36. ライル拉致される
九月六日月曜日。
朝、目が覚めるとまだ徠人が全裸で僕のベッドにいた。
「もう、やめてよ。ずっといたのかよ。」
徠人の手を振り払いながら体を離す。
「おい、おまえ、寝ている時は俺の言うがままなのに、その態度はおかしいだろ。」
「あ、なに言ってるんだよ。誰があんたの言うことなんか…。」
そこへ、父様が来た。
「じゃれてるところ悪いんだけどね、今日の晩御飯のことで、ちょっと話したいなって思ってさ。」
「父様、ターゲットは僕の様です。僕が寝たふりして何が起きるか確認しましょう。」
裸で叔父と絡み合いながら言うことではないが、どうにもならない。
ついでに父様にお願いする。
「父様。おじさんが毎晩僕のベッドに全裸で入ってきて、いつの間にか僕の下着もはぎ取るんです。やめさせて下さい。」
そこで、徠人がふんと鼻をならす。
「お前になにか起きていないかと思って来てやってるのに、言い方ひどくないか?」
「脱がせる必要も脱ぐ必要もないと言ってるだけです。」
「ふん!」
その時、父様は真剣な顔で言った。
「徠人は寂しいんだよ。少しぐらい我慢してあげなさい、ライル。」
めっちゃ予想外な返事に僕は凹んでしまった。
「まじ?」
「だな。」
徠人のドヤ顔がウザい。
朝の準備と朝食を終え、僕は学校へ行った。
いつもと同じ日常、学校でもいつも通り、クラスメートには絡まない。とりあえず
勉強して、時間が終わったらそれまで。
ところが、今日は違った。
終礼が終わったすぐ後の事だ、あの、「橘 ほのか」が僕に話しかけてきた。
「朝霧くん、ちょっといい?」
あー、やだやだ、絶対昨日の見られたんだよな…。
「よくない。悪い、急いでるから。」
僕はカバンを背負うと同時に、走って教室を出た。
学校の正門前に差し掛かった時だ。
いつにもなく人がたくさん門の前に集まっていた。なんだかざわついている。
僕はなるべくそちらに視線を向けないように通り過ぎた。
「ライル。待ってたぞ。」
げ、徠人がいる。しかも徠人に人だかりができている。
「頼んでないし、なんであんたがこんなとこに来てるんだよ。」
徠人はそれには答えず、僕の肩に腕を回し耳元でささやく。
「ちょっと、寄り道して行こう。」
僕たちはすごい視線を浴びたまま、その場を通りすぎ、待たせてあったタクシーに乗った。
「あんた、金持ってんの?」
「ん?どうにかなるだろ?」
この人、どうかしてる。それは僕の素直な感想である。
少しタクシーを走らせて、二十分ほど経ったころか、タクシーは止まり僕らは降ろされた。
「ここはどこだよ?」
「俺の墓。」
「え?」
徠人は少し悲しい顔をして僕に説明した。
徠人が誘拐されて、悲しみにくれた母親が、徠人の行方不明から七年後に建てた墓がこれだと。そして、この墓の前で自らの命を絶ったらしいと。
「俺が生きているってわかったら、そういうことにはならなかったかもな。」
確かにそうかもしれないな。と僕は思った。
僕が生まれたときにはすでにいなかった祖母。そういう理由で亡くなっていたのか…。
「あの人はさ、俺と徠夢を両方同じに考えてくれた唯一の人だ。」
「どういう意味だよ。」
徠人が少し苦い顔をする。
「おまえは、金髪で碧眼、どっからどう見ても天使だろうよ。」
「はぁ何言ってんの?」
「朝霧の家では金髪で碧眼しか家は継げないって言われてるんだよ。」
徠人の話は更に続く、それ以外の子は必ず失踪、遺体も出ず、墓もない。そして、自分も体験したのだ。徠人はそれを排除だと思っている様だ。
「昨日、徠夢に聞いたこと覚えてるか?他に隠してることないかって。」
「うん、覚えてるけど。」
「俺は、その金髪、碧眼じゃなければ家継げないって話、昔、かえでに聞いていたんだ。」
「え?」
どうやら、かえでさんは何か事情を知っている可能性も出てきた。徠人は母親から絶対一人で外に行くな、食べ物を口にするときは他の人が食べ終わった後でと言われていたらしい。排除という言葉と、それらの助言は符合する。
そして、この墓の事もかえでさんが教えてくれたそうだ。
「今晩のこと片付いたら、かえでさんに聞いてみようよ。」
「あぁ、そうだな。」
僕たちは、また途中でタクシーを拾い家から少し離れた場所で降りた。
帰宅すると、本来動物病院で勤務中の母様が家にいて僕に駆け寄ってきた。
「ライル。いつもより帰ってくるのが遅いから心配したじゃない。どこに行ってたの?」
いつも仕事してて何時に戻ってるかなんて知らないくせに、おかしいこと言うな。今晩の計画が失敗しないように見張ってたのか?
疑いを深めるような行動としか取れない。僕はそんなことを頭の中で考えていた。
「母様、ただいま。え?いつもこれくらいの時間に帰ってきていますよ。どうしたんですか、急に。」
「え、あ、うん。物騒な事が続いたから、ちょっと心配で。」
「ありがとうございます。僕なら大丈夫ですよ。」
「そ、そうね。」
僕の後ろから徠人がすっと入ってきた。
「どうした?」
「どうもしない。僕宿題があるから、あんた、邪魔すんなよ。」
僕は、自室に急ぎ父様に母様を動物病院に呼んで一時間は引き留めるようメールした。
母様に連絡が入り、慌ただしく仕事に戻って行く。
僕は徠人と共に、家中に監視カメラの設置をしていった。
サロン、キッチン内部、ダイニング、ホール、僕の寝室、徠人の寝室、客間、廊下、両親の寝室、玄関、裏庭、外周、そして、地下の書庫。これで写らないところはないというくらい設置した。
そして最後にGPSを仕込んだチョーカーを付ける。
徠人と僕両方にだ。
「いいか、これは絶対離すなよ。」
「うん。」
何か、見落としはないか…。
その時、徠人が言った。
「同じ次元にいたらだけどな、おまえの声は俺に届くはずだ。頭の中で俺に呼びかけろ。いいな。」
「は?何それ?」
「いいから、覚えておけ。」
話終わった頃、父様からメッセージが来た。
動物病院終了の時間がきた、母様が家に向かったというものだった。
僕と徠人はそれぞれの部屋に散る。
部屋でアダムをいじって遊んでいると、母様が夕飯の支度が出来たと呼びに来た。
「はーい、今行きます。」
今後の展開を考えて、スマホをパンツの隠しポケットに忍ばせる。
そして、イヴにお願いをしておく。
「もし僕が誰かに拉致されたりしたら、イヴを呼べば場所はわかるんだよね?」
「はい。」
「父様にそれを伝えるのは可能?」
「可能ですが、信じていいんですか?」
「え?」
イヴは母様と父様を両方信じられないのではないかと言うのだ。
徠人は被害者であるのは明白なので、信じてもいいのではないか、というのはイブの見解である。
うーむ。でも父様は僕に徠人を助けて欲しいって言ってたから、信じてもいいと思うんだけど。
最悪追い詰められて、他に道がなければ、ということにしておこう。
いよいよ、罠にかかってみちゃったよ作戦決行だ。
スマホに動態感知の動画が送られてくる。
母様が二つのスープに何かを入れた。
その時だ、父様からメッセージが来た。
「急に大学の教授から呼び出しの連絡があった。これからダイニングに行って、大学に行かなければいけないと宣言するが、実際は行かずに近くのパーキングに車を停めて見張るよ。この呼び出しも今夜の計画に関係しているかもしれないね。」
理解したと返信する。
いざ、ダイニングに移動だ。
母様がすでに席に着いていた。
そこへ父様が来て、急に大学に呼び出され、断れないので行ってくる、帰りは多分午後十一時頃になると告げ、足早に家を出た。
丁度、徠人と入れ替わりだ。
スープはすでに全員の席に置かれていた。
さあ、これをどうやって飲んだふりするかだよ。
食事が始まった。
僕は、少し緊張もあって、何も話はしなかった。
そこへ徠人が話をし始める。
「あのさ、杏子さんだっけか?徠夢から家庭教師に来てもらえって言われてるんだけど、その資料って何かあるの?」
思いがけないスタートだ。
「あ、はい。徠人さんに合いそうな人を紹介して頂いて、履歴書のようなものを何人分かお預かりしています。」
母様は徠人と話すときは、今も顔を赤らめている。
演技だとしたらすごいと思う。
「あっそ、今持ってきてくんない?」
「あ、は、はい。いますぐ。」
母様は慌てて席を立ちダイニングを後にした。
今だ、僕と徠人のスープを廃棄して、代わりにお湯を少し入れた別のカップ
を配置して飲んでいるふりをする。
ほどなくして母様が書類が入った封筒を片手に戻って来た。
「お待たせしました。」
「いや、悪い。食事中に。」
「い、いえ…。」
本気で頬を赤くしている。徠人は絶対なんかの能力を使っていると思う。
後で絶対問い詰めよう。うん。
徠人は部屋で書類を見ると言い、僕は疲れたと言ってダイニングを後にした。
その時、午後七時四十五分。
午後八時三十分。そろそろ寝たふりをした方がいいだろうか、ということで父様にも連絡をする。
パジャマで拉致は嫌なので、パジャマに着替える前にベッドの上で寝落ちした風を装い部屋の電気は消しておく。
動態感知の画像が送られてくる。布団の中でチェックしたあとマナーモードに設定し隠しポケットにスマホをしまう。
午後九時十三分。来た、二人組だ。
触られても反応しないでいたら、そのまま布団に丸められて運び出された。
うわ、本気の拉致じゃん。一体、こいつらの目的はなんだろう?
布団にくるまれているので周りは全く見えないが、起きているので拉致したやつらの話し声は聞こえる。
二人ともう一人、車の中にいたようだ。
後部座席で僕が巻かれた布団を押さえている別の人物がいる様だ。
運転席の男が助手席の男に話しかける。
「睡眠薬はどれくらい持つんだ?」
「ゼットの話では、約五時間だそうだ。」
「では、到着した後、少し時間をおいてから麻酔を打たなければ、また前の時みたいなことになりかねないな。」
「あぁ、殺してしまっては元も子もない。希少だからな。丁寧に扱わなければ。」
そこで、僕の横にいた人物が話し出す。
「この子は覚醒していることが確認されているんですか?」
聞いたことが無い女の声だ。覚醒と言ったな。僕たち朝霧の家系の秘密を知っているということか…。
なるほど、身代金目的の誘拐は建前で、本来の目的は能力なのかもしれない。
「ゼットの話では覚醒しているらしい。しかし、どんな能力かはよくわからないそうだ。」
ゼット、母様のことかな。少なからず、能力について知っているのは母様とかえでさん、そして石田刑事と父様と徠人だ。
「ゼットはこの後、どうするか聞いてるか?」
「海外に逃げると言ってました。」
え?まじ?やっぱり本気の工作員?って僕の母親じゃなかったってこと?
悲しすぎる…。
その時、助手席の男の携帯に電話がかかってきたようだ。
「はい、先生。計画通りに。もう着きます。」
そう言った直後に車が駐車場に入り、車のドアが開いた。
僕は布団に丸められたまま運ばれ、門のギィーという音を聞き、数十メートル進んだ後、玄関なのか数段の階段を上がり、開けられた入り口のドアから招き入れられ、更に奥へと運ばれる。
周りの景色も何も全く見えない。
ソファの様な物の上に、しばらく置かれていたが、別の人物が合流したようで地下のフロアに連れていかれている様だ。やばい、電波が届かなくなるかも。
麻酔を打たれてもアウトだな。
でも、父様や徠人が突入するなら、黒幕がいるときの方が都合がいい。
あ、そうだ。イヴに話しかけてみよう。頭の中でイヴに話しかける。
「イヴ、聞こえる?」
「はい。ライル様。」
「母様はどうしてる?」
「少し前に見知らぬ人たちと出ていきました。」
「あぁ、真っ黒ってことか。」
「…。」
「徠人はどうしてる?」
「お母上が出た後で、お父上と連絡を取っていました。」
「ありがとう。それで、僕の居場所ってわかる?」
「多分、大丈夫です。」
「父様と徠人に知らせてくれる?」
「この辺りにはいませんので、私がそちらへ向かいお助けいたしますか?」
「あ、そうだ。かえでさんは?」
「縛られて、掃除用具入れに入れられています。」
「え?イヴはかえでさんを助けてあげて、そして石田刑事に連絡してくれる様にかえでさんに言って。」
「縄を解くのは出来そうですが、彼女と会話は無理かと。」
「あー、そうだよね。僕の机の中にさ、石田刑事さんの名刺があるから、それをかえでさんに渡してみて。」
「それなら可能かと…。」
そう言って、イヴとの会話は終了した。
さて、どうしたものか…。
その頃、徠人は徠夢と合流していた。
セキュリティカメラの映像から、二人組がライルを拉致したことは明らかだった。
しかし、杏子が家にいたことから初動が遅れ、拉致したライルを乗せた車の後は追えなかった。
しかし、GPSがある。徠夢は運転しながら、徠人の指示に従い車を進める。
GPSの点滅が止まった。
それは、家から二十分ほどの、徠夢が度々通っている大学のキャンパスに隣接するとても大きな屋敷だった。
「ずいぶんでかい屋敷だな。」
「そうだね。」
「徠夢、この裏の大学に通ってるんだろ?」
「あぁ。」
「なんの研究をしてるんだ?」
「動物の遺伝子の研究だよ。優性遺伝、劣性遺伝、突然変異とかね。まぁ、お世話になった教授の手伝いをしているだけだけどね。」
「ふーん。ところで、おまえと一緒にベッドに入ってる女だけど。」
「徠人、そういう言い方しないでくれよ。」
「わりいな。あの女って、その研究室で知り合ったのか?」
「なんで知ってるんだ?」
「知らないけどさ、まぁ想像ついたっていうか、おまえ実験台にされてたんじゃないのか?」
「え?どういうことだよ。」
「おまえ、まだ隠してることあるだろ?」
「何のことだよ。ないよ隠し事なんて。」
「ま、いいわ。明日ゆっくり話そうや。」
「…。」
徠人はどこかにメールをした。
「五分くらいしたら応援が来るからさ。突入はそれからな。」
徠夢は黙って頷いた。
そこに車が5台ほど静かに近づいてきた。
降りた男は石田刑事だった。
徠夢と徠人も車を降りる。
事前にライルが拉致された時の映像を送ってあった。
自分たちだけでは危険だと判断し、石田刑事に応援を求めたのだ。
石田刑事はかえでさんからも電話をもらったと言った。
警察官を率いて石田刑事が突入することとなる。
GPSの電波が途切れたことから地下に監禁されていると考えた徠人は石田刑事に現状を把握したいから、ちょっと待ってくれという。
徠人が目を閉じて数秒、ニヤリと笑った。
「あいつ、結構やるな。すごい技使ってるぞ。石田のおっさん、行ってくれ。」
「おう。」
突入が開始された。
それと同時刻に、ライルは地下の部屋に連れてこられていた。ベッドか?平らな所に横たえられる。寝たふりも簡単ではない。
縛り上げられていた布団が解かれ、まぶしい明かりが目に刺激を与える。
仰向けに体勢を変えられ、上に来ていたパーカーを脱がされる。
やっているのは、見たことのない女だ。
パーカーを脱がせたあとで、左の腕にゴムのチューブを縛りつけた。点滴のパックが見える。
よし、今だ。
針を僕の手に刺そうとしているその女の手を空いている右手で掴んだ。
その女が僕の顔を見た瞬間、僕はその女に命令した。
「その針はおまえの血管に刺すのだ。そしておまえは僕が許可するまで眠りつづけろ。」
女の目に赤い輪が浮き出た。
女の腕に入っていた力が抜ける。そして女は自身の首の血管に針を刺し、そのまま床へひっくり返ってしまった。
僕はゴムのチューブを外しながらちょっと反省。
血管っていう指定だけじゃ、こうなっちゃうんだね~。ホラーだよ。
その後、ベッドの下に潜み、他の奴が入って来ないかしばらく待つ。
その時、徠人から頭の中にささやきが聞こえた。
「生きてるか~。」
「うわ、軽すぎだろ、あんた。」
「どんな具合だ~?」
「中に全部で4、あるいは5人はいる。今一人、僕に刺そうとした点滴の針を自分に刺して倒れているのが、ここにいる。多分しばらく起きないと思う。」
「突入していいか?」
「うん、僕は地下にいるから。」
「おっけー」
てな具合だ。
ほどなくして、外が騒がしくなった。
そして、父様が涙でぐちゃぐちゃになった顔で部屋に入って来た。
あーあ、床にいる人踏んじゃったりして。ま、いっか。麻酔で眠ってて痛くないだろうし。
まぁ、作戦成功だね。
かえでさんは掃除用具入れに縛って入れられていたのをネズミに助けられたと証言していた。え?イヴってネズミにもなれるの?
とりあえず、少し長い夜はこうして終わったのであった。
監禁された屋敷で拘束されたのは四人。男が三人、女が一人。
その他にいた一人は裏口から逃げたようだ。
僕が監禁されていた部屋は、徠人が監禁されていた部屋と酷似していた。
やはり同じ組織が拉致に関わっていると考えて間違いなさそうだ。
前回、拘束した男が謎の死を遂げてしまったため、今回は警察も慎重に対応しているらしい。
手足を拘束し、自殺などが出来ないようにしていると石田刑事が教えてくれた。
僕が無事保護されて、警察での事情聴取を受けたとき、石田刑事が僕に真顔で聞いた。
「ぼうず、あの同じ部屋にいた白衣の女は、どうして自分の首に麻酔薬の注射針を刺したんだ?」
「さあ?僕が急に目を開けたんでびっくりしちゃったんでしょうかね?」
「そんなこと、あるか?」
「あ、あの人の麻酔が切れたら、僕が一回会いに行かないと目が覚めないかもしれません。」
「あん?どういうことだ?」
「それは、ここでは、ちょっと。」
石田刑事は納得はしていないながらも、また後日話を聞くと言って僕らを帰してくれた。
ようやく、家に帰ったのは深夜の三時過ぎだった。