349. 宮殿でのライブ(2)
その頃、家では、家族総出でライブ配信をする予定のTVチャンネルに普段は壁の中に収納されているTVを出して、皆でダイニングのソファに腰かけて、今か今かと放送開始を待っていた。放送開始時間になり、真っ暗な景色の中に、1つ、2つ、3つ…と小さなライトが点いていく、そして急にピアノの演奏が始まり、アンジェラの歌が始まった。
歌が始まったと同時にアンジェラを照らすスポットライトが点き、ライルの手元をうっすらと照らすライトも点いた。
穏やかな歌が、最小限の証明で静かに奏でられる。そして、サビのところで、一気に庭園の花々が浮き上がるような証明が点いた。
「うわっ、パパ、お花畑でお歌うたってるのね?」
マリアンジェラが驚いたように言った。ミケーレも首肯する。
「きれいね…。」
そう呟いたのは、リリィである。リリィがきれいと言ったのはアンジェラのことだ…。
始めて大人になったアンジェラを見てから5年ほど経つが、全く当時と変わらずアンジェラは若く美しい青年のままだ。髪は少し伸びただろうか…。
そして、時々ライルの手元がアップで映る。
「きれいね…。」
これは、マリアンジェラがライルの指を見て言った言葉だ。
「あ、僕があげた薔薇の花を置いてくれてる。」
ミケーレは薔薇の花をピアノの上に見つけ、嬉しそうだ。
曲が進むとライトアップされる向きが変わったりカメラの位置が変わる程度の変化はあるが、スタジオやステージと違い、さほど変化が激しいわけではない。割と地味な感じである。
いよいよ、ライルの曲だ。
正直言って『恥ずかしい』けど、最近はこれくらい、どうってことない…と思う。
幸い、観客はわずかだし、客席は暗くて見ている人たちの顔はわからない。
もう、後戻りもできない。
ピアノのイントロ部分を弾いて、自分を落ち着かせる。
こんなことならリリィと融合して来ればよかった…。と少し思った。
そして、歌い出し…大丈夫だ…。この前散々撮影のために歌わされたばっかりだ。
頭の中でリリィの事を考えて歌った。アンジェラがシスコンとか言うからだ。
その時、目の前のミケーレがくれた薔薇の花が開いた。
え?五分咲きくらいだったのが、一気に開花した。それに気を取られ、緊張が一気に消失した。気が付けば、歌を歌い終わっていた。
最後の曲、アンジェラの悲しいラブソングだ。
アンジェラは用意されている椅子に座り、ピアノの音に乗せて囁くように歌いあげた。
ピアノを弾いている僕でさえ、背筋が寒くなるくらいの感情移入だ。
そして、最後のサビで、やはり翼が飛び出してしまう。
大きくて、少し青みがかった美しいその翼をバサッと大きく広げた。
ライトが逆光でアンジェラの陰を映し出す。
その時だった、上空で撮影していたドローンから炎が出て、落下し始めた。
その場で気づいた者は殆どいなかった。
しかし、その様子は撮影され、ライブ配信されていたのだ。
家で見ていた家族がそれに気づいた時、リリィはぐったりとソファの上で意識を失っていた。
「リリィ、しっかりして!」
リリアナがリリィを揺すって意識を確認するが、リリィは反応しない。
『キャー』『きゃぁ~』大きな悲鳴がライブ配信されているTVから聞こえた。
アンジェラの頭上めがけ煙を出しながら落下してきた大型の黒いドローンを、『ドガーン』という音と共に左腕で受け止めた人物がいた。
全身から金色のオーラを出し、ふわふわの白い翼を広げ、プラチナブロンドの少し長い髪を揺らして、深い海の様な色の碧眼でアンジェラを見つめた彼女は自分の腕に食い込んで動きを止めたドローンをそっと地面に置くと、自身の傷ついた腕を反対の手で隠すようにしながら素早く飛び立った。
「あっ…」
アンジェラがそう言った時には、彼女の姿は搔き消え金色の光の粒子だけが空中に少し残っているだけだった。
「アンジェラ、大丈夫か?」
ライルは、思わず駆け寄り、アンジェラに怪我がないことを確認した。
会場のライトが消え、ライブ配信が終了した。
スタッフが慌てて駆け寄ってくる。
「アンジェラさん、大丈夫ですか?」
「あぁ…大丈夫だ。だが、これはこのまま放置できないな。」
ドローンを扱っていたのは運営側だった。操作も、機器の調整も。
結局ライブ配信を見ていた視聴者が通報したせいもあり、警察が捜査に乗り出すことになった。ドローンは、バッテリーの不具合で高温になってしまい。発火、そして墜落したことがわかった。あわや大惨事になるところだったが、リリィの本能による『アンジェラを助ける行為』がそれを回避したのだ。




