39. 消えた研究室
大学の研究室に行く前に、念のため石田刑事に連絡を入れる。
何かあったときは連絡すると伝え、了承をもらった。
午後八時過ぎ、車に乗り込み二十分ほどで到着した。
研究棟にはいくつかの研究室が入っていて、まだ明かりのついている部屋もあるようだ。
受付はなく、許可された者が持つIDカードでの認証をドアの横の装置に読み取らせて入るだけだ。
父様がIDカードをスキャンすると、エラーになった。
「あれ?いままでこんなことなかったんだがな?」
装置の横にある管理棟への連絡用のテレビ電話で解除をお願いする。
管理の人が父様の事をよく知っていたようですぐに解除してくれた。
うちの動物病院の常連さんでもあるらしく、よく犬の予防接種にもきているらしい。
ガチャとロックが開く音がして、中に入る。
父様が働いていたのは一番奥の右側の部屋らしい。そこへ行ってみると、ブラインドの隙間から中が少しだけ見えたが、電気が消えていて、人影などの動きはない。
ドアには指紋認証がついているそうだが、ここで不審な点が…。
ドアがわずかに開いていた。
父様は、何かが起きていて面倒なことになっているとしたら自分たちが触らない方がいいと言い、石田刑事に連絡をした。
十分ほどで石田刑事が部下の刑事と共に到着した。
研究室のドアは自分たちは触っていないことを伝え、ドアの前に案内する。
石田刑事の手には手袋がはめられ、そっとドアを開け、証明の電気を点ける。
中には何もなかった。いや、あるはずのものがなかった。
たくさんの書類、研究結果、実験用の器具や動物。つい何日か前まで雑然とした中に埋もれて仕事をしていたこの場所が、すっかり変わっていた。
全てが消え、その代わりに壁に大きく一枚の赤い羽根が描かれていた。
いや、赤いのはそれが血で描かれていたからだ。
父様はかなり動揺していた。結局鑑識がよばれ、指紋や足跡、色々な証拠の採取が行われた。
管理棟の管理の人にも事情を聞いていたようだ。
父様は週に1,2度ここを訪れて、教授の助手や論文を書く補助をしていたとその人もよく知っている様子だった。
その研究室には教授の他に常駐している研究員が二名いたそうだ。
なぜか、二日ほど前にIDカードが無効にされた履歴があった。しかし、研究室が引き払った経緯は確認できていないという。
石田刑事は教授と研究員たちの住所や連絡先を確認すると、この前の拉致事件との関連性をこれから調べると告げ、僕たちにも帰るように促した。
深夜近く、家に戻った。
家のセキュリティは強化してあるので、侵入者があればすぐにわかるはずだ。
今回の件で、僕たちの狙っている奴らは、ずいぶんと大掛かりな組織だと推測できる。
一体何のためにそんなことをするのか…。
そこで、徠人が口を開いた。
「徠夢、父さんってどうして死んだんだ?」
え?何、その脈絡のない話。今することじゃないだろ…。
「あ、あぁ、そうだな…。徠人はいなかったから知らないんだよな。」
そう言って、父様はおじい様が亡くなった時の話をしてくれた。
「ちょうどライルが生まれて少し経った頃だった、ライルが病院から家に帰ってきて父さんはすごく喜んでいたんだ。父さんも結婚が早かったからね。
42歳でおじいちゃんになるのはちょっと早いっていつも笑いながら言っていたよ。」
父様は、話を続けた。おじい様が亡くなったのは、僕が生まれてから一か月後のころ、家で医院を開業していたが、その日は学会で大阪まで行く予定だったらしい。
空港までタクシーで移動する途中、タクシーが事故で炎上し、亡くなったという。
遺体は損傷がひどく、家族には見せられなかった。
車内から吹き飛ばされて外に、飛び出し焼け残ったカバンの中からおじい様の書類や所有品が出てきたことと結婚指輪が決めてとなり身元が確認されたと。
家に帰って来た時はもう火葬されて骨になっていた。
そこで、徠人が口を挟む。
「ほぉ、じゃあ家族というか、おまえは遺体を見ていないんだな?」
「え?あ、あぁ、言われてみればそうだな。」
「どっかで生きてたりしてな。ふふっ。」
「…。」
馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。と最初は思ったが、確かになんだか本人だと言う確証が足りない気がする。
焼けちゃってるんじゃ、DNA鑑定も無理だな。徠人のその冷ややかな一言でこの会話は終了となった。
ちょっと遅くなったが、各自部屋に入り、就寝となった。
ところが、それから少しして、僕の頭に直接話しかけてくる声がする。
「おい、聞こえるか?」
僕は思いっきり体を反転して徠人のほっぺたを両方ぎゅーとつねって言った。
「あんたさ、僕の背後で寝てて、どうしてわざわざそういう話しかけ方するわけ?キモイ。」
「いてててっ。まぁ、そう言うな。おまえ、気が短いな。ふっ。」
いつの間にまた僕のベッドに入って来たんだろう。
「なんか用?」
「この前俺が言ったこと覚えてるか?」
「どの話だよ?」
「排除の話。」
「あ、あぁ覚えてるよ。」
「俺の父親の双子の弟は、金髪で碧眼なんだよ。」
「うん、写真見たよ。」
「だけどな、五歳くらいの時に病気で死んだと聞いてるんだよな。」
「ふーん。それで?」
「どこに埋葬されているかわからない。」
「え?」
「どういうことかわかったか?」
徠人が考えるのは、うちの家系の人間が少なからず徠人以外にも失踪しているというものである。
死亡届とか、そういうものを洗い直す必要性を感じるというのだ。
まぁ、この際小さなことからでも色々な情報を収集する必要はありそうだと思っていたから、素直に同意した。
「じゃ、おやすみ。」
「えっ?」
徠人に背中を触られたと同時に僕は意識を手放した