320. 僕たちが責任を負うべきこと
夕食が終わり、子供たちが乳母にお風呂に入れてもらっている間に、大人たちがアトリエに集まり話し合いを行った。リリィはまだライルの学校に行っている。
アンジェラが今までの経緯を説明するようにライルに促すと、ライルが説明を始めた。
「今回、この世界のパラレルワールドである別の世界から、ここにいる瑠璃が僕達に助けを求めてきた。それは、四日前に彼女の婚約者であるアンジェラ氏が行方不明になり、捜査状況も思わしくないというところからだ。
更に、行方不明になった原因だが、先日彼が僕らに渡してくれた絵本の出どころを探って欲しいという僕の依頼から来ていることが、全面的にサポートする理由だ。」
僕がそこまで話終わると未徠が聞いた。
「絵本っていうのは、あのニコラスの持ってきた絵本か?」
「いや、あれとは違うんだ。」
そう言って、ライルはミケーレが持っていた最初の紺色の表紙の絵本を出して見せた。
「昨年の9月22日にあっちの世界の瑠璃がこっちに送ってくれたものだ。」
未徠に渡して中を読ませると、未徠の顔が急に青ざめた。
「これは…。」
「そうだ、去年こっちで起こったあの騒ぎのさなかに起きた、リリィの石化の事が描かれている。しかも、この話は、あの事件の少し前からどんどん描き変り、どうすれば良いか示してくれたようにも取れるのだ。」
アンジェラがそう言うと、ライルも頷き、話を続けた。
「実はニコラスの持ってきた絵本も中身がどんどん描き変っているんだ。しかも、かなり危険な内容だ。こんな未来に関しての内容が描かれている絵本に秘密が無いわけがないと思い調べてもらおうと思ったんだが…。あっちのアンジェラには申し訳ないことをした。」
それを聞いて瑠璃は首を横に振った。
「そんなこと、いつも助けてもらってばかりで、私達何も出来ないのも本当だし。
まさかこんなことになってるなんて思わなかったから…。でもまた助けてくれたし…。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
ライルはそう言い瑠璃の肩に手を置いた。
「これから先の調査は、僕と僕のリリィがやるから、君たちはもう気にしないでくれ。」
「僕のリリィ?」
アンジェラがライルに向かって言った。そして咳払い…。
「うちのリリィと、うちのライルで調べるにしても二人であっちの世界に行って何かあったらどうするんだ?」
「あっちの世界じゃなくて、こっちで調べようと思う。ニコラスの持ってきた絵本も出どころはきっと同じはずだ。この件は僕達が責任を負うべきことだと思うんだ。」
ライルはきっぱりとそう言った。
その時、ずっと沈黙を守っていたアンドレが急に口を開いた。
「アンジェラ…、その絵本だけれど、私が小さい頃にも読んだ覚えがあるぞ。」
「そうなのか?どこでだ?いつだ?」
「いや、そこまでは覚えていないが、私は小さい頃は城の中にしかいなかったからな。
そして、もっとたくさん種類があった様な気がする。その赤い表紙を見て思い出したのだ。赤、黄、白、緑、青、黒、オレンジなど色とりどりの表紙で、興味をそそられたが、一冊しか見てはいけないと言われた気がするのだ。いや、それも本当にそうなのか、記憶が確かかどうかもわからない。今、そこに描いてある絵や話も初めて見るものだ。」
アンドレの話を聞いて、瑠璃が、手を挙げた。
「あ、あの~、そちらの方はアンジェラさんではない?ですよね…。」
「私はアンドレ・ユートレア。500年ほどまえのユートレアからこちらに来ているのだ。」
アンドレが答えたが、瑠璃は首を傾げるばかりだ。
ライルが説明した。
「アンドレの双子の弟のニコラスが僕達全員の直系の先祖なんだよ。アンドレはこっちに来ちゃったからね、来月子供が生まれる予定だけど、500年前に戻って王位を継がせることは無いだろう。」
「え?王位を継がせるって…。」
「アンドレは王太子で、次期王だ。まだ先王が元気だから、週に三回くらい戻って公務をしているだけで、自由にさせてもらっているんだよ。ちなみに、国が残っていれば僕達だって王位継承権のある王子だけどね。」
「え?あのお城って、買わされたじゃないの?」
「あれは元々僕たちの祖先のものだ。回りまわってまたアンジェラが所有することになったけどね。それに買わされたわけではないだろ…?」
「う、かなり、びっくりしました。え、詐欺師に騙されてすごく高い値段で買わされたって聞きましたよ。」
瑠璃の世界では認知されていない事実や、結果は同じでも起こった出来事が違うことも多いようだ。
午後8時を過ぎ、話し合いは一度解散することになった。
皆、それぞれの部屋に行き、好きな事をして過ごすが、気づくとアトリエでワインを飲みながら仕事をするアンジェラの周りに集まってくる。
「こんな遅い時間まで仕事をしているのか?」
未徠が亜希子と共にアンジェラの向かい側のソファに腰かける。
「君たちも飲むか?」
「じゃあ、少しだけ。」
アンジェラが少し嬉しそうに席を立ち、どこかへ消えた。
戻ってきた手には、フランスで所有しているワイナリーの自慢のワインとグラスが二つ、そしていつものお気に入りコールドプレートを持っていた。
テーブルの上にコールドプレートを置き、無駄のない動作でワインの栓を抜くと、ワインをグラスに注ぎ二人にふるまう。
「少し古いワインなんだが、いい出来のものなんだ。飲んでみてくれ。」
未徠と亜希子はワインに口をつけ、にっこり微笑んだ。
「この味、好きだな。すごくいい。」
未徠がいうと亜希子も微笑む。
アンジェラはコールドプレートも勧めた。テーブルの下の引き出しから取り皿とフォークを取り出し渡すと、このワインには、このチーズとナッツ、ハムが合うと言ってごり押し。
しかし、実際に食べると本当にワインが更においしく感じる組み合わせだ。
「亜希子さんは、もう体調は大丈夫なのか?」
「ありがとう。おかげさまで、ライルにすぐに治してもらえたから、入院しなくても大丈夫だったくらいなんだけれど、前より調子がいいくらいよ。」
「そうか、良かったな。今回は手伝ってくれてありがとう。」
「いえいえ、お役に立ててうれしいわ。」
そんな会話の後は日常の子供たちの様子や、ここでの暮らしを聞かれ、マリアンジェラの破天荒ぶりを暴露し、和気あいあいと夜の時間は過ぎて行った。
更に一時間経ったころ、瑠璃が走ってきた。
「あのぉ、彼が、目を覚ましました。」
未徠は瑠璃と共にあっちの世界のアンジェラの様子を見に行った。
血圧などをチェックし、特に問題ないことを確認した未徠はあっちの世界のアンジェラに
いくつか確認をした。
目の前に指を出し、ダブって見えないか、頭痛や吐き気はないか、記憶に残る最後の行動などだ。
彼はきちんと答えることができた。
視界にも、見え方にも問題はなく、頭痛や吐き気もない。最後に記憶にあるのは、本屋のドアを開けたところで押され、転落した後、少し這って移動したことだという。
「ここは、どこですか?」
「あ、そうか、説明がまだだったね。君の世界の瑠璃がライルとアンジェラに助けを求めて来たそうだ。君が行方不明になって四日経っていたと聞いたよ。
ライルが君の消息を追い、古本屋で同じように穴に落とされた先で、怪我をしている君を見つけて連れ帰ったんだ。多分、もう怪我は大丈夫だ。輸血をしたが、問題ないと思うよ。」
あっちの世界のアンジェラはまだ少しボーッとした感じはしてるが、未徠の言葉にはきちんと反応し、言った。
「ライル君は大丈夫なのか?落ちたんだろう?」
「あぁ、大丈夫だ。こっちのアンジェラが言うには、ライルはもう、人ならざる者らしい。怪我などしないんだそうだ。すまなかったね、ライルの依頼のせいで怪我をさせてしまって。」
「いいえ、そんなことは…。」
そんな会話をしているときに、こっちの世界のアンジェラも来た。
「大丈夫そうだな…。」
「あ、すまない、色々と迷惑をかけてばかりで。」
「そんなことは無い。わかったことが増えたんだ、君のおかげだよ、ブラザー。」
「…。そ、そう言ってもらえると嬉しいよ。」
『ブラザー』発言に微妙に動揺するあっちの世界のアンジェラだった。




