316. あっちの世界のアンジェラ行方不明になる
散策から家に戻り、学校に行く前の一時間ほど、僕はエネルギーを蓄えるためにサンルームのグランドピアノを弾くことにした。
いつの間にか、アンジェラとリリィ、ミケーレ、マリアンジェラがサンルームから見えるアトリエのソファで僕の弾くピアノを聴いていたようだ。
ミケーレはとてもピアノに興味があるようだ。
もう少し大きくなったらピアノも絵画も習いたいと言っている。
ミケーレはアンジェラに似て芸術的なセンスがいいと思う。
ピアノを弾き終えてボーッと外を見ていたら、アンジェラが近づいてきた。
「ライル、また仕事のオファーが来ているんだが、どうする?」
「どんなオファー?」
「CD出さないか?歌で。」
「えー、僕は歌は歌えないよ…。」
「そうかな…。このルックスで、その甘い声だったら間違いなく売れると思うんだが…。」
「またまた…そういうのは要らない。」
アンジェラは残念そうにしていたけど、歌は聴く方に回りたい。
「そう言えば、アンジェラは最近ライブとかやっていないね。」
「あぁ、事故や襲撃が多かったからな、やめているんだよ。それに、世界的なアーティストともてはやされても、しょせん年をとれば飽きられるのさ。」
「実際は年取ってなくても、年取った設定にしなきゃならないしね。」
「そうだな。」
「なんか、アンジェラの歌が聴けなくなるのは残念だよ。すごく素敵だから…。」
「そうか?」
「うん。」
「ライルにそう言われるとうれしいな…。客を入れないでストリーミングだけって言うのもありかもな…。」
なんだか皆が穏やかに過ごしている、とてもいい時間だ。
「そう言えば、マリー本当にサメに噛まれて大丈夫だったの?」
ライルがマリアンジェラにいきなり質問をする。
「ほえ?どこも痛くないよ。痛かったのはサメくんのお口の方だよ。
でも、お洋服がビリビリになったから、こういう方法でお魚は獲っちゃだめってママに叱られたの…。」
これは、漁の手法?だったのか…。恐るべし、無敵の女…。
そんな話をしている時、急にリリィの様子がおかしくなった。
そわそわして、落ち着かない…。
「どうしたリリィ…。」
アンジェラがリリィに声をかける。リリィは、何も言わずにフラッと寝室の方へ歩いて行った。気になって、少し後から追いかけた。
「ちょっと、僕、見てくるよ。」
アンジェラにそう言ってリリィの動向を見守る。リリィは寝室のクローゼットを抜け、倉庫の方へ…。そこには、この前、もう来るなと言ったはずの瑠璃の姿があった。
リリィが床にへなへなと座り込み、JC瑠璃も少し離れた場所で同じように座り込んでいる。
「おい、またどうして来たんだ、JC。」
ライルは思わずそう言った。瑠璃は流れる涙を押さえようともせず言った。
「アンジェラが消えたの。」
「はぁ?」
仕方ないので、瑠璃をアトリエに連れて行った。
こっちのリリィは具合が悪くなってベッドで寝ている。
アンジェラも含め、瑠璃の話を聞くことになった。
「うぇっ、ふぇっ、あ、あのねっ。あ、アンジェラがねっ、あの、絵本のねっ、あった場所をっ、うっ、えっ、うぇ…。」
「お前、聞き取りにくいから泣くのやめろよ。」
ライル、キツイよ、その言葉…。マリアンジェラの心の声である。
少し落ち着かせて、アンジェラが紅茶を淹れて、瑠璃に渡す。
少し飲んで落ち着いたところで、話し始めた。
彼女の話はこうだ。この前ライルに助けてもらい、留美の状態も問題なく、徠夢も一週間ほどで退院した。その後、アンジェラはライルと約束した絵本の出どころを調べ始めたと言う。
最初は、記憶を頼りに、その絵本は元々アンジェラの兄であるライディーンが、ドイツの古本屋で見つけて、アンジェラが所有するお城と同じ名前のお城の伝説って面白いな…というところから購入して、アンジェラにプレゼントしたという経緯がわかった。
ただし、それはかなり昔の話らしい。その古本屋の場所を探してドイツに向かい、三日目に古本屋が見つかったとメッセージが来た後、電話をかけてもメッセージを送っても連絡が取れず、宿泊していたホテルにもその最後に連絡が来た日を最後に戻っていないという。
あちらの世界のアントニオさん経由で、警察に失踪人届けを出してもらったが、なかなか捜査は進展していないそうだ。
失踪してから四日経ち、不安でいたたまれなくなって、助けてほしくてまたこっちに来たと言うことらしい。
瑠璃の話の中で、わかったことがいくつかあった。
その古本屋はドイツのユートレア城の近くにあるらしい。
そして、あっちの世界ではユートレア城は荒れ果てた廃墟と化している城だと言うこともわかった。
「お前、なんで手入れしないんだよ。」
「だって、私、自分の部屋とアンジェラの家しか転移出来ないの。
どうしたって手入れなんて無理よ。だいたいお城を譲り受けた時にはすでに結構荒れ果てていたらしくて手を付ける気にもならなかったって言ってたわよ。」
ドイツには普通に飛行機で移動しているらしく、年に2、3回行けば多い方らしい。
考えてみれば、アンドレがとっくに死んでしまっている世界だ。
アンドレのための城を大切に保存しておく後継者もいなかったのだろう。
うちのアンジェラは常に冷静だ。
「ライル、お前、あっちの世界に行って、あっちのアンジェラのいる場所に転移ってできるのか?」
「あ、うん。多分大丈夫。この前触ったり話したりしたから、追えると思うけど。」
「瑠璃、本当だったらうちのライルをそっちに行かせて、ライルを危険な目に遭わせるのは論外だ。とてもじゃないが許可できない。」
「そうだよね、無理なお願いだっていうのはわかってるけど、このまま放っておいたら本当に私のアンジェラが死んじゃったりしちゃうかも…。ぐすっ。」
「アンジェラ、僕が絵本の出どころを調べてくれって言ったんだ。だから、探して来るよ。やっぱり三日経って戻らなかったらリリィをあっちに送って、僕を無理やりにでも呼び出すように言ってくれる?」
「ライル、無理やり呼び出す?」
「あ、うん。言葉で説明するのは少し難しいけど。僕とリリィは魂が繋がってるんだ。
別の世界にいる時はそれが感じられないから世界が違う場合は隔たりがその繋がりを邪魔してると思うけど、同じ世界にいる時は、強制的にお互いを自分の場所に呼び戻すことが可能だと思う。」
ライルは「こんな感じ」と言ってやってみせた。
ソファに座るライルの膝の上にキラキラが発生し、膝の上にちょこんと座るリリィが現れた。
「ん?え?何これ…。なぜ私はライルの膝の上に???」
アンジェラがしかめっ面で、リリィを回収し、自分の膝の上に乗せなおす。
「???」
リリィはまだよくわからない様子で、首を傾げているが、とりあえず具合の悪いのは治ったようだ。
「リリィ、具合はどうだ?」
アンジェラが聞くと、「どうしてかわからないけど、すごい不安になって頭がくらくらした。」と言う。
ライルが、あっちの瑠璃の感情に引きずられたんだろうと説明した。
結局、あっちの世界に助けに行くことになるが、今日はまだ水曜日だ。学校がある。
「あ、じゃあ私がライルになってとりあえず学校に行っておけばいい?」
昨夜も融合しているので、記憶や行動パターンなど全て把握しており、姿を変えればライルとして活動は可能だ。あくまでも中身はリリィなので、おっちょこちょいではあるが…。
「そうだな…、その方がいいかもしれないな。リリィは危ないところに行かない方がいい。アンジェラも心配だろうし。」
「ライル、今、それ言う前におっちょこちょいだからって思ったでしょ…。ひどい。」
「はは、そんなことないよ…。というわけで、そろそろ学校に行かないといけない時間だから頼むよ。」
リリィが頷いて、寝室に戻りクローゼットの中で今日の服を出してから変化して着替えてきた。
「う、うわっ。ライルが二人になった。」
瑠璃が目をまん丸に見開いて驚いている。
「体、封印の間に置いてから学校に行くね。何かあったら嫌だから。」
「あぁ、そうした方がいい。」
ライルとライル(リリィ)はガシッとハグして、ライル(リリィ)がキラキラになり転移して消えた。
「やっぱり、こっちの世界の人たちすごい…。」
瑠璃は感心して呟いた。
「同じことできるはずだろ。それより、早く行って終わらせよう。」
ライルが言うと瑠璃も立ち上がって首肯した。
「ライル、無理はするなよ。」
「わかってる。じゃ、行ってくるよ。」
そう言って、ライルと瑠璃はまたもう一つの世界の方へ向かったのである。




