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385. 新たな絵本

 8月13日、金曜日。

 リリィ、マリアンジェラ、ライルの三人が姿を消して二週間以上経った。

 アンジェラの憔悴具合は本当にひどいもので、食事は一口、二口食べると、もう要らないと言い、夜はリリィが来ていたパジャマを抱きしめながら寝ている。

 それを見かねたミケーレが、アンジェラがいつまでも起きて来ないので、ベッドによじ登って顔を覗き込む。


「パパ、そんな目の下に黒い線ついてる顔じゃ、ママが帰ってきたときに嫌われちゃうよ。」

 目の下に立派なクマを作ってどんよりとどこかを見つめる父にミケーレは励ますつもりで言った。

 そして、ポケットからスマホを取り出して言った。

「パパ、これライルのスマホ、部屋に置きっぱなしだったんだけどさ。」

「…。」

「メッセージが入ってて、あのウィリアムっていうひとからなの。

 それでね、写真がくっついてて…。」

 アンジェラが興味無さそうにミケーレとは反対方向に体を反転させた。

「『天使が生まれる洞窟』っていう題名の絵本を持ってるって、書いてあるよ。」

 アンジェラは起き上がると、その落ちくぼんだ目を大きく見開いて、ミケーレからライルのスマホをむしり取った。

 ミケーレは、呆れながらも冷静に言った。

「ねぇ、パパ…。前にねママが言ってたの。女神の洞窟っていうところに、閉じ込められたのを、パパが救ってくれたんだよって。パパが迎えに来てくれなければ、帰れなかったんだって。」

「め、女神の洞窟…。」

「そう、それでね、ママが教えてくれた洞窟の中にそっくりなの、その絵本の絵、2枚しかないけど。」

「そっくり…。この前、マリーはその女神の洞窟に行ってしまったんだ。そしてライルが偶然その後に続いて…たまたま落ちていた涙の石を拾ったと…」

 アンジェラはガバッと起き上がり、ミケーレを脇に抱えるとまるで荷物でも運ぶように廊下を走り、ダイニングで朝食中のリリアナを目指した。


「リリアナ、すまない。連れて行って欲しいところがある。」

「アンジェラ、ひどい顔ね。で、どこに行きたいの?」

 アンジェラは、ハッとして、手に持っていたスマホでウィリアムに返信をした。

『その絵本を譲ってくれ、どこに行けばいい?』

 返事はすぐに来た。

『ライルがフロリダのリゾートに2日以上滞在してくれて、僕のためにラウンジで歌ってくれたら、あげてもいいよ。僕は、まだフロリダにいる。』

『10分後に、フロリダのホテルまで来られるか?』

『いいけど、君、今まだフロリダなの?』

『10分後だ、いいな。』

 アンジェラは1分で着換え、1分で顔を洗い歯を磨き、身支度を整え、フロリダのホテルに電話をした。

「スィートルーム、空いているか?あぁ、押さえてくれ、とりあえず、今から一日でいい。悪いな。」

 そう言うと、リリアナに同行を頼んだ。

 ライルのスマホを持ち、反対側の手でミケーレを抱えたまま…リリアナに頼んでフロリダのアンジェラ所有のホテルのスィートルームに転移する。

「リリアナ、そっちの部屋でミケーレと共に待機してくれ。私は、まだウィリアムを信用していない。しかし、可能性として、このタイミングで新しい絵本が見つかったのには、わけがあると思うのだ。そして、三人が帰って来られない理由に思い当たるのは、あの洞窟だけだ。」

 そう、リリィ、ライル、マリアンジェラの三人は空間や時間を超えて転移できるのに、あの女神の洞窟からは、転移が出来なかった。

 そのため、帰るためにはアイテムが必要だった。

 アンジェラは思い出した。『涙の石』と呼んでいた、あのルシフェルの瞳から零れ落ちる石が無ければ、行くことも帰って来ることも出来ない場所なのだ。


 しかし、ルシフェルはライルが天使アズラィールを救った後に涙を流さなくなった。

 今、現在、『涙の石』を手に入れる方法がないのだ。

 なんでもいい、ヒントが欲しい。そんな時にウィリアムが『洞窟』について書かれた天使に関係のある絵本、しかも描かれている絵があの女神の洞窟ににそっくりな絵本を持っているという。手に入れれば、その先が描かれて、重要な情報を得ることが出来るかもしれない。

 そう考えてのこの行動だ。


 その時、ドアベルが鳴った。

 ドアを開けるとウィリアムが立っていた。

「あ、あの…あれ?ライル君はいますか?」

「まぁ、入ってくれ。ウィリアム。」

「え?あ、はい。」

「あの、すみません。どなたですか?」

「アンジェラだ。」

「え、えーーー?」

 アンジェラは上位覚醒後の姿になったままだった。リリィがいないと元に戻れないのである。

「ど、どうしてそんな髪の色に…。」

「ちょっと、体調が悪くてな…。」

「そ、そんなに変わるほど…ですか?」

「あぁ、そして、ライルはここにはいない。悪いが絵本を出してくれ。」

「え?あ…あ、はい。」

 ウィリアムはアンジェラの勢いに負けて、すぐに絵本をリュックから取り出して手渡した。

「ウィリアム、ここで見たことは誰にも言わないでくれ。そして、SNSにも上げないでくれ。この絵本のこともだ。いいな?」

 アンジェラのあまりの迫力に、びくびくしながら素直に頷くウィリアムだった。


 絵本の表紙は薄い空色、表紙には金色の文字で『天使が生まれる洞窟』と書かれていた。

 アンジェラはウィリアムに確認をした。

「2ページしかないのだな?」

「はい。」

 アンジェラは、絵本を受け取り、ウィリアムにソファに座る様勧めた。

 向かい合わせの席に座り、テーブルの上に絵本を置いた。その状態で、表紙をめくる。

 本文ではないページだ。小さな天使の羽が描かれていた。

 そして、ページをめくる。

 暗い中に白っぽい鍾乳石で洞窟が描かれている。絵だけだ。

 アンジェラが、その絵の上を手で撫でると、ページの表面が白く光り、文字が浮かび上がった。

『どの世界からもつながる愛の女神の洞窟がある』

「う、うわぁぁああ~。」

 ウィリアムが思わず、変な声を出す。

「静かにしろ。」

 アンジェラが一言言うと、ウィリアムの背筋は凍ったような感覚になった。

「はい、すみません。」

 ページの下の方も触ると、そのページもパアッと光り、そこにも文字が浮き上がった。

『そこは、唯一、天使が誕生できる場所』

 ウィリアムはそれを見て、ぶるぶる震え始めている。アンジェラは気にせず次のページをめくる。


 次のページには円形の白い部屋が描かれていた。文字はない。

 アンジェラはそのページも触った、するとまた白い光が表面からあふれ、文字が浮かび上がった。

『すべての世界の悲しみや愛を受け止め、天使を産むことのできるのは

 この女神の洞窟にいる愛の女神だけだ』

 ウィリアムはぶるぶるを通り越して、がくがく震えていた。

「おまえ、大丈夫か?」

 首を縦に振っているのか横に振っているのか、もうわからないくらい震えているウィリアムだった。アンジェラは、そんなことにはかまいもせず、次のページをめくる。


 真っ白い、なにも描かれていないページだった。

 しかし、アンジェラがそのページを触ると、今度はページが光った後、絵が現れた。

 それは、白い壁の中から上半身を突き出した愛の女神の石像の絵だった。

 文字も浮き出た。

『愛の女神 アフロディーテ』

「マリー…。」

「こ、こ、こ、こ、これは…。」

 ニワトリみたいになっちゃったウィリアムを横目で睨むアンジェラ…。

 ウィリアムは自分で口を押えている。

 文字には続きがあった。彼女が認めた天使だけがこの世に生まれることが出来る。


 アンジェラは次のページをめくった。

 また白いページに触れると白い光があふれ出す。そして絵が浮き上がった。

 石像と化した大天使ルシフェルの目から、真珠のような石が落ちる絵だ。

『女神の洞窟に行くには、天使の涙を手にする必要がある』

 そのルシフェルはアンジェラそのものだ。それをみてウィリアムは少し気が遠くなるのを感じた。

「おい、お前、しっかりしろ。」

 アンジェラに肩を叩かれ、気を取り直すウィリアムだった。

 ウィリアムは、アンジェラに思い切って聞いた。

「あ、あの。アンジェラ様、やはりアンジェラ様は天使なのですか?」

 アンジェラは頭を抱えるようなしぐさをした後、ウィリアムに向き直り言った。

「他の者に言えば殺す。」

 ウィリアムは縮み上がった。

「ご、ごめんなさい。」

 苛立ちを覚えたせいか、アンジェラから青色のオーラが漏れ出て、翼が広がった。

『バサッ』

 ウィリアムはまた自分の口を自分の手で押さえ、言葉を飲み込んだ。

 アンジェラはお構いなしに次のページに進んだ。


 次のページも白紙だった。

 アンジェラがそのページに触れるとページが激しく光り、絵と文字が浮かんできた。

 それは封印の間の絵だった。天使アズラィールと大天使ルシフェルの像がある部屋の玉座に座る二人の天使像、そして、リリィの体まで石の座に座っている。

 書かれている言葉は、アンジェラへのメッセージの様だった。

『ルシフェルよ あなたがこの場所に 今すぐ 来なさい』

「私に 来いと言っているのか…。」

 アンジェラは小さい声で呟いた。ウィリアムはもう、何が何だかわからないが、固まったまま見守っている。

 アンジェラは次のページを開いた。

 また、触れば白い光が出て、絵と文字が浮き出るのだ。

 そこには涙の石だと思われる真珠がいくつも書かれていた。

 そしてこう書かれていた。

『一つでは帰って来ることは出来ないのだ』


 アンジェラは立ち上がった。勢いで翼がバサッと開く。

 絵本を手に持ったまま、アンジェラは言った。

「ウィリアム、悪いがこの本は譲ってくれ。ライルが帰ってきたらお前のところに必ず行かせる。そして、このことは、他言無用だ。」

「は、はい。アンジェラ様、仰せの通りに。」

 アンジェラはそのまま別室のドアを開け、リリアナとミケーレを呼んだ。

「リリアナ、封印の間へ私を連れて行ってくれ。」

「いいけど、この人はどうするの?」

「ウィリアム、私たちはもう行く。ここから去れ。」

「は、はい…。」

 ウィリアムがもたもたしているうちに、リリアナがアンジェラとミケーレの手を取り転移してしまった。

 それを見たウィリアムは心臓が爆発するくらい驚き、高揚した。

『天使様、本当にいた。僕だけ、特別に見ることが出来た。』

 ウィリアムは喜び急いで部屋を出た。しかし、部屋からロビーに下りる途中のエレベーターの中にリリアナが現れ、話しかけられたあと、気が付いたら祖父の経営する高級リゾートの自分が使っている部屋にいた。

 よだれを垂らしてお昼寝でもしていたようだ。


 スマホの送信記録を見ても、今日は何もなかったようだ。

 あれ?僕はどこかに行っていたような気がするんだが…。

 そして、何か結構いいものを持っていたような気がするんだが、それが何が思い出せなかった。

 リリアナがアンジェラとミケーレを封印の間に送った後、ウィリアムの記憶を消しに戻って来て赤い目を使ったのだった。


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