32. 能力の証明
九月三日金曜日、今日は徠人が退院する日だ。
僕は学校があるので、病院には迎えに行けないけれど、父様が午後からの診察を母様に任せて、一人で迎えに行くとのこと。
学校から帰ったら、初めて話しが出来るということだ。
僕の叔父さん。ふふっ。初めての同じ時代にちゃんと生きてる親戚だ。
学校は夏休みが終わって始まったばかりだけど、実は、僕はクラスのみんなとは少し距離を取っている。
なぜかというと、自信過剰ではないと思うんだけれど、女の子は金髪や蒼い目の僕の様な目立つ男を好きになるらしい。
それをクラスの男子は気に入らないようなんだ。
だから、女子とはなるべく話さず、男子とも関わらないようにしている。
話せば、「外人、英語しゃべってみろよ~。」とか「ハロー」とか言われるのがオチだしね。
こういう話は実は父様にも母様にも言ったことはないんだ。
まぁ、これからも言うつもりはないけどね。
やっとつまんない授業が終わって、家に帰った。
サロンでかえでさんにおやつは何か聞く。
今日は頂き物のチーズケーキらしい。早く手を洗っておやつにしよう。
自分の部屋で、明日の授業の準備をしていた時だ。
イヴが珍しく、自分から話しかけてきた。
「ライル様、アダムの具合はいかがですか。」
「あぁ、イヴ。それが、まだ意識が戻らないんだよ。
今は動物病院の方で入院してるんだけど、体はどこも悪くないんだ。」
「そうですか。」
「うん。」
その時、玄関のドアベルが鳴る。
父様かも?僕は走って玄関に行き、鍵を開けた。
「あ、石田刑事さん。」
「お、ぼうず、元気か?」
「はい。こんにちは。」
「今日は、お父さんと叔父さんに用事があって来たんだけれど、帰ってるか?」
「あ、まだです。今日退院で、今迎えに行ってるはずです。
よかったら、上がってチーズケーキ食べませんか?」
「悪いな。じゃ遠慮しないでもらおうかな。」
「どうぞ。」
僕はかえでさんにサロンにお茶とチーズケーキの追加と石田刑事を招き入れることを知らせた。
お茶とチーズケーキが運ばれてくる。
ケーキを食べながら、雑談というか、質問攻めにあう。
「ぼうず、今でも俺は信じられないんだけれどよ。あれは一体なんだったんだ?」
「ははは、言っても信じてもらえないですし、頭おかしいと思われても困るので自粛しますよ。」
「そう言わないで、教えてくれよ。あ、そういえば、北山先生を襲った犯人が指名手配になったぞ。」
「え、そうなんですか?早く捕まるといいですね。」
「あぁ、しかし、たかがスポーツ競技の代表の座が欲しいがために殺人未遂とは恐ろしい世の中だよな。」
「やっぱり、北山先生のライバルのマネージャーが犯人だったんですか?」
「おまえ、なんでそんな事知ってるんだ?」
「あぁ、北山先生がバロンを連れて帰るときに聞いたんです。」
「そうか…。」
「なんか、やせたメガネの顔色の悪い男でしたよね?」
バロンに触れた時の記憶がよみがえる。刃物を持っていた男の映像だ。
「え?やせたメガネ?」
「はい。」
「おまえ、どこでその情報知った?」
「え?あー、うーんと、どこでしたかね?」
あ、これは北山先生に聞いたんじゃなかったか…。
「ぼうず、おまえ、なんか秘密があるんだろ?」
「あ、いや。秘密って程じゃないです。言ってもわかってもらえないし。」
ガチャ。と音がして正面玄関の扉が開き、父様と徠人が帰って来た。
「ライル、いたら荷物を車から降ろしてきてくれるかい?」
「はーい。父様。」
よかった、逃げるチャンスだ。
車から二回ほど往復して積んであった荷物をホールまで運ぶ。
「父様、これで全部ですか?どこに置いておけばいいですか?」
「あぁ、それで全部だ。客間の隣の開いてる部屋を今日から徠人が使うから、そこに置いておいておくれ。」
「はい。父様。」
荷物を運び終えると、ちょうどエレベーターで二階まで移動した徠人の車いすを父様が押してきた。
「あっ。」
徠人は、髪は不揃いではあるが、腰まであるほど長く青みを帯びた漆黒の黒、まつ毛が長くすっきりとした目元、肌は陽に当たっっていないからか陶器のように白く、透き通るような色をしていた。
その容姿に目が釘付けになる。まるで男役の女性が演じる舞台の俳優みたいだ。
アダムが人間になってた時と似ているけど、ちょっと違う。父様とも少し違う。
そして、徠人と目があった。その時、なぜか僕の両目から信じられないくらいの量の涙が出た。
その徠人の瞳はアダムのそれだった。ということは、犬のアダムはもう目覚めないということだ。
僕はなんだか徠人に話しかける言葉を見つけられなかった。僕は徠人に背を向けて駆け出そうとした。
「おい、待て。」
低い声で徠人が話しかけてきた。いや、命令か?
「犬、悪かったな。」
「あ、うん。」
「あとで、あの犬連れてきてくれ。」
「え?」
僕は父様に石田刑事がサロンで二人を待っていることを伝えた。
そして、動物病院が終わる時間に母様に頼んでアダムをかごに入れ、家に連れ帰って来た。
もう一か月、チューブで栄養をとり、酸素吸入をされてかろうじて息をし、鼓動をしているアダムの
空っぽの体。
あの時の、徠人がそうだった。
このまま、魂がないまま衰弱して消える。多分そういうことだ。
サロンを通ったら、まだ石田刑事がいた。
「あの、連れてきましたけど。どうしたらいいですか?」
「このおっさんには見せていいのか?徠夢。」
「あぁ、うーん、どうだろうね。でも、多分知りたいんじゃないか?」
「そっか、じゃあ。はじめるか。」
徠人の膝の上にぐったりしたままのアダムの体を置いて、徠人の方へ顔を向けさせる。
目をつぶった数秒後、一気に目を見開く。
徠人の瞳が紫色に輝く、その瞬間、徠人の指先から1㎝程度の小さい白い発行体が現れた。
徠人はまだ十分に動かすことのできない腕をぎこちなく上げ、アダムの口に指を近づける。
その先のアダムの口に発行体が入って行く。
「え?」
「終わったぞ。」
「え?」
「だから、そいつのをそいつに返したんだよ。その管、外してもらえ。もう要らないから。」
「父様、あの…。」
「徠人はアダムは助かったって言いたいんだよ。」
「そうだ。ほら、犬。連れてけ。」
慌てて徠人の膝からアダムを抱き上げる。その時に徠人の手が僕に触れた。
徠人の目が紫の炎で包まれたように光と体全体が紫色に光る。
「うわっ。」
雷に打たれた様だった。徠人の過去の記憶や情報が流れ込んできた。
そして、紫の炎は初めて見たものだった。
石田刑事が驚きで瞬きを忘れ徠人の方を見る。
「警察のおっさん、事情聴取的なのは、明日にしてくれないか。今日は疲れたんだ。」
徠人は顔色一つ変えず、石田刑事にそう言った。
石田刑事は仕方ないと言い、出直してくると言って帰ってしまった。
アダムは翌日の朝、目を覚ました。
以前の記憶はあいまいで、僕のことは覚えているようだけど、もう僕のことをライル~なんて呼ばなくなった。
そして、人間の姿にはなれず、ずっと犬のままだった。
あの弟みたいにかわいかったアダムは結局のところ、アダムではなく徠人の化身だったと言うことだ。
「アダム、僕だよ。わかる?ライルだよ。」
「くぅん。」
「もう、お話もしてくれないの?」
「ごはん」
「そっか、お腹すいたか。」
「うぉん」
こんな感じだ。
その日は九月四日土曜日。
前日の夜に徠人が疲れたと言って部屋にこもり出てこなくなったので、今日歓迎会をやると父様に言われた。
正直に言って、アダムに入っていた時の徠人と人間の体に戻った徠人はなんだか違う。
僕は徠人が苦手だと感じていた。
外部からは特に呼ぶ人もいないので、昼食を兼ねて家でちょっと豪華に食事をするだけだと父様から聞いていた。
珍しく母様がかえでさんの手伝いをしている。
母様はまだ徠人に会っていないらしい。
食事の準備ができたところで、僕と母様が席に着いていると、かえでさんに呼ばれた
父様が徠人を車いすに乗せて連れてきた。
「みんな、徠人が来たよ。」
父様が声をかけるとみんな振り返った。
かえでさんは作業を止め、徠人へかけより跪く。
「あぁ、徠人様。こんな日が来るなんて、本当に会えてうれしいです。」
「かえで、そんな大げさなこと言わなくていいよ。」
うわっ、いきなりの上から発言。やっぱ嫌なやつだな、こいつ。
「はじめまして。徠人さん。徠夢の妻で杏子です。」
母様が顔を赤らめて挨拶をする。もしかして、この前の全裸事件を思い出してたりして。
「あぁ、よろしく。」
徠人はいたって冷淡な感じで返事をする。
僕は無言でスルーしようとした。だって僕の名前とか知ってるはずだし、今更言う必要ないよね。
「おい、お前。名前ぐらい言えよ。」
徠人が僕の方を睨みつけて、いきなりの超上からな発言。げっ。こいつ何様のつもりだよ。
「え、名前は知ってるだろ。ライル、朝霧ライル。」
頭にくる。腹が立つ。イライラする。僕まで口調が悪くなる。
「まぁまぁ、徠人もライルもそんなに緊張しないで。ね。」
父様。マジ天然やめて欲しい。空気読める大人になってほしい。
父様が仕切り直しの挨拶をした。
その後、食事を終え、僕と父様と徠人で地下書庫へ移動した。
父様が警察からの捜査の報告を僕たちに知らせるためだ。
それには、僕の知らなかった事実も含まれていた。
徠人が誘拐されたのは二十四年も前だったそうだ。
毎朝、父様が新聞を外に取りに行く役目をしていたが、その日は風邪で熱があったとかで、代わりに徠人がやったらしい。
その時、外で車に乗った三人組に誘拐された。
そこら辺は昨日、徠人の記憶が流れてきたときに知っていた。
ここからが、僕の知らない話だった。
あの、城跡の地下にあった空間は、元防空壕を改造して作っられたものだったらしい。
誰が作ったかは不明、どうも監禁用に作られた様で、個室は全部で4つあり、監視員が
駐在するような部屋が一つあったらしい。
徠人を救出する際に確保した白衣の男は、指紋から過去にも誘拐事件などで捜査の対象になっている男らしいが、身元の確認が取れておらず、しかも取り調べ中に謎の変死を
とげたそうだ。
男が持っていた携帯電話の履歴のどの電話番号も不通、契約者はすでに死んでいる別の人間の名義だったということだ。
白衣の男は身元不明のため、顔認証で類似した顔の犯罪者を調べたところ、国際手配されているヨーロッパで暗躍する宗教団体に関わる外国人が該当したという。
これについては、現在も調査中だということだ。
ここまでは、警察から報告があった内容だということ。
今のところ、それ以上の進展はないとのことだ。
そして、父様が気づいた違和感についてだ。
徠人は誘拐されたときに赤い自動車のおもちゃを持っていた。
それで、僕があの城跡の地下に転移したんだと想像がつく。
しかし、なぜその赤い自動車のおもちゃが家にあったのか。
誰か家の中に共犯者がいたのではないかという想像を否定できないと父様は言った。
確かにそうだ。勝手に自動車のおもちゃが家に戻るはずがない。
当時の誘拐事件の資料からは、身代金要求がされた後、金は指定された場所へ運ぶ途中に強奪され、金を運んだ朝霧家の従者が一時重体になるほどの怪我を負ったらしい。
強奪された金は三億円。金も徠人も戻らなかったということのようだ。
当時五才だった父様は、徠人が誘拐されたことをしばらく知らなかったらしい。
父様はそこで徠人に質問をする。
「徠人は何か覚えていることはあるかい?」
「あぁ、そうだな。新聞は取りに行ったな。そうしたら袋をかぶせられて真っ暗だったかな。
次に、袋から出たら、なんか薬品を嗅がされてそれっきりだ。何も知らんし、覚えてない。」
「そうか。ライル、おまえが最初にあの地下に行った時に見た男とこの前の白衣の男は同じだと思うかい?」
「父様、確実ではありませんが、違うと思います。最初に見たと言っても顔を見たわけではありませんが、その男は確保された男とは声が違いました。どちらも電話をかけていたので声は聞いています。」
「そうだね。二十年以上経っているのだから、同じ人間でない可能性もあるだろうね。」
「父様、基本的な疑問なのですが、身代金を奪われ、誘拐された本人が戻らないという場合に、なぜ、わざわざあのような施設を使い、医療機器まで導入して生かしておいたのでしょう。」
「生かしておいたとか、おまえ、ずいぶん結構はっきりモノ言うな。」
徠人に睨まれた。怖すぎる。
「ライル、僕も実はそれは考えていたんだよ。もしかしたら、何か他に理由があって誘拐したのかという可能性もあるよね。」
「五歳くらいのガキ誘拐して、何のために薬で眠らせてずっと隠す必要があるんだよ。全く、意味不明だろ。」
徠人って狂暴な性格してそうだ。父様の子供でよかった。性格が違いすぎる。
そんな時だ。かえでさんが地下書庫の内線に電話で来客を知らせてきた。
昨日、途中で帰ってもらった石田刑事だ。
「ちっ、本当に来たのか、あのおっさん。」
徠人が悪態をつく。
父様がかえでさんに石田刑事を地下書庫に案内するよう伝える。
「父様、ここへ刑事さんを入れるのですか?」
「ライル。どうしたんだい、何か問題でもあるのかい?」
「いや、何というかそのプライベートを見られるようで、ちょっと嫌かなと思ったもので。」
「ごめんよ。さっきの話もそうだけれど、杏子とかえでさんには聞かれたくないんだよ。」
「そうですか。」
そこへかえでさんが石田刑事を伴ってやってきた。
「石田さん、昨日はすみませんでした。何回も来ていただいて申し訳ありません。」
父様がそういうと、石田刑事は自分の方こそ約束せずに押しかけたことを詫びた。
「ところで、私たちにどんな御用ですか。ライルがいない方がいいですか?」
「あ、いやいや。いてもらった方が都合がいいかな。」
「それで、何かご質問ですか?」
「質問はいっぱいあるんだけどよ。まず、最初はあの城跡の施設のことをどうして知ったか、後で教えるって話だったと思うんだけどな。聞いていいかな?」
父様は少し困った顔をしたが、石田刑事に向き直って言った。
「石田さん、この前も実際にお見せしたので、少しは気づいているかと思いますが、僕たちには普通の人にはない不思議な能力があります。それは、科学的に実証したりすることはまず難しいと思いますが、実際に存在しています。」
「まぁ、見たって言えば見たけどな。俺は、何が起きたかは実はよくわかってないんだ。
それを説明して欲しいという訳だな。」
石田刑事は穏やかに切り出した。
父様は無言で首肯し、僕を側に呼んだ。
「石田さん、僕の弟の徠人はあの地下の施設で、植物状態にありました。およそ二十四年の間ずっとです。その場所を知るきっかけはこの箱の中の物です。」
父様はそう言ってあの一つだけ色の違う収納ボックスを持ってきた。
箱を開け、ビニール袋に入った赤い自動車のおもちゃを石田刑事に見せる。
「それが、どうしたって言うんだい?」
石田刑事は的を射ない風で聞いた。
「ライルは、物質から、持ち主あるいはそれに関わる人間が生命の窮地に立っているところに転移してしまうという能力を持っています。」
「は?悪いんだけどよ。もうちっとわかりやすい言葉で言ってくれないかな?」
「そうですね。例えば、今回ライルがその能力を発したのは徠人に関することが最初ではありません。」
「ん?どういうことかな?」
父様は北山先生の犬についていた血液が原因でライルが北山先生の中に転移し、致命傷を癒し、警察に電話をかけたことを話した。
「おいおい、それはよくできた話だとは思うけどな。誰も信じることはないだろうよ。」
「ライル、先生の体に転移した時の詳細を石田さんに教えてあげなさい。」
「父様、でも…。」
「いいんだよ、ライル。一人くらい家族以外でこのことを知っていてくれる人がいた方が今後の僕たちの安全にもつながっていくんだから。」
「はい。」
僕は、あの時のことを説明した。
犬のバロンに触れたとき、襲ってきた男の容姿を見たこと、刃物を持っていて北山先生の脇腹に刺さったこと、それは犬の持っている記憶だと思われること。
そして、北山先生の血に触れたら、北山先生本人がいる場所に、しかも北山先生の中に自分が入っていたこと。
後ろ手に拘束され、手が使えなかったが、どうにか鏡の破片を手に入れ、右手だけ拘束を解き、携帯電話で緊急連絡先にアクセスできたこと。
その時、北山先生の右下腹部の傷には肝臓に致命傷があり、出血がひどかったためライルの能力を使い、傷を修復したこと。外部の傷は証拠のため、わざと修復しなかったこと。
北山先生が拘束されていた廃屋のホテル名は散乱していたチラシを見て通報したことなど。
「信じてもらえないと思います。頭がおかしいと思われても仕方ないような、変な話ですから。」
僕がそう言うと、意外にも石田刑事から他の質問をされた。
「なぁ、ぼうず。北山先生を襲ってきた男ってのは、どんな男だったか北山先生に聞いたのか?」
「あ、いえ。実はバロンの記憶でやせたメガネの顔色の悪い男が北山先生の背後から近づいて、振り返った先生にナイフを刺すのを見たんです。」
「その男はこいつか?」
石田刑事が1枚の写真を見せる。
「はい。そうです。」
「だが、ぼうずがなぜこれを知りえたかが結局説明ついてねぇんだよな。」
僕は父様の方を向いた。
「父様、石田刑事に僕の記憶の一部を与えてもいいでしょうか?」
「んー、どうだろうね。石田さんがいいと言えばいいけど。どうですかね、石田さん」
「あ、あぁ健康に害がなければ別に問題いと…ゴホン。」
「はい、では遠慮なく。ちょっと手を触りますね。」
僕は石田刑事の手に手を乗せた。僕の手が触れたところが淡く金色に光る。
石田刑事の記憶や情報が僕に流れ込む、そして僕も彼に与えたい記憶と情報を彼の中に流し込んだ。
「な、なんだこれは…。」
彼の顔に一瞬恐怖の色が浮かび、再び平静を保つ。
「どうでしょう。うまく伝わっていればいいのですが、僕の体験したことをそのまま僕の目線で覗いたという感じでしょうか。」
「ちょっと五分ほど待っててくれるか?」
石田刑事はそう言うとエントランスのあるフロアまで行ってしまった。
しばらくすると、石田刑事が戻ってきてライルの方に手を置く。
「ぼうず、ライルだったか、この件については、俺はおまえさんを信じるよ。
実はな、北山先生の拉致には目撃情報があるんだが、公表はしていない。
ただ、北山先生本人がスポーツで競ってる選手のマネージャーだったと言っているため、そいつを指名手配したんだ。ところが、そいつは目撃情報の人物とは全く一致するところがない容姿をしていてな。真偽を精査せねばいけないところだったんだよ。」
「すみません、石田さん。ちょっと意味がわからないんですけど。」
「あぁ、犯人は別にいたってことさ。さっき身柄を確保した。」
「えぇ?誰だったんですか?」
「本当は言えないんだが、北山先生の元カレとだけ言っておくよ。」
「元カレ?あのしょぼいメガネが?」
石田刑事はガハハと笑いながら、人間には少しくらいの黒歴史があるもんだと言った。
さて、北山先生の件は信じてもらえたとして、その話よりも徠人の監禁事件の話だ。
「それでだな、どうして叔父さんの居場所がわかったか?って言う話なんだけどな…。」
「はい、この赤い自動車のおもちゃに、ここで触ったらあの場所の、多分過去、彼が誘拐されたばかりの場所へ転移したんです。この前、アダムの、僕の犬の首輪に触れた時の様に。体が金色の粒子になって、なぜか、その物体が知っている持ち主の命の危機の場所へ。」
僕は慎重にその時見たことを話した。
僕はベッドの下に隠れたが、男と女が白衣を着ており、誘拐した子供に麻酔薬を投与しすぎて生命の危機に陥っていた。
その男女が延命活動をしていたが、結局は植物状態となってしまったことを見届けた。
現地で手にしていたおもちゃを手放すと現在のその場所に戻ることが分かっていたため城跡に出たことで、場所が判明したこと。
たまたまあの地下から電話をかけるために出てきた男が、二十年以上植物状態と言ったことであの子供がそこにいるのではないかと思ったこと。そして父様に相談し、父様が石田刑事に協力をお願いして助けることが出来たこと、それを一つ一つ説明したのだ。
「その後から出てきた男は、拘束したやつだろう?」
「はい。そうです。」
「電話で何と言っていたんだ?」
「もう数時間しか持たない。二十年以上植物状態でよく持った。相手の事は「せんせい」と呼んでいました。。」
気付いたのは、それくらいか。
「うーん。なかなかドラマチックな話だけどな、結局は証拠がないだろ。」
僕は父様の方を向いた。
「父様、この件も石田刑事に僕の記憶の一部を与えてもいいでしょうか?」
「石田さん、どうされますか?」
「あ、あぁ頼む。」
「はい、ではまた手を触りますね。」
僕は石田刑事の手に手を乗せ僕の彼に与えたい記憶と情報を彼の中に流し込んだ。
「う、うわっ、なんだこれは…。」
石田刑事は顔色が悪くなり、うなだれている。
「刑事さん、大丈夫ですか?」
「こんなこと、どうやって信じたらいいって言うんだ。」
まぁ、当然の反応である。
「石田さん、そう思われるのが普通の反応だと思います。別に信じていただかなくても僕たちには問題ありません。ただ、ライルのこの能力のおかげで少なくとも北山先生と
徠人は助かったと僕は思っていますよ。」
そう言って父様は僕の頭をなでてくれた。
「それに…これらの能力は下手をすると僕らの命を脅かすことになりかねない。
悪用しようとする人間が現れるかもしれないですからね。」
石田刑事はその後、北山先生の捜査に進展があったと言って帰って行った。