313. 報告&失恋?
深い眠りの中で、昨日体験したことがフラッシュバックのように脳内に再現される。
徠夢の髪を触ったとき、急に湖の底近くに沈んだ徠夢が目の前に現れた時には、自分の本当の親ではないと頭の中ではわかっていても、正直、心のダメージが大きかった。
このまま死なせてはいけないと強く思った。
僕の上位覚醒はこう言ったことに対応できるように発現したのかもしれない。
もし、生身の体であれば、自分も溺れてしまったのかもしれない。
体から離れて行動しているときは実際に呼吸をする必要もないからだ。いわば、エネルギーの集合体となって具現化している存在だからだ。
向こうの世界の徠夢は意識を取り戻しただろうか。
それにしても、向こうの世界の徠夢はずいぶんと老けていたな…。
あっちのアンジェラは見た目はほぼ同じだが、どうしてあんなに服装のセンスが悪いのだろう。そして頼りない感じがする。
僕のアンジェラは、王様だ。
いつも毅然として、テキパキとなんでもそつなくやってのける。
僕の自慢の夫…そして、僕はあんな大人の男になりたい。
ん…夫とか言いながら男になりたいとか…さすがは夢だ、思考がぐちゃぐちゃだ。
そんな時、頭をぐしゃぐしゃとされた。
「ん?何すんの…。」
「ライル、おまえ、また全裸でベッドのど真ん中に出てるぞ。」
「え?う、うわ~。」
あわてて自分の部屋に転移で戻り下着とパジャマを着た。
おかしいなぁ、融合した時には服着てたのに…。
まぁ、十分に寝た。頭もすっきり、昨日あったことを早くアンジェラに報告したい。
ダイニングに行くと、もう朝食の準備ができており、さっきの珍事でリリィも目が覚めたらしく、あくびをしながら入ってきた。
「おはよ~。」
「あ、うん。おはよ~。」
「すごかったね、あっちの世界の拉致事件。」
「あ、そっか記憶見えたんだな。」
「うん、融合時に全部入ってきた。あれってさ、こっちの世界にも起きる可能性ありそうだね。」
そこにアンジェラが入ってきた。
「パンツ履いたか?」
「う。履いたよ。寝る前にも履いてたはずなんだけど…。」
アンジェラがニヤニヤしてこっちを見る。なんだか楽しそうだ。くそぉ。
「じゃ、報告を頼むよ。」
真面目な顔に戻ったアンジェラに促され、僕はもう一つの世界で起きた拉致事件を説明した。
リリィが考えた通り、犯人はあの『元同僚のやせ眼鏡の男』だったこと。そして、徠夢は鈍器で襲われ意識のない状態で背後から刃物で刺され、そのまま湖のど真ん中に捨てられ心肺停止だったこと。僕は徠夢に直接接触したことはないので、イメージしただけでは転移できず、ヘアブラシの髪の毛を触って湖の底に転移したことを話した。
「どうせなら、鈍器で殴られるところにでも出た方が良かったんだけどね。こっちの世界でアンジェラが命の危機にある時は過去、現在問わず、関連している事柄がトリガーになって転移するけど、あちらではそうはならなかったようだよ。」
「え、その時があっちの父様のピンチだったんじゃないの?」
「いや、あれは、髪を触った時間と同時の湖の底だった。1分遅かったらアウトだった。
というか、あの時点でもほぼアウトだったと思う。息を吹き返したからよかったものの、心肺停止に加え、刺し傷に硬膜下血腫…。最悪だった。」
「うわっ、私だったら動揺してパニクッてたかも…。」
「僕だって、危なかったよ。そうそう、さっきリリィも言っていたけど、同じようなことがこっちでも起きそうな嫌な予感がするな。父様に言って、あの犯人が今どうなっているのか、もし出所していたら、警察に依頼して警護してもらった方がいいと思うんだ。」
「そうだね。」
アンジェラはその場で徠夢に電話をかけ始めた。日本だとちょうどお昼休みの時間帯だ。
内容を伝え、もし留美が体調を崩しても救急車を呼ぶときはライルに連絡を取り、同伴させるように言った。『まさか、同じことは起きないだろう』と徠夢は笑い飛ばしたが、念には念を入れるべきとアンジェラがその言葉を一蹴する。
あと、未徠の妻、亜希子がもし脳梗塞で倒れても、ライルをすぐに呼ぶようにと付け加えた。
そんな大人の会話を横目でチラチラと見ながら聞いていたマリアンジェラが、最後に質問をした。
「ねぇ、ライルは向こうの世界のおじいちゃんとキスしたってこと?」
「マ、マリー人工呼吸は口と口でやるけど、キスとは違うよ。空気を入れるんだ。」
「ふぅん。でも口と口をくっつけたんなら、浮気じゃないの?」
「ちょ、ちょっと待って、僕が誰に対して浮気だっていうんだよ。」
「わたしに決まってるじゃない。」
「「「え?」」」
みんなで大爆笑。ライルはマリアンジェラにとっては、親ではなく恋人として認識されていたようだ。
「マリー、親とは結婚出来ないし、恋人にもなれないんだよ。」
アンジェラが言うと、マリアンジェラは力説する。
「マリーの親は、パパとママだもん。ライルは違うでしょ。」
「でもね、伯父さんも結婚できないの。ライルはマリーの伯父さんなの。」
リリィが言うと、マリアンジェラの両目から大粒の涙があふれ出た…。
「そんなのいやだ~。」
撮影のために恋人役をやらせたことで、マリアンジェラは恋心を抱いていたのだ…。
大きくなったらお父さんと結婚する~的なものだと思い、とりあえずはそのことに触れないよう気を配る家族であった。
度々ライルがベッドで寝ていると間に入り込んできていたのはそう言うことだったのか…と納得したのだった。
『マセすぎだろ二歳児…。』これはアンジェラの心の声である。




