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370. 大人の時間

 大人数での楽しい夕食の時間だ。ホテルの中にある高級なレストランで調理された料理がたくさん運ばれてきている。

 マリアンジェラは何でも食べる好き嫌いのない子だが、ミケーレには苦手なものがあった。

 それは、豆料理だ。

 今日の料理の中にも『チリコンカン』というスパイシーな豆料理が含まれていた。

 うちは基本的に自分の食べる分は自分で大皿から取り分けるのだが…気を利かせてくれた左徠がスプーン1杯くらいのチリコンカンをミケーレのお皿にのせた。

 ミケーレの顔がみるみる曇る…。そう言えばミケーレは、ブロッコリーも食べないんだった…。

 僕、ライルはそんなミケーレを観察していた。絶対に期待通りの行動を起こしてくれるはずだ…。まずはすごい顔をしている。左徠を睨む顔がかわいい。

 お、立った。自分のプレートを持って場所を移動した。

 多分、横に座っていた左徠を危険人物と認識して移動したのだろう…。

 で、出た…必殺アンジェラの横に座った。

 おや、スプーンにさっきの自分のプレートに載っているチリコンカンを全部のせている。

 結構な山になっているが…。食べるのか?まさか、今日は食べるのか?

 ブッ、いきなり椅子の上に立ったぞ~。

 視線をまっすぐ前に向け、スプーンに集中している。

『うぐっ』

 その時は突然やってきた。リリィと話していてミケーレに気づかなかったアンジェラの口が少し大きく開いた時にスプーンごと突っ込んだのだ。

 しかも出さないように唇を押えている。ひどい…。

 スプーンを引き抜き事後の一言が…強烈。

「パパ、お豆も食べてね。」

 世界的アーティストにして、ホテルのチェーンを所有し、世の中で知らない人はいないというくらいの大物を相手に大胆な攻撃だ。

 目を細めて、ごくんと豆を飲み込んだアンジェラがミケーレに言った。

「ミケーレ、パパも豆は好きじゃないんだ。」

 そう言いながらもアンジェラはミケーレを椅子に座らせ、口の周りを拭いたり食べたいものが無いか聞いている。

 いい男だなアンジェラ…、そしていい父親だ。ちょっとあますぎる気はするが…。

 なかなか見ることが出来ない楽しい場面を見せてもらった。グッジョブ、ミケーレ。


 夕食も終盤に差し掛かり、アンジェラがアズラィールと左徠に聞いた。

「父上と左徠はいつまで滞在できるのですか?」

「あ、えっと日曜日の朝10時くらいかな?」

 アズラィールが答えると、アンジェラはリリィにその時間に送って行ってあげて欲しいと伝えていた。

「今回、便乗して連れてきてもらえてよかったよ。皆と過ごすのはすごく楽しいし、見たことない物や経験できないことも色々できた。」

「あと、激レアなアンジェラのプラチナブロンドも見られたしな…。」

 さすが、朝霧家で一番のミーハー…左徠君。


 そんなとき、アンジェラがホテルのラウンジで飲まないかと男性陣に話しかけた。

「アンジェラ…ダメだよ、その姿で外をうろうろしたら。」

 リリィにそう言われ、「たしかにそうだな…」とあきらめるのかとおもいきや、アンジェラはリリィを寝室に連れて行くと、変化の練習をしたいと言い出した。

 リリィはどうやってやるか、と聞かれてもピンとこない。

「うーん…その人の姿を思い浮かべてぇ、いや、違うかぁ…。」

 リリィは、一人で何やら行ったり来たりしながら押し問答中だ。

「リリィ…」

「あぁ、もう。元のアンジェラとじゃないと、もうチューしない!」

 イライラした末の完全なる八つ当たりである。そしてそれを聞いたアンジェラの頬がぴくぴく引きつっている。『さっきまであんなにチューしてくれたのに…。』と絶対に思っているはずだ。僕は確信した。

 リリィを触ろうとしたアンジェラの手を払うほどのイラつき具合である。

 手を払われたアンジェラは力なくベッドに腰かけ、シュンと下を向いてしまった…。

 ん?あれれ?青い光の粒子がアンジェラを包んだ。

「アンジェラ…。」

 リリィが満面の笑みで抱きつきチューをする。

「リリィ…」

「できたじゃん。いつものアンジェラだ。」

 慌てて鏡を見て自分の姿を確認するアンジェラだった。

「よ、良かった…。もうチューできないかと…。」

 そ、そこか…。でも、コツが掴めたならよかった…。


 僕は未成年だからお酒は飲まないけど、僕も一緒にラウンジに下りて大人の話に加わることになった。リリアナだけ子供を寝かしつけるのと、赤ちゃんの世話で部屋に残った。

 ホテルのラウンジは照明が暗く設定されていて、いい雰囲気だ。

 ドレスコードがあるので、僕たちもジャケット着用、リリィはドレスを着て行った。

 大人にはカクテルを注文し、僕にはなぜか牛乳?誰だよ、これ注文したの…。

「いや、牛乳は無理だろ…」

 思わず心の声が出た。

「え?そうなの?」

 注文したのは左徠だったようだ。ミケーレの豆といい、余計な事をするやつである。

 僕は、ウェイターにジンジャーエールを注文し、しばらく皆の会話に耳を傾けた。

 牛乳は横からリリィが「じゃ、飲んじゃおう」と言って一気飲みしていた。

 アズラィールがアンドレにあれこれ質問をしている。

 そう言えば、あまり直接話をする機会がなかったのか…。

「リリアナ、すごいよな。」

「え?何がですか?」

「アンドレが完全に尻に敷かれてるってわかるもんな。」

「そうですかね…。リリアナは優しくて賢い、僕にはもったいない女性ですよ。」

 アンドレがのろける。僕は心の中で悶絶した。

 さすがだ、アンドレは出来る男だ。まるで尻に敷かれているかのように見えるが、決して尻に敷かれているわけではない。妻を立てて自分が立つタイプだ。

「イヤぁ、王様だって言うからさ、どれだけ俺様かと思ってたんだけどね…、うちのアンジェラの方がよっぽど、俺様って感じじゃないか?」

 アンドレがアンジェラをチラッと見る。アンジェラが苦笑いをした。

「そこは男の貫禄の違いですかね。私はまだまだ若輩者ですから。」

 うわ…謙虚、かつ持ち上げるの上手いなアンドレは…。思わず感心する。

 次の話題は、僕になったようだ。今度は左徠が僕に質問する。

「ねぇ、ライル。学校はどうなの?アメリカのボーディングスクールに行ってるって兄貴から聞いたよ。」

「あ、うん。中二から高二に飛び級できたから、9月から高三なんだ。来年大学を受けるよ。18歳までにアメリカの大学を卒業して、その後に日本の医大に入ろうと思ってるんだ。」

「すごいな…。学校生活は楽しい?」

「いやぁ、楽しいのとはほど遠いな…イタリアの昼くらいに行って、全部終えて戻ってきたらイタリアの夜23時だからね。時間が足りないよ。」

「そっか、大変だな。」

 リリィが横でうんうんと大きく頷いている。

 そして、次の話題はヴァケーション前の王宮でのライブの事故だった。

 左徠が興味深そうにアンジェラに質問した。

「アンジェラ、あれって数日前にマリーを襲ったあの王女の住んでいる所なのか?」

「あぁ、そうだ。ライルがCMに出始めたことからちょくちょくライルを呼べという依頼が来ていたんだが、CMに出ているだけのタレントはそういうイベントには出さないからな。曲を発表した途端ごり押しが激しくなったんだ。最終的には国家間の問題とかまで言ってきてな、断り切れなかった。」

「まぁ、あのドローンの事故は故意かどうかはわからないけど、マリーを襲ったのは確実に故意だからな。恐ろしい女だ。」

「そうよ、むかつくわよ~。次なんかしてきたら、ホゲホゲホ~の刑に処するわよ。」

 リリィが鼻息を荒くして言った。

「え?何?ホゲホゲホ~の刑って?」

「まぁ色々とありまして…。」

 アンジェラがごまかしつつ、スパークリングワインを注文して飲み始めた。


 いい感じに酔って、気分がよくなったのかアンジェラが僕に生演奏をリクエストした。

 まぁ、自分の経営しているホテルだからね、それくらい話題作りとお客にサービスだ。

 そう思って僕はピアノを使うことをお店のスタッフに伝え、スタッフもよく承知しているという風に了承した。

 流れていた静かなジャズっぽいBGMが止められ、僕のクラシックの演奏が始まった。

 ラウンジには半分くらいの席が埋まるほどのお客しかいなかったが、演奏が始まってから一曲終わるまでの間に席は全部埋まり、店の入り口に立ち見まで出始めた。

 どうやら、店に来ていた客が同じ部屋に滞在している人を呼んだり、ロビーにいたお客が音を聞いて入ってきたようだ。

 そして、左徠はSNSに動画をアップし、それを見た近くのホテルに滞在中の観光客が殺到したのだ。

 曲が終わるたびに拍手喝采だ。正直、気分はいい。エネルギーもどんどん溜まる。


 30分ほど弾いた後、アンジェラが僕に、自分の歌も披露しろと言い始めた。

 え~。仕方ない…。

 ピアノはいいけど歌は恥ずかしい…。そう思いつつも歌を歌い始めた。

 すると途中から…リリィがピアノの横に立って歌にハモリ始めた。


『ブルー《いつでも》 僕の心は《あなたの》

 深い海の色の《そばにいるよ》 ブルー《ブルー》』


 リリィ…、思わず僕はリリィの瞳を見つめた。

 僕のと同じ、深い海の色のブルーだ。宝石のようにきらめいているが、見ると落ち着くのだ。

 拍手が鳴りやまず、逃げるのが恥ずかしかったが、もうお開きだ。

 客が撮影した動画がSNSで出回り、次の日には『ライルの何?この人誰?』とリリィの話題がトレンド入りしていた。

 リリィが一気飲みしたのは牛乳ではなく、カクテルのカルーアミルクだったというのは、後でわかった話しだ。酔って歌っちゃったのだ。

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