333. どっちの出産へ立ち合うの?
4月26日、日曜日。
あの『ほげほげほ~』事件から更に一週間が経った。
あっちのアンジェラ、もとい、ブラザーアンジェラはすっかり元気になって、今朝は朝食後の子供たちの散策という名の狩りに付き合っている。もちろんうちのアンジェラも一緒だ。
最初から濡れる気満々で水着を着て出かけた子供達だが、まだ朝はそんなにあたたかくはない。ミケーレはイマイチ乗り気ではない様子で、波打ち際でマリアンジェラと押し問答をしている。
「ミケーレ、どうしたの?どうして行かないのよ。」
「海の水が冷たいから、今日は僕、海に入るの嫌だ。」
「もう、いいわよ。じゃあ、私一人でやるわ。」
「どうぞ、どうぞ…。」
そう言って送り出すような合図をすると、マリアンジェラがその場に座り込み目を瞑って瞑想を始めた。しばし黙って見守るアンジェラだったが、三分経っても何も起きないので、飽きてきたため、皆に声をかける。
「さあ、今日は寒いからもう家に戻ろう。」
その時だ、マリアンジェラはカッと目を見開き言った。
「あと2分。」
「え?」
「ちょっと遠かったから、あと2分かかるのよ。」
そう言って翼を出し、少し沖まで飛んだ。
約束の2分が経った頃、水面に巨大な影が…。なんと、10メートルを軽く超えるダイオウイカが気絶した状態で浮かび上がってきた。
「パパ~、今日のお昼はイカのお寿司が食べたいなぁ。」
まだ生きているダイオウイカを前に大胆な発言だが、まあ、マリアンジェラの食欲はそんなものだ。アンジェラは頷きながら言った。
「あぁ、マリーのリクエストに応えてイカのお寿司にしよう。」
「やっほーい。お寿司、あんまりこっちで食べられないから、うれちいな。」
それを見ていたブラザーアンジェラが口を開く。
「兄さん、どうやってあれを運ぶんだい?」
「まぁ、見ていろ、ブラザー。マリー、これをバックヤードのBBQテーブルの上に転移できるか?」
「うん。」
「リリィ、先に行って解体していてくれ。お手伝いさんには電話しておくから。」
「オッケー。じゃ、行ってるね。マリー、ビニールシート敷きたいから1分経ってから転移して。」
「アイアイ、キャプテン。りょうかいなのです。」
マリアンジェラはそう言った後もご機嫌で浮いたイカの周りを飛んでいる。
きっちり1分後にイカを転移し、その後もいつもの海の底を持ち上げる裏技でイセエビも数匹捕獲し、楽しみながら家に戻った。
家に着いた頃には、イカもほぼ解体が終わり、大きなブロックに切り分けられて保存容器に入っていた。足一本だけでも何キロもありそうだ。
イカの解体ショーも終了し、お手伝いさんがお昼のお寿司様にお刺身サイズに切ってくれるらしい。お寿司用の白米は日本から持ってきた米をアンジェラが棚から出した炊飯器で炊く。お昼の少し前に炊き上がるようにセットした。
「そう言えば、ライルが起きてきてないんじゃないか?」
アンジェラが言うと、リリィが答えた。
「あ、さっきいたよ。イカ捌く前には。そこら辺で誰かと電話してた。」
「そうか…。」
「気になるなら、呼んだら?」
「電話でか?」
「その辺にいたら聞こえるよ。普通に名前呼べば…。」
マリアンジェラがそれを聞いていて勝手に呼ぶ。
「ライル~、どこ~、ちょっと来て~。」
マリアンジェラの目の前にライルが転移で現れた。
「何?どうしたの?」
「パパが探してたから呼んでみた。」
「あ、そう。で何?アンジェラ…。」
「お、おぅ、お前の注文してあった除菌装置に絵本を入れてスイッチ入れてあるんだ。
よかったら、この後昼食後にでも、皆で絵本をチェックしてみないかと思ってな。」
ライルはニッコリ笑って頷いた。
「いいよ、今日はどこにも行かないから。」
「さっき、誰かと話してたのか?」
「あ、あれは父様だよ。母様の出産の時に僕達に来れないかって言ってたんだけど、こっちもリリアナが出産間近だからね、二手に分かれるしかないかと思って、相談しようと思ってたんだ。」
「もしかして、また同じ日なのか?」
「多分ね。あとでどっちに行くか決めようよ。」
「うむ、わかった。」
その後少しして昼食のお寿司がアンジェラにより調理され、ダイオウイカとイカイセエビの握りが振舞われた。
「うふふ…パパ、これ絶妙においちい。満足、ゾクゾク…。」
マリアンジェラは軽く30貫に届きそうな勢いで食べている。
「マリーは最近大物を狙うことが多いな…。」
「そうなのよ、大きいと遠くからでも視えるの。そして命令するの、こっちにおいでって。そうするとぷかーって浮いてくるのよ。前に誰かに教えてもらったやり方よ…。
誰だったっけ?」
アンジェラがリリィの方を見た。
「それはママが小さい時にここにいた時にやってたやり方だな…。」
「え?ママなの?」
「あぁ、少しの間子供の時にここにいたんだ。」
ライルは冷や冷やしていた。あまりリリィがここにいたライナだと思い出してもらいたくないのだ。
「あ、そうだそうだ、リリィはダニアレルギーだろ?」
ライルが急に違う話をしだした。
「そうなの?」
驚いているのはリリィだ。
「この前、絵本を包んでいる紙を剥した時にすごいくしゃみしてただろ?『へっぷし』とかいう…。」
「ぎゃははは…言ってた言ってた。へっぷし。」
「言ってたね、へっぷし~。」
マリアンジェラとミケーレ、今日は『へっぷし』大合唱。
「そう言うことで、ダニとか菌とかを殺して吸い込んでくれる除菌装置を買ったんだ。
それで、アンジェラがあの4冊の絵本を装置に入れておいてくれたんだよ。」
「ふーん。」
リリィはいじられてちょっと不満顔…。
「じゃあ、食事が終わったら、皆で見てみよう、な?」
アンジェラがうまく取りまとめて、話は落ち着いた。
「あ、アンジェラさっきの話だけど、出産の立ち合いというか、病院に行く話だけどさ。」
ライルが別の話を始めた。
「おぉ、そうだったな。リリアナ、アンドレもう出産まで半月ほどだ。
私は子供たちを連れてお前たちの病院へ行こうと思っているんだが、どうやら徠夢のところの留美が同じ日に出産予定らしい。それで、二手に分かれてと考えているんだが、リリィとライルは徠夢のところに行かせる方がいいのかな…と考えているんだが、どうだろう?」
アンジェラがそう言うとリリィが最初に意見を言った。
「え、私もリリアナの方に行くよ。自分の子供と同じなのに、どうして行かないのかわからないよ。ねぇ、リリアナ。」
リリアナは空気が読めるやつだ。若干目が泳いでいるが、正確な意見を言った。
「た、確かに。私はリリィの一部なのだから、生まれる赤ちゃんもリリィの遺伝的情報を継承する存在であるわけで、やはりそうなるとリリィは私に付き添うべきかと…。」
うんうんと頷くリリィ、確かにその通りだ。自分の出産の時に他の人間の出産には立ち会えない。
ライルは…すごくしょぼい顔をして言った。
「リリィ、その日は分身体を貸してくれないか?僕の本当の気持ちからすると、リリアナの方へ行きたいのだけれど、またここで行かないと父様の悪いところがまた大きくなりそうで…。だから僕とリリィの分身体で日本へ行ってくるよ。」
「ライル、偉いわ。わかった、分身体貸すよ。ごめんね。そっち任せちゃうけど。」
こっちもうまくおさまったようだ…。
「あ、そうだ…。JC達もそろそろ帰らないとダメだろ?それに、君、学校どうなってるんだ?」
ライルが瑠璃に聞いた。
「あ、うん。今月はアンジェラの看病のためって言って休学届を出してもらってるから、そろそろ帰ろうと思ってたんだ。長らくお世話になってすみませんでした。今晩、帰ろうと思います。」
瑠璃がブラザーアンジェラと顔を見合わせて二人が頷いた。
「そうか、あっちでもうまく行くことを祈っているよ。」
アンジェラがそう締めくくって、昼食は終わりとなった。




