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378. マリアンジェラの家出(2)

 マリアンジェラがいないと家族が気付く10分ほど前…。

 マリアンジェラは何も考えたくないとき、ベッドの上で右にゴロゴロ…、落ちるギリギリで逆向きにゴロゴロ、ぶつかる寸前で逆方向というのを時々繰り返す。

 心を無にして、ゴロゴロすると何をやってたか忘れるからである。

 しかし、この日は微妙にすっきりしないまま、かれこれ20分ゴロゴロしっぱなしである。

「ふぅ…。」

 ゴロゴロするのをやめた時、ベッドに座りずーっと同じ方向にゴロゴロしたら、頭がすっきりするかも…と思い立った。

 ベッドの上にすくっと立ち上がり。目を瞑って転移した。


 転移の先は、封印の間である。マリアンジェラはあまりこの場所に思い入れも何もない。

 ただ、怪我した人をここに運べば、生きている限り悪くも良くもならないとは聞いている。

 どうしてここに来たかと言うと、この部屋は円形をしている。真ん中が円卓のようにせり上がっており、壁には大理石のような石でできた座がある。

 アンジェラ(パパ)とリリィ(ママ)にそっくりな天使の石像が王様と王妃様みたいに座っているけれど、石像だからね…。生まれ変わりって、そういうのあるのかな本当に…。

 ま、それはさておき、私は、今日、ここで果てしなく同じ方向に回ってみようと思う。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ……、イイ感じ。あぁ、でもちょっと固いのが良くないな…。

 同じ方向ばっかりだと飽きるかも…。方向を転換しようと止まったときだ…ちょうど大天使ルシフェル像の足元だった。

 うへっ、本当にパパにそっくり。

 一旦体をよじってうつ伏せになる。お、およっ?あらら、綺麗な石が落ちている。

 白い真珠より少し大きい位の石…どっかで見たことあるような…。

 円卓の台の下の方に見つけたその石を摘まんで拾い上げた。

 その途端…頭の中に大量に流れ込む悲しい天使の記憶が…、そして、悲しいライルの子供の頃の記憶が…、嵐のようにマリアンジェラの頭の中を吹き荒れ吸収されていく…。

 う、うぇ~ん。う、うえ、うえぇ~ん。

 そのすべての悲しみを自分が負ったような悲壮感、そして両目からあふれる涙は止まらない。

 涙がポタポタと白い石の上に落ちる。どんどん涙を吸い込み、石が大きく育っていく。

 知っているようで、思い出せない。もどかしい。

 石が5㎝ほどの大きさになったとき、石は明滅を始めた。

 ピカピカ…光ってる。その瞬間、マリアンジェラは違う場所へ転移していた。

 真っ暗闇の洞窟の中だ。暑くも涼しくもないのは封印の間と同じ、でも真っ暗だ。

 手に持っている白い石だけがボーッと白く光っては暗くなる。

 この石を離してはいけない、本能でそう思った。

 でも、不思議と怖くはない。涙はまだ止まらない、でもどこかに進まなきゃ…そう思った。

 ママみたいにキラキラを出せば明るくなるかも…と思ったが、さっきちゃんとご飯を食べなかったせいでエネルギーがあまり残っていない。

 バランスを保とうと翼を出し、転ばないように気をつけながら左手で壁を伝い、右手に石を持って進んだ。

 30分ほどかかって、少し広い部屋に着いた。

 少し封印の間に似ている。真ん中に円卓があって、壁は白い大理石みたい…いや、この石と同じものでできている。

 少し進んで部屋の半分くらいのところまで来た時、石が勝手に浮き上がった。

 わっ、石…、待って…。

 明滅している石が、中央の壁に吸い込まれ、それと同時に室内が明るくなった。

 あ、あれ、電気点いた。

 白くてつるつるの部屋だ。

 さっき、石が吸い込まれた壁を触って見るが、硬い、普通の大理石みたいだ。

 石、どこいっちゃったんだろう…。

 もう、いいや…帰ろう。つまんなくなった。

 マリアンジェラは自宅へと転移した、つもりだった。

 え?何?どうして?転移が出来ない。ギャー、何、何…もう、家に帰れない。


 マリアンジェラは、泣いて泣いて泣き疲れて眠ってしまった。

 ヒンヤリと冷たい石の床の上で。

 ふと、目を覚ました時、円卓の台のところにさっきの石と同じくらいの大きさの石がいくつか落ちているのを見つけた。

 およ、さっきのと同じのだ。結構大きい。それを一つ手に取ると、今度は、ライルが子供の時に父親から受けたひどい事柄が頭の中に流れ込んできた。また涙があふれた。

 ライル、おじいちゃんにこんな酷いことされてたんだ。石は明滅し、また壁の中にすーっと入って行った。石をもう一つ拾ってみる。

 今度は、朝霧邸の地下書庫でリリィが徠夢に突き飛ばされ血を流して意識を失うときの記憶が流れ込んできた。涙が、滝のように流れる…。

 石が、また壁に吸い込まれた。吸い込まれた壁に手を当てて、まだ止まらない涙を流しながら、子供ながらに胸に熱いものを感じた。

 ライルもママも、ただ楽しいだけの人生じゃなかった。

 ライルにチューしたいとか、わがままばっかり言って、マリー、悪い子だった。

 ものすごく反省した時に、手をついている壁に違和感が…。

 自分の手と同じ大きさの手が、壁の中から出てきた。

 げ…怖い。手を引っ込めようとしたけど、掴まれた。ぎゃ、マジ?怖い。

 逆に後ずさると、手、腕、肩、頭…と出てきたそれは、マリアンジェラと全く同じモノだった。マリアンジェラは恐怖を感じながらも言った。

「何?ねぇ、あんた何?」

 石でできたマリアンジェラは首を傾げて言った。

「愛の女神、アフロディーテ。」

「ま、ま、ま、まじ?愛の女神?ふざけないでよ。石がしゃべるの怖い。」

「ひどい…自分のこと忘れちゃうなんて…。」

「は?は?何言ってのぉ。ちゃんとわかるように説明してよぉ。」

 アフロディーテと名乗った動く石像は、マリアンジェラを引っ張ってぎゅと強く抱きしめた。そして額と額をくっつけた。


 マリアンジェラは意識を失った。そして、夢を見た。

 ライルが、ルシフェルに自分の核を入れて自分を殺してと頼んで始まった、彼の今回の人生の、その前の人生が全て含まれたものだった。そしてそれを見ている自分、それは愛の女神アフロディーテ、そのひとだった。

 悲しかった、とにかくライルのことが可哀そうで、こんな世界は壊してしまおうと思ったほどだった。でも、この世界を壊すことは世界創造のルールに反することだった。

 世界を壊すことは思いとどまったが、アフロディーテはライルに寄り添いたいがために、アンジェラとリリィの子として世の中に出現することにしたのだ。

 この洞窟はアフロディーテの世界、アフロディーテが望んだ者達だけを受け入れ、悲しみを愛に変え、還元する世界。

 マリアンジェラは全てを思い出した。自分が神であること、愛をつかさどる神、そして、見返りなど求めずライルを愛することを決めたこと…。

 この場所に、偶然導かれたのは、自分自身の意思を思い出すため…。

 しばらくの間、悲しい記憶と、優しい希望に包まれた眠りがマリアンジェラを包んだままゆっくりと過ぎて行った。


 マリアンジェラがアフロディーテの洞窟に迷い込んだ頃、イタリアの家族はパニックになっていた。セキュリティカメラにはマリアンジェラ自身でどこかに転移したように映っていたが、その後の消息が掴めないのだ。

 ライルは本当に心の底から後悔していた。

『あんな冷たいことを言うべきじゃなかった。』

 この前だって、言ってた『ライルがマリーのこと嫌いだって知ってる』なんて言わせたのは自分だ。でも、もしかしたら自分の娘、違っても自分の姪だ、どうしたって結ばれることのない二人なのだ。期待を持たせるようなことはあってはならない。

 でも、いつも思うのだ、マリアンジェラが自分に寄せる想いが本気だということ。


 ライルもリリィもリリアナも転移のできる者はあちこち行ってマリアンジェラを探した。過去も未来も…。

 だが、見つからなかった。

 マリアンジェラが失踪して1週間が過ぎた。

 自分の意思でいなくなっているため、警察への捜索願などは出していない。

 ライルとリリィは不眠不休で探し回った。

 しかし、マリアンジェラは見つからなかった。

 その時は、ライルが5回目の封印の間をチェックしに来た時のことだ…。

 ルシフェルの頬を触り、ふとルシフェルの顔を見ると、目が開いた。

 時々目が開くことはあるが、いつもライルの方を見つめるのに、今回はどこか違うところを見ている。

『ん?』

 その目線を追うと、円卓の台の下に、あの涙の石が落ちている。

 今はもうルシフェルからは涙の石は出ない…。どうしてこんなところに涙の石が…。そう思った。何も考えずに手に取る…。

 それは、青い石だった。アンジェラが触ったときに落ちた石だ。

 アンジェラの孤独で長い人生がライルの頭の中に、ぐるぐると再生される。

 涙があふれた。そして石の上に落ちた涙が石を大きく成長させる。

 悲しみが深いからか、石はあっという間に5㎝ほどに膨らみ、明滅を始めた。そして場所が変わる。


「うわっ。」

 もう二度とこないと思っていた場所への転移だった。そこはあの不思議な洞窟だ。

 そうだ、ここは能力では抜け出せない場所。翼は出せる、変化もできる、しかし、ここから外への転移は不可能な世界。

 ライルは明滅する球を持ったまま、壁伝いに進んだ。

 早く帰らなければ…。ここには何もない。

 歩くこと20分、以前も見た明るく無機質な円形の部屋。

 以前アフロディーテの石像が半分飛び出していた壁には、今はもう何も飾られていない。

「神はもうこの世界には用がないってわけ?」

 嫌味を言いながら、円卓の横を通り先に進む。

「あっ、あああっ、マリー。」

 床に横たわるマリアンジェラを見つけ、抱き上げる。

 生きている。スヤスヤと眠っているようだ。ずっと泣いていたのか、涙の痕が頬についている。

「ごめんよ、マリー。僕が悪かったよ。」

 ライルがチュとマリアンジェアらの頬にキスをした時、ライルの頭にマリアンジェラの女神だった時からの意思、想い、ライルへの愛が流れ込んできた。

 ライルは体が雷に打たれたように動けなくなった。

 ライルの目から涙があふれ、マリアンジェラの頬に落ちた。

 マリアンジェラが白い光に包まれて、いつもと同じくらい大きくなった。

 マリアンジェラの体は宙に浮き、壁の中へと吸い込まれていく。

「マ、マリー、行かないで。行かないでよ。僕が悪かった。大切にするから、絶対に大切にするから。僕のマリー。」

 ライルが手を伸ばし、マリアンジェラの体を抱きしめ、壁に吸い込まれないように力を込めた。

 足元で、僕の足を引っ張る小さい手があった。

 え?石でできた小さいマリアンジェラがそこにいた。

「誰?マリー?」

 石でできた小さいマリアンジェラは首を横に振った。

「愛の女神、アフロディーテ。」

「え?本当にいたの?」

 少女は首を縦に振った。ライルは半分叫ぶように言った。

「お願い、マリーを僕に返して。」

 少女は首を傾げて言った。

「だけど、あなたはマリアンジェラのことを愛していないでしょ。」

「そ、そんなことない。大切だし、愛しているよ。」

「でも、それではダメなの。マリアンジェラは神であることを捨ててあなたのところに行ったのよ。彼女の愛が叶わないものならば、彼女はまたこの壁の中に私と共に戻り全部の世界の愛を見守るべきなの。あなた一人のためではなくてね。」

「だ、ダメだ。マリーは僕のマリーだ。」

 ライルは持っていた青い涙の石を壁に投げつけると円卓の上にマリアンジェラを抱きかかえたまま素早く飛び乗った。

 石でできた少女は壁に吸い込まれ、代わりに壁から顔が浮き出てきた。その口から小さな青い粒がフッと飛び出し、円卓の中央にある小さな穴へと入って行く。

 ライルはガタガタと震えのくる体で、しかし、がっちりとマリアンジェラを離すまいと固定した。

 円卓の端から光が浮き上がり、まるで魔法陣に描かれたような文字がグルグルと回る。

 一瞬後、二人は封印の間にいた。

 ライルは、気を失っているマリアンジェラに口づけをした。

「マリー、マリーは僕のために生まれてきてくれたんだね。今までごめん。」

 どうやってアンジェラとリリィを納得させようか、考えながら家に転移することにした。

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