376. 忘れ物
7月19日、月曜日。
無事にリリアナも回復した。言っちゃ悪いが徠神の店で食べたかっただけだと思う。
今朝から、通常通りの生活が戻った…かと思ったが、僕の学校はまだまだ休みで、家でゴロゴロしたり、読書をすることが多い。
たまに絵本をチェックしたり、聖マリアンジェラ城や聖ミケーレ城の状態を確認に行ったりもする。
そう、この状態を言葉で表現するなら、『暇』である。
暇つぶしにマリアンジェラとツイス〇ーで遊んであげることが多い…でもマリアンジェラは正直言って強い。だから、先に何をして欲しいかを聞いてから、やるやらないを決めることにしている。
だって、今朝は頬を赤くして『いっしょにお風呂に入ろう』って言ってたんだよ。
いや、別にいいよ。小さい実際のサイズになってくれれば…。そういう時に限って大きくなろうとするんだ。無理だって…マリアンジェラはリリィよりおっぱいがでかいとリリィが言ってたからね…さすがに僕としても一緒にお風呂は無理だよ…。
そんな僕にリリアナが頼みがあると言ってきた。
「リリアナ、頼みってなに?」
「ライル…ピアノを忘れてきちゃった。取ってきて。」
「えー、なんだか面倒だな。」
「毎回行くと、すごく引き留められてなんだか申し訳ないのよ…。でもライルだったら大丈夫だと思うから…。」
「そうかな…。で、どこにあるの?」
「昨日の謁見の間の右側に王妃様のサロンがあって、そこに置いてきたのよ。最初から終わったら持って帰るって言ってたんだけど、あんなことになっちゃって忘れちゃった。」
「わかった。仕方ないな。行ってくる。」
僕は、さすがに家の中にいる時にいていたTシャツと短パンから、学校に行くときに来ているような、ブラウスと綿パンに着替えた。
あれでも一応王様なんだよね。
僕は、午後二時ころに500年前の王の謁見の間に転移した。
オスカー王は、家臣の数名の者と謁見中だった。
僕は、護衛の騎士に話しかけた。
「あの、昨日リリィがサロンに忘れ物をしたそうで、取りにきたんだ。
サロンに行くにはどうしたらいい?」
「あなた様は?」
「あ、リリアナとリリィの弟で、ライルと言うんだ。」
わかりやすいように、翼を出す。『バサッ』同時に騎士は一歩下がり礼をとり、言った。
「失礼いたしました。こちらがサロンでございます。」
騎士が示した先は、謁見の間に入ったすぐ右の入り口に進む方向を示している。
こっちね…。騎士にお礼を言ってそちらに進むと、猫足に理石の丸テーブルとイスがいくつか並ぶティータイム用のスペース、いわゆる『サロン』があった。
吹き抜けの高い天井の上部はガラス張りで外の明かりを取り込んでいる。
かなり広い部屋で彫刻や調度品も立派だ。
思いっきり観光地でお城見学とかしてるみたいだ。中に進むと、王妃が貴族の女性たちを呼んでアフタヌーンティーの真っ最中だった。
「あら、あら、ライル様ではありませんか。昨日は本当にありがとうございました。」
「王妃殿下、ティータイムにお邪魔して申し訳ありません。リリアナがピアノという楽器を忘れて来てしまったというので、取りにきた次第です。」
「まぁ、そうだったのね…。リリアナしか弾ける人がいないから、どうするのかと思っていたのよ。」
「ここだけの話…未来から持ってきているので、このまま置いておくのは問題になるのかな…ということで、使った後は持ち帰ることにしたんですよね。」
そんな会話をしていると、お茶をしていた貴族のご婦人たちから声が上がった。
「王妃殿下、こ、このお方は…もしや噂の…。」
「おほほ、そうなの。うちのアンドレが今お世話になっている天使様のご家族のライル様よ。本当にお美しいでしょ。リリアナ、王太子妃もそうですけれど、昨日のアンジェラ様はもう、本当に神のように見えましたもの…。」
「ライル様もとても美しいです…。この世にこんな美しいお方がいらっしゃるとは…。」
「ははは、そう言われると恥ずかしいですね。」
「ところで、ライル様はあの楽器を弾くことは出来るのですか?」
「あ、はい。できますよ。」
「リリアナがお披露目の時に少しだけ聞かせてくれたのですが、ライル様の弾くのも見せていただけないでしょうか…。」
「まぁ、いいですよ。僕、時間あるんで。じゃ、クラシックがいいですね。」
大喜びの王妃のリクエストに応えて、クラシックの曲を30分ほど披露した。
もう、正体もバレているので、キラキラも全部出して、ノリノリで弾きまくった。
貴族のご婦人方は初めて聞いたらしく、もう腰を抜かしそうなくらい驚いていた。
「どうやったらあのような音が出せるのですか?」
「魔術か何かのようですわ。」
「あぁ、家でもずっと聴かせて欲しいですわ…。」
王妃も満足したようだ。
「ライル様、本当にありがとうございました。」
「聖マリアンジェラ城と聖ミケーレ城のお礼です。そういえば、ライアンとジュリアーノとは初対面だったのですよね?」
「そうなんですの。とても大きな赤ちゃんで驚きましたわ。たった2か月であんなに育つなんて…。」
「確かに、ミケーレとマリーも異常に育ちが早いですからね…。」
「そうなんですの。それと、やはりアンドレとアンジェラ様が元は同じ人物だと以前お聞きしましたが、納得いたしました。ミケーレちゃんとライアンが全く同じ顔で、かわいくて、うふふ。」
思いっきり、帰るタイミングを逃してしまった。
「あ、そうそう。ライル様、ニコラスは最近どうしているのかしら?あの子だけでは帰って来られないのはわかるのですが、ずっと帰ってきていないので、心配で…。」
「ニコラスは、確か普段はアンジェラの兄のところで働いていますよ。連れて来ましょうか?」
「え?出来るんですの?」
「出来ますよ。ピアノを置いてきたら、連れて来ましょうか?」
パアッと王妃の顔がほころぶ…。そうか…アンドレは毎週帰って来てるけど、ニコラスは3年以上帰ってきていない。
僕はピアノを現代のユートレア城へ運び、ニコラスに電話をかけた。
ニコラスはちょうど徠神の店での仕事が終わる時間で、事情を話すと本人も行きたいと言った。
「じゃ、今行くから、着替えて待ってて。お店のVIPルームに行くよ。」
そう言って僕は一度イタリアの家に戻った。
家に帰り、リリアナにピアノを持って帰ってきたことを報告した。
「ユートレアの謁見の間に置いてきたけど、どうする?」
「あ、うん。そこでいい。こっちに置くと部屋が狭くなるから。」
「わかった。あ、アンドレは?」
「ダイニングで子供達とおやつ食べてるよ。なんで?」
「あ、王妃にニコラス連れて来てって頼まれたから、今から行ってくる。たまには会いたいみたいだから。」
「そう言えば、しばらく放置してたわ。ニコラスも言えばいいのに…。」
会話はそのくらいで終了し、徠神の店のVIPルームへ転移した。ニコラスと徠神が待っていた。
「遅い時間に悪いね。時差があってさ。」
「いやいや、アンドレから聞いたよ。モンスターみたいな蜘蛛にリリアナが食われそうになったんだって?」
「あぁ、あれは驚いたよ。それ以上に驚いたのはリリィ隊長の活躍だけど…。」
「それも聞いたよ、思わず騎士に『隊長』って呼ばれちゃったんだってな。」
徠神とニコラスはアンドレとよく連絡を取り合っている様だ。
徠神から箱詰めされたお店のイチオシスィーツを渡され、ニコラスを連れて500年前のユートレア新城のサロンに行った。
ご婦人方がどよめく…。
「ニコラス…」
王妃が立ち上がってニコラスに抱きついた。
「母上…ご無沙汰しており申し訳ありません。これお土産です。」
イチオシスィーツの箱を開け、ちょうど振舞われていたティータイムに振舞うように控えていた人に頼んだ。
王妃はよほどうれしかったのか、ニコラスから離れない。
「ニコラス、元気にしているのですか?」
「はい、母上…。ライルもそうですが、皆、私によくしてくれます。そして居心地がいいところで過ごしています。」
「たまには帰ってきて、顔を見せてちょうだい。」
「あ、僕、実は今日は未来から来てるんですけど、この時代には普通に生活している過去の自分がいるので、来ちゃいけないのかと思ってました。」
「あ、そうだった。ニコラスは一度帰ったんだったな…この時代に…。」
「はい。記憶喪失になっている間に子供が出来て…。」
「えぇ~???」
王妃、渾身の驚きぶりである。
「どうしてそのことを早く言わないのです。」
「あ、あの…ですから記憶喪失になっていて…。自分が誰かわからなかったのです。」
「ニコラス、あなたはこの国の王の息子、王子なのですよ。その子供に王位継承権があるのはわかっていますよね?」
「え、ええ。まぁ。」
「でも、母上…。私のひ孫にあたるのが、アンジェラとライディーンなんです。結局、アンジェラがユートレア城を所有することになる。わざわざ話をややこしくしたくなくて…。」
結局、王妃の願いで、ニコラスがこの時代に過ごしている場所と二人の息子の名前を知らせた。その後、王妃と王の計らいで、秘密裏に王位継承権を持つ者を指名することとなる。
ニコラスの記憶から、過去に戻っていた間にはユートレアに関わることがなかったことがわかったため、時々未来から来て欲しいと王妃に念を押され、ニコラスも母との面会はうれしかったようで、今度はアンドレが来るときに一緒に来るよと言っていた。
僕はと言うと、ご婦人方に混ざって徠神のお店のスィーツを食べながらお茶を頂いて過ごした。
ここも、結構居心地いいな。
マリアンジェラとツイス〇ーで遊ぶのも楽しいが、優雅なお茶会もいいものである。
そこへ、ご婦人の一人が話を聞いていていきなりの発言。
「な、なんと!天使様達は、ニコラス王子殿下のひ孫に当たられるんですか?」
「あ、はい。僕はひ孫のひ孫だね。」
「そう言えば、お顔が似ていらっしゃる…。」
その後、1時間ほど滞在し、ニコラスも新城の中を見て回り、最後にオスカー王とも対面をして、オスカーなんかは泣いちゃっていた。
「ニコラスよ、幸せならばどこで暮らしていてもよいが、たまには顔を見せておくれ。」
オスカーからそんな言葉を聞いて、僕はなんだかアンドレに対する威厳のある態度と違って、アマアマな感じに驚いた。
ニコラスはそれを『自分で育てられなかった贖罪じゃない?』と言っていたが…。
僕は現代の日本にニコラスを送ったあと、イタリアに戻った。
ちょうど夕飯時だった。
アンジェラが調理をしたようで、冷凍してあったサメでフィッシュアンドチップスが作られていた。豪快な量だ。
リリィが近づいてきて耳元でひそひそ話をする。くすぐったい。
「ねぇ、融合して食べようよ。途中で切替でいい?先、ライルでいいから。」
「あ、そっか。」
僕とリリィはコソコソ寝室に行って融合した。
僕は何食わぬ顔で、テーブルについた。さぁ、おいしくサメ君を頂こう。




