33. 徠人の能力
石田刑事が帰った後、もう話はないと思い僕は部屋に戻ろうとした。
しかし、父様が僕を止め、僕にこう言った。
「ライル、ライルなら徠人の足が歩けるようにできないだろうか。」
「え?どういうことですか?」
父様は昨日徠人が退院した時に書いてもらったという医師の診断証明書を僕に渡した。
検査結果には「重度の筋力低下により肢体不自由」と書かれている。
最低でもリハビリを一年続けてようやく立ち上がれるかどうかだと病院の検査結果を説明している。
そこで、徠人が怒ったように声をあげた。
「徠夢、おまえふざけてんの?俺の手足は長年使ってないから筋肉がついてないんだよ。
このままリハビリを続けて一年後にはどうにか立って、杖つけば少しは歩けるかもって、昨日医者からおまえも聞いただろ?」
「徠人、ダメ元で、ね。やってみようよ。一回じゃ無理かもしれないけど、可能性はあるよ。ライルはすごいんだよ。」
父様が徠人を説得する。
「父様、本人が無理だと思うなら、やっても無駄ですよ。」
「ちょ、おまえ。また生意気なことぬかして。俺は別に無理とかは言ってねえし。」
徠人は能力を使われるのが怖いのか?
「徠人、試しに自分の力で立とうとしてごらん。」
「無理言うな!座ってるのもやっとなんだぞ。」
「筋肉なくても口は動くんですね。」
「この、クソガキが。」
あぁ、言われちゃいましたね。今までそんなこと本当の親にも言われたことないのに。
そういうこと言うやつには、きっちり仕返しさせてもらいますよ。ふふふ。
「父様。父様の言う通りですよ。試してみる価値はあると思います。
そうですよね。早く治れば家族の負担も減りますし。さっさと自立してもらわないと困りますよね~。」
僕はかなり頭に来ていたので、ちょっと意地悪を含んでそう言ったのだ。
徠人はしぶしぶ僕の能力を試すことに同意した。
「では、失礼して、足に触りますよ。」
車いすの前に別の椅子を置き、足を伸ばすようにまっすぐにする。
さて、筋肉増強かぁ、どうやったらいいのかな?
足の筋肉を五万回くらいスクワットさせてみる感じかな?いや、待てよ。ちょっと多いか?
足だけプロレスラーみたいになっちゃったらキモイよな?
千回くらいずつで様子を見るか?
筋肉に小刻みにぴくぴく動くよう命令してみる。
あまり大きく動かすと筋肉がちぎれちゃいそうだからね。
三千回で一回休憩。
「あの、どんな感じですか?」
何か変化はありますか?というつもりで聞いたのだが返事はあいまいなものだった。
「あん?ちょっと待て。」
徠人はそう言うと、恐る恐る車いすの手すりを押して、立ち上がろうとする。
すぐに、よろける。そして、ものすごい怖い目で僕をにらみつける。
「おまえ、何しやがった~?」
「え?スクワット三千回くらいの筋肉運動を。」
「このやろう!筋肉痛で膝が笑って力がはいんねぇじゃないか!」
「ぷっ。あはははは。」
「いてててっ。おい、どうにかしろ。」
「徠人、もうちょっとかわいくお願いしないと治してくれないよ。ははは。」
「そうですよ。お、じ、さ、ん。」
「おまえ、この!今度それ言ったらぶっ殺す。」
「じゃ、なんて呼べばいいんですか?」
「むー。そんなこと知るか!」
そして、徠人は怒りに身をまかせ、膝をがくがくさせながらも、立ち上がって数歩歩いた。
「すごいぞ、徠人。一年のリハビリはしなくてもよさそうだね。」
ドタバタしながらも少しは効果があったようだ。
当然のことながら筋肉痛で悶絶していたようで、そっちの方は父様に癒してもらったようだ。
なんであんなに僕にトゲトゲしいのか?
結局は、腕、首、腹筋に背筋、と全身フルコースで能力を使った。
気が付いたらあっという間に夕食の時間を迎え、入浴し、就寝時間となった。
徠人は介護されるのが嫌らしく、少し食事をかえでさんに食べさせてもらった後はまた部屋にこもって出てこなくなったらしい。
僕は、大量にエネルギーを使ったためかベッドに入るなり深い眠りについた。
そして、深夜のことだ。
ベッドの中で、背中にじんわり暖かさを感じる。
あぁ、アダムがまたベッドに入って来たんだな。とぼんやり思っていた。
「なぁ、今日起きたら、あそこのドーナツ買いに行かない?」
「ん?アダム、だめだよ。犬はドーナツは食べちゃだめなんだから。」
そう夢うつつで会話し、背中にくっついてきたアダムをなでる。
んー、あったかい。気持ちいいな。あれ、毛のないところがある。え?人間になれるようになったのか?
はっ、と夢うつつから目を開け、体を反転し背後を確認する。
そこには、全裸で僕にくっつく徠人がいた。
「うわっ、何してんだよ。」
「一人で寝るのは寒い。」
徠人が僕をぎゅ~と掴んで離さない。
「あんた、裸でベッドに、ちょっと…。」
「この前までいっしょに寝てただろ、大丈夫だよ、襲わないから。」
「だいたいどうやってここに入って来たんだよ。」
「どうやってって、歩いてに決まってんだろ。ちゃんとシャワーは浴びたぞ。ふふっ。」
怖すぎる。食われる。そう思った。
しかし、僕の思考は途切れ、深い眠りへと戻って行った。
朝になり、朝食の用意ができたと言いに来た母様が、ベッドで全裸で抱き合う僕と徠人を見て悲鳴をあげ、白目をむいて気絶したのは言うまでもない。
「それで、あんた、なんで僕のベッドに裸で寝てて、どうやって僕のパジャマや下着まで脱がせてんだよ。おかしいだろ。」
僕は、朝食を食べながら徠人に尋問をしていた。
「おまえ、俺の能力を知らないだろ?」
「どういう能力だっちゅーんだよ。」
「まずは、憑依。」
「?ひ、ひょうい?」
ざわっと鳥肌が立った。
「あぁ、自分の体から抜け出て、他の体に入ることができるんだ。だから犬に入ってただろ。」
「やっぱり、おまえ全部覚えているんだろ?母様のベッドにもぐりこんだり、わがまま言ったり。」
「ま、半分正解。半分不正解だな。」
「どういう意味だよ。」
「あの犬は死にかけてたんだよ。お前が拾った時、俺が憑依する直前だった。
お前が家に連れて帰るのを追いかけたんだよ。お前の顔、どっかで見たことあるなと思ってな。
でもな、もうヤバそうだったからさ、夜中におまえのベッドの中であの犬の魂に覆いかぶさる形で憑依したんだよ。だから、あいつはしばらく俺の一部として機能してた。誤算もあったがな。
覆いかぶさって巻き込んだことで、俺の自我が犬と混同したんだよ。生まれて間もない幼稚な犬と、俺がな。」
「言ってる事がよくわかんないよ。」
「考えてもみろよ。犬がドーナツを知ってるか?ドーナツを食いたくて人間になったのは俺だ。親のぬくもりを求めていたのは、犬だ。」
僕は今までのアダムとのやり取りを思い出しながら徠人の言うことの確認をしている自分に気が付いていた。
「まぁ、悪かったな。お前が普通に拾った犬に俺が憑いちまったから、こんなことになって。
ただ、最後は俺も予想していなかったんだよな。まさか、自分の体がやばくなって、それによって自分も存続の危機を迎えるとはな。おまえが面白い能力を持っていたおかげで助かったよ。」
「じゃあ、今のアダムは…。」
「あぁ、あれが本来のあの犬のレベルだな。俺が自分の体に戻るときに覆いかぶさってたのを外せるだけの力がなかったんだよ。だから犬も一緒に抜けちまって、昨日犬だけ返した。」、
「…。」
僕が毎日を一緒に過ごしていたアダムはやはり徠人だったということなんだ。
「これでいいか?説明は…。」
「まだ、ちゃんとした説明を聞いてないよ。なんで裸で僕のベッドに入ってたんだよ!」
徠人はくすっと笑った。
「言っただろ。一人は寒いんだよ。ふふっ。」
「うそつくな。」
「うそではないけどな。理由はもう一つある。俺はドリームイーターだ。」
「は?何それ。」
「誰の夢にでも肌が触れてれば入り込めるってことさ。」
「きもっ。それ、全裸になる意味全然ないだろ。うーっきもっ。」
徠人はニヤリと笑いウィンクしてつぶやく。
「おまえ、結構裏切らないリアクションするんだな。合格だ。」
「何わけわかんないこと言ってるんだよ。」
「俺のことはそうだな、お兄様と呼んでいいぞ。」
そこへ父様が入ってくる。
「おやおや、ずいぶん楽しそうじゃないか。」
「父様。もう嫌です。こんな人が同じ家に住むなんて。」
「ライル、そんなこと言っちゃだめだよ。ここは徠人の家でもあるんだから。」
「だって、裸で人のベッドに入るとか、気持ち悪すぎる。」
「ははは、徠人。それは確かにちょっと気持ち悪いよ。男同士で。」
「じゃあ、女のベッドならいいのか?」
「いやぁ、それもご遠慮願いたいけどね。」
そこで、父様は話の方向を変える。
「徠人、体もどうにか動かせそうだし、今後のことを話し合おうか。」
「どういう意味だ?」
「あぁ、徠人は眠らされていたから、小学校にも行ってないじゃないか。それで、家庭教師でもつけて、しばらく勉強してから高卒認定試験を受けて、大学を受験してみないかと思ってね。」
「徠夢、おまえずいぶん簡単に言うんだな。」
「簡単ではないのはわかっているよ。でも、このまま家でくすぶっていてもつまらないだろ?」
父様は何でもいいからやりたいことを見つけろ、お金のことは気にするなと徠人に言ったのだ。
「なんかもっと手っ取り早くいかねえのかよ。」
「徠人、こういうのはずるしちゃダメじゃないかな。」
「むー。」
このリアクション、既視感あるよな。
「さ、二人とも食事が終わったら買い物にでも行こう。徠人の身の回りの物も買いそろえたいしね。」
「あ、おい。ドーナツ買わねえとな。」
「あれ、やっぱ本気で言ってたんだ。お、じ、さ、ん。」
「お。に。い。さ。ま。だろ。」
「誰が呼ぶかよ。」
「なんだか二人、結構仲がいいみたいで、よかった。」
父様はやっぱり空気も何も読めない男だ。どこをどう見たら仲良く見えるんだよ、もう。