331. おぼえていないの(1)
4月19日、日曜日。
結局、家に連れ帰ってきた90年くらい前のアンジェラを、寝室に予備のベッドを入れて寝かせた。点滴は数時間ごとに取り換えたりしなければならず、体の向きも少しずつ動かして床づれが起きないように配慮しなければならなかった。
汗をかいたりしても、体を拭くのはアンジェラがやってくれた。
いくら過去の自分でも、リリィが他の男の裸体に触るのは許せないらしい。
そんな感じで世話を始めて三日目、日曜日の昼頃、リリィが昼食の準備を終え、一度彼の様子を見に来た時だった。
「う、うーん。」
唸るような声がした。
「あ、アンジェラ…気が付いた?どう?私の顔見える?ほら、指何本?」
目の前で指を三本出して見せる。
「三本」
「やったー、気が付いたし、目も見えてるよ~。よかった~。」
一人でぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶリリィに、うっすらと目を開けて彼は言った。
「私は死んだんですか?」
「いやいや、今聞いてなかった?気が付いたし、目も見えてるって、生きてるって意味じゃん。」
「あ、なるほど…。」
妙に長い沈黙が二人の間に通り過ぎる。
じーっと彼の顔を覗き込むリリィだったが、次の瞬間、ガシッと彼に両肩を掴まれてしまった。
「およ?どうかしたの?アンジェラ…。」
「もう、逃しませんよ。私の天使…。」
「え?」
私が、がっしり掴まれているところへ、アンジェラがやってきた。
「放せ。お前のじゃない。私のリリィだ。」
冷たくそう言い放ったアンジェラの目の冷たいこと…。
「お、お前は…。」
「未来のお前だ。アンジェラ・アサギリ・ライエン、ここは2027年で、リリィは私の妻だ。お前の時代にはまだ生まれていない。」
「なっ、そ、そんな…。」
「ところで、お前、私にはそんな怪我を負った記憶はないぞ。何をしていた。リリィはお前が誰かをかくまっている家で爆発が起きたようだと言っているが…。」
「あ、そうだ、私は友人が強制収容されないように家を他の仲間と一緒に用意して、そこに友人とその家族、そしてその仲間を20人ほどかくまっていたんだ。」
「で、お前がそんなに痩せているのはなぜだ?」
「食料を調達するときに目立ってしまうと目をつけられる。だからほんの少しずつ多く買うくらいしかできない。私は、友人に少しでも多く…。」
その時、彼は急に顔を曇らせて、私に聞いた。
「君が助けてくれたのかい?」
「うん。」
「ありがとう。他の者はどうなっていた?」
「言いにくいけど、周りに生きている人は居なそうだった。私はあなたが生命の危機に面した時に飛ぶ体質みたいだから…。あなたはかろうじて生きていたの。」
「そうか…」
「でも、逃げた人もいるかもしれないよ。」




