377. マリアンジェラの家出(1)
席に着き、タルタルソースをいっぱいつけて、さあ最初の一口を…と言うときだった。
マリアンジェラが、ふと僕の横に立った。
「ねえ、ライル。」
「ん、何?マリー。」
僕がマリアンジェラの方を向いた瞬間、強烈なタコチューが僕の唇を襲った。
やっとのことで引きはがし、ナプキンで口を拭う。
「何すんだよ、いきなり。もぉ。」
「だって…。」
何が『だって…』だよ。全く幼児の考えてることは…。と、考えつつふと目線をあげると、アンジェラ、アンドレ、リリアナ…皆、目が点でこっちをガン見している。
「ちょ、何?僕何もしてないよ…。」
リリアナがすくっと立ち上がって言った。
「あんた、本当にライル?」
「え?何言ってんだ、意味わかんない。」
「ライル?なのか?」
アンジェラまでおかしい。そして、マリアンジェラは僕の膝に頭をのせて、こっちを見る。
「マリー、やめてよ。なんでそんなことするの?」
「だって…。超イケメンなんだもの…。」
「は?」
アンジェラがスマホで僕の写真を撮って僕に見せる…。
「あーーー…。」
夜中に実験した時と同じプラチナブロンドの毛先が青みがかったオオカミみたいな姿になっていた。
「こ、これは…体が無しでもリリィと融合していると、味がして美味しく食べられるという事がわかったわけで、さっきリリィと融合した結果が、なぜかこうなっている次第です。」
「イケメン…。」
説明文を読んだようになってしまった僕は、いたたまれず、サメのフライをボボボ、と頬張ってもぐもぐして飲み込むと、リリィを外側に出した。
「あれ、もういいの?いっただっきまーす。」
リリィがサメのフライをニコニコしながら食べてるとき、マリアンジェラが後ずさって行った。
「どうしたの?マリー、動き変だよ。」
「ママ?ほんとにママ?」
アンジェラががスマホで写真を撮りリリィに見せる。
「うっわ、ヤバいね。まるでニューハーフ…。え?これ私???」
『ギャー』
写真に写っていたのは、確かに私なんだが、でかくてごつくて男らしい感じの女性だった。
世の中うまく行かないものだ。
リリィはいつもの姿に変化して、恥ずかしさをかみしめながらも、サメのフライをあきらめることは出来なかったのだ。
「うっま。サメ君、最強!このタルタルソース最高!」
元の姿に戻ったリリィを見ながら、ほっこりするアンジェラ…。リリアナとアンドレは少し顔が引きつったままだが…。
マリアンジェラは、またイケメンなライルに変わるんじゃないかと思い、リリィの横でチラチラ気にしながら食べている。
その時、急にリリィが『トンッ』と手を打った。
「あ、そっか。わかった。」
そういうと、ダダダッと走って寝室に行ったと思ったら、ライルとリリィが分離して戻ってきた。
「さっきの、ライルがプラチナブロンドになってたのと、私が男らしくなってたのって、きっと私の核から漏れ出たエネルギーがライルに混ざり込んでたからだと思う。」
どうやら境界があいまいになってたせいではないかと、リリィは考えた様だ。
分離した状態で、食事を続けるが…やはり味はしない…。
「ごちそうさま…。」
ライルが席を立った。うしろからマリアンジェラが足にしがみつく。
「どうしたの、マリー。」
「お願い、も一回だけイケメンを拝ませて。」
「僕に、もうタコチューをしないって約束したら見せてあげてもいいけど。」
「え?それは無理よ。さっきも頭真っ白で覚えてないもん。本能ってやつ。」
「じゃ、無理だな。」
「ぶぅ~、ひどい…パパはママの一言で素直に変わるのに、ライルは意地悪だ。」
「いや、それ比べるのがおかしいよ。僕とマリーは夫婦でも恋人でもないし。」
マリアンジェラの顔がみるみる曇った。
「ごちそうさまでした。」
殆ど食べていないのに、マリアンジェラがお皿を片付け始めた。
「マリー、まだちゃんと食べていないだろ?」
アンジェラが声をかけたが、黙ってそのままトボトボと子供部屋に歩いて行ってしまった。
心配したリリィが後を追った。
「マリー、そんなにライルのことが好きなの?」
マリアンジェラはそれには答えなかった。黙ったまま、ベッドの上に横になり、ゴロゴロと右に転がったり、左に転がったりを始めた。
こうなると手を付けられない。
「お腹すいたら食べられるように冷蔵庫に入れておくね。」
そう言ってリリィはダイニングに戻った。
夕食を終え、片付けも済ませ、子供たちのお風呂タイムだ。
「ミケーレ、お風呂入れてあげるから、マリーにも言ってきて。」
リリィが言うと、ミケーレは走って子供部屋に行った。
マリアンジェラはいなかった。
ミケーレがリリィの所に戻り、「マリーいないよ」と言ってからが大騒ぎになった。
家中探しても、家の周りを探しても、リリィやリリアナ、ライルが相手のいる場所へ転移する能力を使っても、マリアンジェラを探し出すことが出来なかった。
この世界からマリアンジェラが消えてしまったのだ。




