8月15日、日曜日、夕方。
アンジェラ達が家に着いた時、思ったよりも時間が経過していた。
フロリダで絵本を入手し、封印の間から女神の洞窟に行き、戻って来るまで何時間も経っていないと思っていたのに。丸二日以上が過ぎていた。
アンジェラは帰ってきて一つ気が付いたことがある。
ダイニングでマリアンジェラを椅子に座らせるときに、抱き上げたのだが…いつも異常に重かったマリアンジェラがミケーレと変わらない重さになっていたことだ…。
もしかすると、あの重さは女神のエネルギーの塊?だったのかもしれないと思うのであった。
ちょうど夕食時に帰ってきたので、すぐに食べ始める。
リリアナとアンドレはとても心配していたようだ。
今日はなぜかダイニングテーブルの上に大きな寿司おけが5段も重なっている。
アンジェラはリリアナに聞いた。
「この辺りでこんな本格的なお寿司を売っている店があったか?」
「あ、違うの。これはお爺様が『お盆だから皆で食べに来なさい』って言ってくれたんだけど、今それどころじゃないって言ったら取りにおいでって言うから、もらってきたのよ。後で、器だけ返しに行くわ。」
「お盆?って何?何する日?」
その言葉にミケーレが興味を持った。アンジェラが遠い記憶を思い出しながら言った。
「実家を訪ねたり、先祖のお墓にお参りをする行事のようなものだな。」
「へぇ…、僕、行ってみたい。」
アンジェラは少し迷った。朝霧の墓参りというと、歴代の婦人の他は徠人が眠っているだけだ。そこへリリィが余計なことを言った。
「ウナギ食べれるんだったら、私も行きたいな~。」
「う、うなぎ~、マリーもウナギ食べたーい。」
食べる事しか考えていないであろう二人をジト目で見るアンジェラとライルだった。
結局、その日はもう日本は夜中なので、翌日に訪問することとなった。
マリアンジェラが一人で寿司を120貫ほど食べたのは言うまでもない。
しかし、ライルは少し変な感じがしていた。
今まで、一度もお墓参りなんてしたことなかったぞ…。どういうことだ?
翌日8月16日、月曜日。
皆で日本の朝霧邸を訪ねた。
お爺様が開業している医院と、父様が開業している動物病院は今日までがお盆休みらしい。昨夜遅くに『ウナギ』をリクエストしておいたので、しっかり行く時間に合わせて出前が届いていた。
マリアンジェラはいつもの豪快な食べっぷりで三人前のうな重と天丼を平らげ、ミケーレが食べ残すのを待っている状態だ。
「お爺様、なんだか大人数で押しかけてしまってすみません。」
僕がお爺様に言うと、お爺様はニッコリ笑って言った。
「いやいや、皆に会えてうれしいよ。リリアナに聞いたよ。なんだか大変なことになってたそうじゃないか。」
「ははは、無事に帰って来られたからいいですが、本当に大変なことになってましたよ。そういえば、今までお墓参りなんてしたことなかったですよね。急にどうしたんです?」
「あぁ、亜希子が帰ってきたからな。徠人の墓に手を合わせに行こうという話になったんだ。」
「そうだったんですか…。」
「ところで、アズラィールと左徠に聞いてはいたんだが…その銀髪の長身の彼はアンジェラで間違いないか?」
お爺様がアンジェラの方を見て言った。
「お爺様、すみません。説明してませんでしたね。そうなんです。上位覚醒した様なんですが、元の姿に戻れるときと戻れないときがあって、今日は戻れていないようです。」
「そうか、いや、家にいる時は別にかまわないんだが、本当にさらにでかくなったなぁ…。」
「未徠、それを世の中ではスタイルが良いというのだ。」
アンジェラが一言言うと皆が笑顔になって爆笑した。
マリアンジェラがミケーレの残したうな重をもらってようやくご馳走様をしたところで、先祖代々の墓まで皆で歩いて行くことになった。
墓は朝霧の城跡の一角にある石碑だった。
あの、変ってしまった過去では防空壕の入り口となっていた場所である。
今は徠神が経営するレストランの裏手にきれいに整備された状態で裏庭として、日々誰かが掃除をしたり四季に咲く花を植えたりしている。
お婆様がバッグの中からガサゴソと何かを取り出した。
それは、あの赤い車のおもちゃだった。徠人の物だ。
「おばあちゃま~、それなあに?」
ミケーレが駆け寄って車のおもちゃを触った。
『キーン』という耳鳴りがそこにいた全員を襲った。
「み、ミケーレ、どうした?」
アンジェラはミケーレが赤い車のおもちゃを手にしたまま地面に倒れているのを見て駆け寄った。アンジェラがミケーレを抱き起すと、明らかにおびえた様子でアンジェラの手を払った。ミケーレが叫んだ。
「母さん、お、鬼がいる。」
そう言って亜希子の影にミケーレが隠れようとする。アンジェラを『鬼』だと言っている様だ。アンジェラ、思い切りガックリしている。。
「ミケーレ、どうしたの?」
亜希子がミケーレを優しく抱き上げた。
「母さん、何言ってるんだよ。僕はそんな名前じゃない。あ、あれ?僕、いつ帰ってきたの?あの、運転手が、僕を袋に入れて、そして…」
ミケーレが車のおもちゃを手から落とした。
『キーン』という耳鳴りがまた聞こえ、ミケーレがぐったりとしている。
リリィが慌ててミケーレを亜希子から受け取り体の様子を探っている。
「あ、あれ?」
ミケーレの頭を触ったときに、記憶が流れ込んできた。
それは、徠人が誘拐された日の記憶だった。
「お婆様、さっきおもちゃを触ったときにミケーレに徠人の記憶が入ってしまったようなの。徠人は覚醒していたから、肉体が滅びても核が次の時を待って生まれ変わることが出来たのよ。それがミケーレみたい。ごめんね。思い出させて、辛い思いすることになっちゃったら、申し訳ないわ。」
「リリィ、大丈夫よ。徠人は死んでいないって、逆に思えるもの。
やっぱり、ミケーレは徠人の生まれ変わりなのね。」
徠人の遺体は上がらなかったのだ。犯人は麻袋に徠人を入れ、身代金を受け取った後に川に袋ごと捨てたと供述したらしいが、遺体は見つからず、赤い車のおもちゃだけが発見されたそうだ。
天使の体は覚醒していれば、死んだときに光の粒子になり消えてしまい、核だけが行くべき場所へ移動するはずなのだ。
お盆という事もあり、徠人の意識が一時的にミケーレの体を支配し、両親に会いに来たのだろう。
少しして意識を取り戻したミケーレは、能力を使い青い薔薇の花束を出し、そっと石碑の前に置いた。
その薔薇の香りは、周囲にいる人を幸せにする効果があるのだ。
皆、和やかな気分のまま、徠神のお店でスィーツを食べたいマリアンジェラとリリアナに引っ張られて店内に入って行った。
スィーツを食べ終わるころにはマリアンジェラの失われたエネルギーも完全回復したであろうと思われる重さになっていた。




