372. 夏休みの思い出
7月12日、月曜日。
朝から超バタバタで朝食を済ませ、身支度を整える。
「ねぇ、これでいい?」
「うん、ママ、ありがと。」
リリィがマリアンジェラを手伝っている。
今日は、遊園地に行く約束をしたのだが、実はアンジェラが後回しにしてライルの仕事のビデオの撮影を、事務所の方から急がないとダメだと言われ、今日にゴリオシされたのが、ほんの30分前だ。
「ねぇ、ママー、このドレスちょっとおっぱいのところがきついよ。」
「ふぇ?まじ?マリー、それは、我慢だよ…。」
マリアンジェラが着ているのは、リリィが5年前に着たウェディングドレスだ。
「ねぇ、なんでこんな格好するの?頭にもなんかのっかってて変だよ…。」
「マリー、これはねぇ、ママがパパと結婚した時の花嫁さんのドレスなんだよ。」
それを聞いたマリアンジェラの顔がパアッと明るくなる。
「そうなの?花嫁さん?」
「そう、結婚式で着るドレスなの。」
「ママ、マリー花嫁さんになれるの?」
「んー、花嫁さんのふりをする演技、をしなきゃいけないってのが正しいかな…。」
「そうなんだ…。ふり…ってこの前の恋人のふりと同じふり?」
「そうそう、それっぽく見せるってこと、でも実際はただのお芝居で…。」
マリアンジェラがリリィの口を押えた。
「わかった。マリーはおバカじゃないよ。」
そう言って、リボンや、髪飾りをなおしてもらい、準備を終わらせた。
『偶然というのは恐ろしいもので、何か変な力が働いているのかと思ってしまうほどだ。』
By アンジェラ・アサギリ・ライエン
そう、今日撮影をするのは、マリアンジェラが行きたがっていた、チューチューねずみワールドだ。そして、撮影現場も、そこだった。
しかも、ねずみワールドのCMを撮影するのだ。
「ねずみワールドでは、一般のお客様も、既定の料金をお支払いいただくことで結婚式も挙げられて、披露パーティーも開催可能です。それを動画で配信、プラスTVでCMを打って行きたいんです。それには、若くて美形、しかも…純真な初恋を思わせるお二人が…。はぁっ。どうしても必要なんです!!!」
朝、そう言ってごり押しのスケジュールを入れてきたのは、まぎれもなくねずみワールドの現CEO、トルレス・ゼノスだ。彼は、実はアンジェラの大ファンである。
だから、アンジェラに絡みたい一心で、このオファーを入れてきたんだが…。
事務所から勧められてライルのビデオを見て、魂が抜けてしまった。
『何、この子…。ヤバいんじゃないの。何?アンジェラの愛人?え?何?義弟?嘘…。採用よ、採用!で、相手候補?』
そこで、マリアンジェラの動画を見せられ…。
彼は、心臓が変な音を立てたのを聞いた。『ぷちゅ。』
『ちょ、ちょっと、どうして今までこんな子がいるって、誰も教えてくれなかったのよ。
捧げるわ、全部…。なんでも、マジで好きになった。え?何?この子は…アンジェラの従妹?ぎゃー、どうしてそんな美形ばっかり集めてんのよ、アンジェラ様~。』
そんなこんなで、本日、ごり押しの撮影が行われることになった。
トルレス・ゼノス、現在39歳、独身。
今まで、彼の肩書に群がる女は数知れず…だったが、彼は一度も女性に好意を抱いたことがない。その彼が、ビデオを見ただけで恋に落ちたのは、一位マリアンジェラ、二位、ライルだった。なぜ順位がつくのかはわからないが…とにかくお気に入りの二人が自分の所有する遊園地のCM撮影に参加してくれるというだけで、気分がアゲアゲで、天にも昇る気持ちだった。
『イヤ、昇る前に、本物を見ておこう。』
トルレスは、撮影の日時に合わせ、自分も現地入りすることにしたのだ。
午前9時、開園の一時間前だ。
現地に入った一行は、スポンサーのねずみワールド側が用意したディレクターと撮影陣の言う通りに、演技をする必要がある。
今回、撮影するのは2本。
一本は、『夢を叶えるマイワールド』という題名で、とにかく甘いデートシーンを撮影。
もう一本は、何度もデートをしたカップルが、願いを叶える泉の前で、プロポーズすると、結婚できる。というものだ。
撮影は結婚式のシーンからだった。衣装を着るのに時間がかかるから、最初に撮ることになったのだ。
「マリー、セリフは一個だけだよ。『誓いますか?』って聞かれたら、『誓います』っていうだけ。」
「わーった。わーったって、ママ。もう、それ聞いたの今ので30回超えたよ。」
同じことばかり繰り返すリリィにマリアンジェラは少々飽き気味だ。
「ライルの顔を見上げて言うのよ。」
「はい、はい。見上げてねー。」
『XXのふり』のふりが偽物だと認識を強くしたマリアンジェラは意外にも、クールな方向に気分をシフトしていたのだ。
それにしても、おっぱいの辺りがものすごいキツイ。
撮影が開始された。
父親役のエキストラの俳優さんの腕に手を添え、ねずみワールドのお城の中のチャペルで新郎役のライルの前でライルに引き渡されるマリアンジェラ…。
目は伏し目がちで、すました顔をしているが…。
内心もどうせお芝居だし、とある意味開き直っていた。
でも、スイッチが入る瞬間があった。
牧師役の人の言葉だ。
「XXX、あなたは病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、死が二人を別つまで、生涯変わることなくライルを愛することを誓いますか?」
マリアンジェラの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、弱々しく、しかし意思のある言葉で言った。
「誓います。」
少し離れたところで見ていたアンジェラは、言わずと知れた号泣…。
そこからの…誓いのキス。
アンジェラ、思わず、翼が出かけて、リリィに頭をパシッと叩かれ正気に戻る。
一発、OK。
めちゃくちゃいい出来の映像が撮れて、ご満悦のディレクター。
そして、さっさとデートシーンのための衣装に着替えるライルとマリアンジェラ。
ライルがロケバスで着換えていると、ミケーレとアンジェラがやってきた。
「すごいな、一発でオッケーとは…。」
「アンジェラ、あれは…僕なんかよりマリーがすごかっただけだよ。」
「ん?そうか?」
「マリー、超きれいだったよねー。花嫁さんのお洋服…。」
ミケーレの雑談に、ライルも同意するように頷いた。
本当のこと…それは絶対に言えないことだった。ライルは、マリアンジェラのおっぱいにものすごく気をとられていて、終始ドキドキで、何も覚えていなかったのだ。
『いやぁ、自分の娘、いやいや、姪のおっぱい見てヤバい気持ちになるとか…あり得ないよな…。』
『すまん、アンジェラ…』心の中で謝罪し続けるライルだった
二人にとって絶対に忘れられぬ夏休みの出来事となったのである。




