382. リリィの消滅
僕が大声で叫んだ数秒後、アンジェラとリリアナが駆けつけた。
「おい、何をしてるんだ?」
「核を…治せないかって、リリィに言われて…。」
アンジェラがリリィの体を後ろから羽交い絞めにして引く、リリアナは僕の腕を掴んで引き抜こうとする。
「放せ、今すぐ放せ。ライル、聞いてるか?今すぐ…」
僕は、何も掴んでなどいなかった。何にも触れてなどいなかった。
いや、違うか…。リリィの体の中に手を入れていたのは事実だから…。
そんな思考も一瞬で吹き飛んだ。そう、吹き飛んだ。
リリィが目の前で…金色の霧になって、吹き飛んだ。
「えっ?」
勢いあまってアンジェラが後ろに転倒し、僕とリリアナは反対方向に吹っ飛んだ。
「おい、リリィを探せ。」
アンジェラの表情が今まで見たことない位怖い。
「早く、探して来い。今すぐ、行け!」
僕は、慌ててその場を後にした。どこにも行く当てなんかなかった。
とりあえず、日本の朝霧邸の自分の部屋に来た。
もし、この次元のどこかにリリィがいたら、どんな場所でもわかるはずなのに、僕にはリリィの痕跡すら探し出すことは出来なかった。
リリィは消滅した。この地球上から。跡形もなく消えた。
僕は、これからの人生、どう生きていけばいいのかわからなくなった。
愛だの恋だの、伯父だのなんだの…そんなこともどうでもいいくらい、もう何も考えられなくなった。今までのすべての出来事が頭の中をスライドを見ているように次々と巡っていく。
「うっ、ううっ…。」
嗚咽を漏らしながら、僕はベッドに顔をうずめて泣いた。
僕は泣くことが出来たんだ、と思った。
今までどこか冷めていた。何があっても、どうせ僕はこの世に未練なんかないと思っていた。それが、今、音を立てて崩れていくような気がした。
スマホが鳴った。父様からだった。
出ようか迷っているうちに切れた。そして、部屋のドアがノックされた。
「ライル、いるのか?開けていいか?」
僕は返事をしなかった。ドアが開いて、父様が入ってきてベッドに腰かけた。
僕はベッドにうつ伏せに突っ伏したままだ。
父様が僕の頭に手をのせた。そして優しく撫でた。
「ライル、アンジェラから電話がきたよ。リリィのこと聞いた。」
父様はそれ以上言わなかった。
黙って、僕の頭にキスをした。しばらく僕の頭を撫でたあと、父様は僕の肩をポンポンと叩いて言った。
「しばらくここで過ごしたらいい。」
そして、部屋を出て行った。僕は、堪えていた涙がまた溢れ返り、枕が濡れるのがわかるほどだった。生身の体じゃなくても、涙が出て、濡れるんだな…。漠然とそんなことを思った。
イタリアの家では、アンジェラがユートレア城の管理人、聖マリアンジェラ城、ミケーレ城の管理人に連絡をし、もしリリィが現れたら連絡するように伝え、日本の徠夢、未徠、アズラィール、左徠を含む親族全員にリリィが来たら引き留め、連絡するように伝えた。
冷静になろうとしても、手が震える。
リリアナに頼み、行きそうな場所には全部行って確認してもらった。
もちろん、リリアナも知っている人間がどこにいるかを知る能力がある。
リリアナだってライルと同じように、かなり動揺していた。
「いない、いない…どこにもいない。」
もう行くところなんてない。そう思った時につい、口から出た言葉だ。
アンジェラはその言葉を聞いて、膝から崩れ落ちた。
「リリィ…私のリリィ。」
アンジェラは書斎にこもり、絵本の中身を確認し始めた。
もう、自分にできることはこれくらいしかない。
もしも、本当にリリィがいなくなってしまったのだとしたら…、絵本の内容も変わるはずだ。アンジェラは、あの『星降る夜の天使たち』を手に取りページをめくった。
確か、この中に二人の天使が飛び立つ絵があったはずだ…もし、二人がまだ描かれていれば…リリィは絶対に帰って来る。
アンジェラは、祈るような気持ちでページをめくろうとした。
その時、『ドンドン』とドアが叩かれた。ドアを叩いたのは、マリアンジェラだった。
「パパ、開けて~。」
「どうした、マリー…。」
ドアを開けると、マリアンジェラに異変が起きていた。
「ピカピカ光って、段々早くなってきてるの…こわいよ~。」
マリアンジェラの胸のあたりの体の中から白い光が出ているように見える。
そして、それは明滅を始めていた。
アンジェラはマリアンジェラを抱きしめ、リリアナを探した。
「リリアナ、リリアナ…どこだ?」
アンドレが赤ちゃんを抱っこして部屋から顔を出した。
「リリアナは、今ユートレアを見に行ったところだ。」
「アンドレ、リリアナに電話をかけてくれ、いや、ライルでもいい。呼び戻してくれ。
マリーが変なんだ。」
アンドレは慌てて赤ちゃんをベビーベッドにのせるとライルに電話をかけた。




