359. VACATION(6)
プールはホテルのプールよりもはるかに大きく、ウォータースライダーもついていた。
専用のボードを持って、早速スライダーの乗り口に向かうアズラィールと左徠だった。
「きゃははー、サイコー。」と言いながら流れてくるアズラィールと左徠を見て、マリアンジェラもやってみたそうにしている…。
「マリーもあれやってみる?」
「いいの?」
「うん、でも一人だと危ないから、僕と一緒だよ。」
「うん。」
二人で二人乗り用の少し長いボードを持ち、坂道を上り、乗り口まで来た。
「マリー、僕が後ろから掴んでいるからボードの手すりはしっかりつかまっていてよ。」
「うん。」
マリアンジェラを股に挟み、他人が見たら絶対に恋人と思われるだろうと内心思いつつ片手でマリアンジェラの体を支え、もう片方の手でボードを掴んだ。
「せーの。」
ザザザッと激しく水がかかり、流されていく。少し横を向いたマリアンジェラの顔がリリィに見えて仕方がない。急な角度のところでマリアンジェラが後ろに倒れ掛かり、僕の顔を逆さまに見つめる。
『や、ヤバい。くそ…かわいい。』
ものすごく『ドキリ』とした。いやいや、姪だし、つーか僕から生まれたんだし…。
どうしてこんな感情が出てくるのか…。単なる肉親だから余計かわいく見えるのかもしれないし…。ヘンテコな葛藤をしているうちに『ドボン』と落ちた。
「マリー!」
衝撃で離れてしまったマリアンジェラを探す。マリアンジェラは、すぐに水中から浮上してきて顔を出した。
「ぷふぇッ。ビックリしちゃうね。プールが超深いの。」
「大丈夫か?」
「うん、ライルも大丈夫?」
「あぁ。」
ヤバい、さっきのかわいいと感じた気持ちを思い出して、なんだか恥ずかしい。
「ライル、顔赤いよ。どっかぶつけた?」
そう言って僕に触ろうとするマリアンジェラを思わず手で払ってしまった。
「何でもないって…。」
マリアンジェラは急に下を向いて、何も言わず歩き出した。
「マリー…。」
「大丈夫、マリーはライルがマリーのこと好きじゃないって知ってる。」
マリアンジェラはプールサイドチェアに腰かけ、その辺にいたスタッフにジュースを頼むと、僕を遠ざけるように反対側を向いた。
そこへアズラィールと左徠がまた流れてきた。
「ひゃっほーい、このプール楽しいな~。」
「おじいちゃん、マリー、次おじいちゃんと乗りたい!」
「お、そうか?いいぞ。行こ行こ。」
え?マジ?置いてけぼり?なんだか情けない感じ。これじゃ親の役割果たせてないし…。
アズラィールとマリアンジェラが坂を上って行くのが見える。
僕、どっかおかしいのかな…リリィをかわいいと思ったり、マリアンジェラにドキッとしたり…。そう思いながら遠くに見える二人の影を追っている時、後ろから声をかけられた。
「ライル、彼女は?」
声をかけてきたのは、ウィリアムだった。
「あぁ、今、従兄弟とスライダーに行ったよ。」
「え?従兄弟と彼女がそういうことしても平気なの?」
「は?あ、あぁ。従兄弟と彼女もとても近い親戚なんだよ。」
「そうなんだ…。でも、気を抜かないようにしないと…彼女、僕が今までに見た誰よりも美しいよ。誰もが彼女に興味を持つと思う。ちゃんと捕まえておかないとな。」
え?お前はゲイじゃなかったのか?意外に協力的な発言に、変に顔がニヤケる。
それに、アンジェラとリリィの子供だ、美しくないわけがない。
マリアンジェラとアズラィールがスライダーで流れてきた。
「きゃあ!楽しい。おじいちゃん、もう一回。」
「マリー、あと一回だけだぞ…。これ、マジ、上るのがつらいわ…。」
二人の会話を聞きつつ、ウィリアムがライルの肩をツンツンする。
「今、オレ、なんか変なこと聞いた。おじいちゃんって言わなかったか?」
「あっはははは…25歳には15歳の孫は難しいと思うぞ。ウィリアム。」
「だよな…。」
「あれは、あだ名だ。爺クサイこといつもしてるから、おじいちゃん呼ばわりされているんだよ、あいつは…。」
「そ、そっか…。焦ったぁ。」
こっちも焦ったよ。本当のおじいちゃんでも、普段は名前で呼ばせようよ、もお…。
そんな時、後ろから声をかけられた。
「あ、あのぉ、ライル・アサギリさま?」
「え?あ、はい。」
振り返ると、あの、スペインのライブで話しかけてきた超ヤバ王女、シルビアがいた。
「ごめんなさい、突然話しかけて…。」
「あれ?バケーションですか?ヨーロッパからだと遠いのに…。」
「実は…あの…。」
とモジモジするシルビア王女の横でウィリアムが口を挟んだ。
「シルビー、はっきり言わなきゃだめだよ、王女なんだろ?情けない。」
『え?何?どういうこと?シルビーとか情けないとか…』
「あ、あの。実はウィリアムはわたくしの従兄弟で、」
「マジ?ウィリアム、お前そういう親戚いたのか?」
「ひどいなライル、僕にだって王位継承権あるんだぞ。王にはなりたくないけどな。」
「で、王女様は、僕に何かご用ですか。」
「あ、あぁ。前にお爺様の代より前から天使様の絵画を何点も所有しているって言ったの覚えてるか?」
「あ、うん。聞いたよ。」
「そのお爺様はこの前会っただろ?」
「うん、スポンサーだよね。」
「実は、天使様の絵画は、そのさらに先代から譲り受けたもので、歴代のスペイン王が所蔵していた物なんだ。」
「でも、アンジェラ一世が絵を描き始めたのは今から110年くらい前だろ?歴代っていうほど古くないよな?」
「実は、絵の他に…」
そうウィリアムが言いかけた時、マリアンジェラとアズラィールが戻ってきた。
マリアンジェラが何の躊躇もなく、僕の膝の上に座り、注文してあったジュースを飲む。
「マリー、ご挨拶は?」
「あ、こんにちは。マリアンジェラです。」
そう言って、僕に体をくっつける。そして、僕に向かって話し始めた。
「ねぇ、ライル。パパからね、ママが居なくなったってメッセージが来たの。説明してなかったでしょ?どうしたらいいの?おこられちゃうよね?パパ、怒ったら怖いよ。」
僕は慌ててマリアンジェラの口をふさぐと、ウィリアムとシルビア王女にちょっと身内の話があるので、とエクスキューズした。
部屋にマりアンジェラを連れて戻る。
「マリー…正直助かったよ。ウィリアムとシルビア王女が従兄妹という事は、二人とも異常にしつこいってことだよ。まったく、僕を罠にハメるようなことして…。」
「あの、さっきの茶色の髪の人が王女?うへ~。ただの普通の人だね。」
「マリー、さっきはごめん。マリーのことかわいいって思い過ぎて恥ずかしくなったんだ。」
「え?」
マリアンジェラが頬を赤く染めている。本当のことだから、仕方ない。どうせリリィと融合したらバレるのだ、先に言っておこう。
「でも、僕はあくまでもマリーの親だ。結婚もできないし、愛し合っちゃいけないんだよ。だから、わかって欲しいんだ。」
マリアンジェラは少し考えてから言った。
「マリーがライルを好きなのは変えられないよ。でもライルがマリーのこと嫌いじゃないってわかっただけでも良かった。」
そう言ったマリアンジェラを思わず抱きしめて額にキスした。
これが、今、僕ができる精いっぱいのことだ。
僕は、アズラィールと左徠に電話をかけ、予定より早いがもう帰ると伝えた。
すぐに二人が部屋に戻ってきた。
「どうして帰るの?」
アズラィールが不思議そうに聞く。
「スペインのライブで話しかけてきた王女が来ていたんだ。多分、ウィリアムが情報を流して呼び寄せたんだと思う。二人は従兄妹で、何代も前から天使にご執心だそうだ。
僕も、とって食われる可能性もあるしね。それは絶対に避けたい。だから、このまま荷物を持ってフロントでキーを返してホテルに戻るよ。僕に離れないでついてきて。」
「あ、うん。わかった。」
渋々だがアズラィールと左徠は了承し、着替えてロビーへ。




