319. 回復を待つ時間
僕は、自分の世界に戻るなり、別の世界のアンジェラと瑠璃を連れて、空いている客間へ言った。
その部屋は大きなベッドが二つあるツインルームだ。アンジェラが親戚の滞在用に用意した部屋だ。
「JC、しばらくこの部屋を使え。」
僕はそう言うと、僕のアンジェラのところに転移した。
アンジェラは書斎で仕事中だった。
「ライル、帰ったのか?」
「アンジェラ、あっちのアンジェラとJCを連れてきた。しばらくこちらで面倒をみていいか?」
「いいが、どうしてだ?」
「穴に落とされて、かなりの怪我をしているんだ。輸血した方がいい。アンジェラとアンドレから少しずつ頼めるかな?」
「もちろんだ。アンドレには言っておくから、未徠を連れてこい。もう日本は夜だから仕事も終わっているだろう。」
「わかった。ちょっと行ってくる。」
僕は日本の朝霧邸に転移し、祖父母に事情を説明した。
祖母を置いてくるのは病み上がりで不安だったため、二人を連れ、輸血に使う器具を持ち、すぐに戻ってきたのだ。
祖父、未徠は客間のベッドに寝かされたあっちの世界のアンジェラを見て少し動揺した。
「話には聞いていたが、別の世界があって、アンジェラがそこにもいるとは…。
ライル、すごい血がついているようだが、どこをそう治したんだ。」
「頭が割れてた、そこから出血してたのと、あと大腿骨骨折。どっちも治したけど、出血が多かったみたいでまだ意識は一度も戻ってない。多分、怪我を負ってから四日経ってる。」
「そうか、アンジェラとアンドレを呼んでくれ。」
未徠に言われてすぐに二人を連れてきた。
念のため血液型はチェックする。世界が違えば何か変わっているかもしれない…。
血液型は同じ、輸血に問題はない。
二人から輸血を行い、しばらく様子を見ることにした。
その後も引き続き点滴を切らさないようにしなければならない。
未徠夫婦も別の客間に滞在して日本時間の月曜の朝までであれば対応してくれることになった。
アンジェラが未徠に礼を言っていた。
「未徠、悪いな。亜希子さんが大変な時に…。」
「イヤ、そんなことはない。ライルに聞いたよ。別の世界での出来事が先にわかっていたからこっちで素早い対応ができたって。」
「まぁ、そうなんだが…。」
「大丈夫だ、私たちは逆に手助けができてうれしいよ。」
そんな会話を聞きつつ瑠璃はぐずぐずと泣きっぱなしだった。
「お嬢さん…もう大丈夫だから泣くのはやめて、今できることをやりなさい。」
未徠がそう言うと、瑠璃はようやく顔を上げた。
「おい、JC。お前のアンジェラの血の付いた服を取り換えてやれ。」
そう言ってこっちのアンジェラのぱじゃまと下着を渡した。
しかし、瑠璃は超赤面して、後ずさった。
「そ、そんな下着を替えるって…わたしが?」
え?もしかして…そこはまだ見たことが無い世界???
そうか…そうだったな、まだ中二じゃ、いくら婚約していても手を出してたら逆にアウトだ。その点は少し安堵しつつ、僕がやってあげることにした。
服と下着を触って、それだけ別の場所に転移させれば脱がせるのは簡単だ。
着せるのは仕方がないが…。点滴の容器などは通すときにはリリィが子供の時に使っていた能力が面白いくらい役に立つ。触った部分が数秒だけ消えるのだ。人体には使えないが、衣類には使えた。
そうこうしているうちに夕方になった。
リリアナはお腹が大きすぎて最近家事は一切やっていない。
キッチンにはお手伝いさんとアンジェラで夕飯の準備をしていた。
今日はいつもより人数が多いから、準備も大変そうだ。
普段は全然手伝わないけど、僕もお皿を出すくらいは手伝う。
どうやら、マリアンジェラが捕まえた『お口がビリビリ』のサメがフライになって登場するらしい。
その他には、お手伝いさんが作ってくれるいつもの定番料理が並んだ。
パエリアに、カルパッチョに、ポテトのグリルなどなど…。
大皿がいくつも並んで、好きなだけ取って食べるスタイルだ。
夕食の準備が終わったらしく、アンドレが子供達を連れ、未徠達にも声をかけてダイニングに集まってきた。
あっちのアンジェラはまだ意識は戻っていないが、未来が言うには血圧も正常になってきたので、そっとしておいた方がいいという。
そう言うことで、瑠璃も夕食のテーブルについた。
そこで、いきなりハプニング…。
ダイニングテーブルの脇に、ライルがもう一人現れたのだ。
未徠と亜希子は大慌てだった。出てきたライルはキョトンとしたまま、挨拶をした。
「お爺様、お婆様、どうしてここでご飯を食べているんです?あ、僕、リリィです。」
ライルの姿からリリィに変わり、手を洗って席に着く。
「リリィ、学校はまだ終わってないだろ?」
アンジェラが言うと、リリィが答えた。
「あ、うん。昼休みなの。体は封印の間に置いてあるんだけど、エネルギーが足りなくて
結構限界で…。この後午後の授業とスポーツかと思うと一回帰っとこうかなって。」
ライルが笑いを堪えながら突っ込みを入れる。
「な、結構疲れるだろ?」
「うん、何が疲れるって…『ライル様~、ライル様~』って束でついてくるのを振り切るのが大変。」
そこで、みんな大爆笑。ライルは苦笑いだ。
「仕方ないだろ…、こればっかりは…。」
すかさず未徠が質問をする。
「日本では目立つのはわかるが、アメリカなら金髪や碧い目なんかは珍しくないだろう?」
「そうだと思うんだけどね、ライル信者みたいのがゴロゴロいるわけよ。」
答えたのは、リリィだった。そして続ける。
「あそこまで、のめり込むのはさすがに変態っぽい。特に数名の男、やばいよね。
やっぱアメリカってゲイが多いのかな?」
ライルは、さすがに笑いが止まらず、ぷっと吹き出して言った。
「え?リリィ、誰かに言い寄られたのか?」
「言い寄られたってほどじゃないと思うけど、君の髪を触らせてくれとか、横に座ってるやつが徐々に近づいてくるとか、廊下を歩いていたら後ろに列ができてたりとか、キモかったよ。」
高校の授業を受けることになり、周りの人間が変わったせいかもしれない。
後で、融合して情報を共有してもらうことにした。
リリィはおいしそうにもぐもぐパエリアとカルパッチョを食べ、サメのフライに感動しつつ30分ほどでライルに変化し戻って行った。
瑠璃がいる事にはあえて触れずに戻って行ったリリィだったが、ライルはすぐにメールで事情を説明した。あっちのアンジェラが重傷だったからこっちに連れてきたことと未徠達に対応を頼んでいる事をだ。
それを見て、どうにか無事でよかったと思うリリィだった。




