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332. おぼえていないの(2)

 逃げた人もいるかもしれない。と気休めの言葉をかけた私に言葉に、彼は、私の肩から力なく手を離して少し俯き、涙を堪えているようだった。

「もうちょっと話してくれる?」

 私がそう言うと、彼は言葉少なに説明してくれた。

 人種の違いへの迫害が国内外で広がりつつあったころ、子供のころから友人だったうちの二人がその対象であることが分かり、他の仲間たちと郊外に家を買い、その友人と家族を合わせて20人ほどその家にかくまったという。

 20人もいれば、相当な食料が必要で、仲間たちはなるべく目立たないように自分たちの食料を削ってでもその家に数日に一度は食料を運んでいたのだという。

 ところが、かくまわれていた家族の中には食料が少ないことに不満を持つ者も少なくなかったらしく、直接友人関係ではないのに手を尽くしてくれているアンジェラ達に感謝するどころか、その家から勝手に出て行ってしまったのだ。

 そして、強制収容され、拷問を受けた挙句、自分の家族の隠れているその家の所在をその組織に話してしまったのだと思われる。

 あの爆発は火炎瓶の様な物を複数投げ入れられたことによる参事だった。

 見せしめのための虐殺と言ってもおかしくない。

 たまたまそこに食料を運んできていたアンジェラも巻き込まれたのだ。


「食べ物がいっぱいあったら、それって起きなかったかな?」

 私が聞くと、アンジェラは首を横に振った。

「いや、人の親切心を踏みにじる様な、そして親族までもを売るようなやつだ。食べ物だけじゃなく、何かにつけて不満を持ち、結局同じ選択をするだろう。最初からあの男を助けたことが私の落ち度だ。」

 私は、その男の名前と人相といつその家から出て行ったのかを聞いた。

「あのね、いいこと思いついたから、リリィに任せてくれる?あ、でも私と会ったことも忘れちゃうのかな?ま、それはそれでいいか…。」

 そのやり取りを見ていたアンジェラは、私に言った。

「リリィ、、危険なことは絶対にしちゃダメだ。」

「アンジェラ…、わかってるよ~。ちょっと行ってくるね。少しお金使うから許してね。」

 私は、その足で封印の間へ転移し、万が一のことを考え体をそこに置いてから準備をした。


 まず、食料の調達だ。

 スーパーに行き、食料品の爆買い。米に小麦粉にシリアルに、大量の缶詰と、レトルトになっている野菜やら、とにかく保存のききそうなものばかり、そして、振ると発電する懐中電灯も買った。食料品は大きなカートに5個分を何度も往復して買った。買ったものは物質転移で封印の間に一時保管しておき、全部揃ったら先に場所と時刻を確認しに行った。

 さて、じゃあ行きますかね。

 私は、まず家からその男が出て行ったと思われる日の深夜0時にその家の屋根の上にいた。

 待つこと2時間、『パタン』と音がして、家から誰か出てきた。

 アンジェラに聞いた人相の男だ。茶色いベレー帽を被っているのが特徴だ。

 その男が家から2ブロックほど離れたところまで進んだ時、その男の後ろに転移して声をかけた。

「あの~、モーリッツ・ヘンケルさん?」

 私がドイツ語で話しかけると、男は振り返り答えた。

「なんだ、こんな夜中に女が独り歩きするとは、俺になにか用か?」

 私は赤い目を使って言った。

「あなたは今後、何を聞かれてもこう答える事しかできない。『ほにゃららら~』

 自分から何かを伝えようとしたときは『ほげほげほ~』としか言えない。

 字は書くことさえできない。字を書こうとしたら、全部スマイリーになる。」

「何を馬鹿な事を言っている。このイカレ女め。」

 男の目に赤い輪が浮き出た。男が向きを変え去ろうとしている時、私は聞いた。

「あなたは、あの家を出てどこに行くの?」

「うるさい、俺はほにゃららら~。ほげほげほ~。ほげほげほ~。」

 リリィ、ニンマリして翼を出し上空へ飛び立ちながら、男にバイバイをする。

 めっちゃ楽しい。これはセーフだよね、怪我させてないし、殺してないし。

 リリィは転移で封印の間から大量の食糧をその隠れ家に運び、アンジェラが倒れていた部屋に山積みにしておいた。

 メモを一枚くっつけて。

『食料、また持ってくるから、アンジェラもちゃんとご飯食べてね。リリィ』

 そして、あの爆発後のあの部屋に転移する。

 爆発は起こっていなかった。室内は静まり返っており、真ん中に椅子が置いてあった。

 そこにはメモが置いてあった。

『私の天使、ありがとう。アンジェラ』

 私は、封印の間で体に戻り、そのメモを持って家に帰った。


 そこには90年前のアンジェラはいなかった。予備のベッドだけ置いてあった。

 そして、私のアンジェラが私を見るなり私を抱きしめた。

「リリィ…、どうなってる…。あいつが、過去の私が消えたぞ。」

「これ、見たことある?」

 私はアンジェラが書いたメモを見せた。

「あ、あぁ…食料を毎回運んでくれる女性がいると、友人から聞いた。あれはやはり君だったのか?」

「えへへ、アンジェラのお金で買った食料品だから、私は運んだだけだけど。

 アンジェラもお友達やその家族も怪我しなかったってことだよ。」

「爆発は起きなかったんだな?」

「うん、何聞かれても『ほにゃららら~』って言うように命令したから、きっとあの男がボコられてるだけで、家の場所は教えられないと思うよ。紙に書こうとしても全部スマイリーを描いちゃうようにしたし。それ見てもボコられちゃうかも…。ははは。自業自得でしょ。」

 アンジェラの私を抱きしめる力が強くなる。

「おぼえていないはずだな…。お前が変えてきたのか…。」

「えへへ。」

 そんな時に、リリィの腹の虫が『ぎゅるるる~』と盛大に鳴った。

「おいで、何か作ろう。」

「うん。すごいお腹すいた…。」

 朝食を食べながら『ほげほげほ~』の話をしたら、アンジェラがむせていた。

 アンドレとあっちの世界のアンジェラは驚いて目が白目がちになっていた。

 リリアナと瑠璃リリィは手を叩いて喜んでいた。

 マリアンジェラとミケーレは『ほげほげほ~』の大合唱、ライルは笑いを堪えるのに必死だった。

 今までで一番盛り上がった朝食だった。

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