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31. 最後の望み

 僕は暗闇の中で意識を取り戻した。

 能力をさほど使っていないので、意識がなかったわけではない様だ。

 ここはどこだろう?外の様だ。真っ暗でまだ目が慣れない。

 少し離れたところに一本だけ大きな木が生えていた。

 僕はその木の所まで移動し、木の根元に腰を下ろした。

 さっきのは、きっと二十年ほど前の徠人だったのだろう。

 何者かに誘拐され、さっきの場所に監禁され、薬物で意識を奪われ意識のない状態で閉じ込められていたのだろう。

 僕は命の輝きを失ったさっき見たばかりの徠人の瞳を思い出し涙があふれてきた。

 なぜ、誰が、あんな所にあんな小さい子を閉じ込めて、何をしようとしていたのか。


 その時だ、その場所で意外なものを見ることになる。

 十メートルほど離れたところだろうか、地面から突き出た石の様な物が、横に倒れ、その下に縦穴の様なものが見えたのだ。

 内部から漏れる光で中から繋がっている階段がうっすらと確認できる。

 その中から、白衣を着た男が出てきた。

 男は携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

「あ、もしもし。先生。もう、あと何時間持つかわからない状態です。

 はい、はい。それはもう色々と試しましたが、何も効果は出ませんでした。

 もう、二十年も植物状態なんですから、勘弁してくださいよ。あとは、自然に心停止するまでこっちで確認します。はい、はい。

 じゃあ、またその時はご指示仰ぎますんで、お願いします。」

 男は電話を切った後、また縦穴の中へ入って行った。

 どうやら、地下では携帯が繋がらず、外に出てきたようだ。


 僕はその石の側に近づいてみた。

 それは、城跡にあった謎の石碑だった。ここは、城跡だ。

 二十年植物状態、もう何時間も持たない…。

 僕はその言葉を頭で繰り返した後、一心不乱に家へと走った。

 もし、さっきの電話での会話が今現在起きていることだとしたら、徠人はまだ、さっきの穴の中にいる。

 まだ、肉体はそこにあるかもしれない。

 早く父様に知らせなければ…。

 靴は履いていなかった。家の中から転移した時のままだ。

 石や段差が痛い。この前の緑次郎の時も長い道のりだったが今日もまた、とてつもなく長く感じる。


 そして、家に着いた。

 セキュリティを自分で解除し、裏庭からサロンへ抜け、家の中に入るところで靴下を脱いだ。

 二階の自分の部屋へ急いだ。

「父様!」

「ライル!なんて馬鹿な事をするんだ。」

 父様は泣いていた。子供みたいに。


 僕は悲しんでいる暇などないこと、さっき見た全てを伝えた。

 子供の徠人が誘拐された後、麻酔薬かなにかで眠らされ監禁されていたこと。

 その薬物の過剰摂取により植物状態になってしまったと思われること。

 自分は植物状態になる直前の徠人の所へ転移したこと。

 そして、外から鍵をかけられた部屋に白衣の男女が入ってきて蘇生を試みたこと。

 自動車のおもちゃを手放した後は、城跡の木の側に出たこと。

 石碑が地下への通路になっていること、男が携帯電話で何者かに二十年も植物状態の誰かが、もうあと何時間も持たないと言っていたこと。

 そして、僕は、それが徠人だと思うということ。


 父様は見開いた目を悲しみ色に染め、そして立ち上がった。

 スマホを取り出し、警察に電話をかける。

 しかし、警察はすぐに来てくれるかわからない。

 あと、数時間しか持たないかもしれないのだ。

 父様は一度自分の部屋に戻り、名刺を持ってきてそこに書かれている携帯の番号に電話をかけ始めた。

 それは、石田刑事だった。この前、北山先生の事件でうちに訪ねてきた人だ。

 父様は石田刑事に行方不明の弟の所在を確認できるかもしれないので同行をお願いしたいと頼んだのだ。

 とにかく時間がないと、今すぐ誰かが一緒に来てほしい。

 相手は武装しているかもしれないのだ。


 石田刑事はたまたま休みで、ここまで5分で来られるという。

 母様には事情は言わず、アダムを見ていてもらった。

 僕たちは石田刑事を家の前で待ち、石田刑事の車に乗って城跡に向かった。

 後からすぐ応援が来るという。


 僕はさっき見た石碑の入り口を開けようと、石碑を倒した。

 動かない。そういえば、外から開けるところは見ていない。

 父様にそのことを言うとスマホのライトで石碑を照らし、細かくチェックし始めた。

 石田刑事もいっしょに探す。

 その石碑には羽根のマークが刻まれており、真ん中に赤い石がはめ込まれている。

 よく見ると、その石の周りだけ汚れなどが付いていない。

 人が触るから、土などの汚れが取れているのか。

「父様、この石押してみます。」

 小声で言ってから石を押す。

 カチッとロックが外れたような音がした。

 もう一度石を倒してみる。動いた。ハッチの蓋にハリボテの石がくっついている

 様な構造だ。

 中の構造はわからない。外から鍵のかかる部屋に徠人がいたのは知っているが…。

 それは石田刑事にも伝えた。詳しいことは後で説明すると約束し、三人で中に入る。


 地下に入ると、内部は明るく、全て防音の素材で壁が作られていた。

 真ん中の廊下の左右にいくつかの部屋があり、その部屋の入り口には外からカンヌキのような鍵がついている。

「おい、ぼうず、おまえ入り口を見張ってろ。誰か来たら大声で叫べ、いいな。」

「はい。」

「朝霧さん、あんた俺がドア開けたら中確認してくれ。何もなかったら何も言うな。

 何かあったら、ここだと言え、いいな。」

「はい。」

 石田刑事は銃を出し、安全装置を外した。

 右の一番手前の部屋のカンヌキを外し、ドアを開ける。

 父様は首を横に振る。何もない様だ。

 次はその向かいの左手の手前の部屋だ。石田刑事がカンヌキをそっと外し、ドアを開ける。

 ここも何もない様だ。

 次は左の2つ目の部屋だ。かんぬきはかかっていない。ということは、誰かが中にいる可能性が

 高いということだ。

「朝霧さん、何も言わなくていい。あんたがドアを開けてくれ、俺が入る。」

 父様はだまって頷いた。そっとドアを開ける。白衣の男が、後ろ向きに立っていた。

 ドンっ。勢いよく石田刑事がその男に体当たりを決め、後ろ手に固め、男を確保する。

 その横に、ベッドがあり、徠人と思われる成人した男性が横たわっていた。

 石田刑事はその部屋以外の奥にあった部屋2つに、誰もいないことを確認すると

 丁度応援の警官たちが外に到着したところだった。


 石田刑事は救急車を手配してあった。

 外で待機している救急車に徠人を乗せるため、救急隊員が地下に入って来た。

 徠人の血圧や心拍数を表示するモニターには、アラームが鳴り、血圧低下、心拍は乱れもう生命の維持が難しいことが誰にでもわかる状態だった。

 徠人の目は半分開いているが、瞳孔も開いている。

 父様が徠人の様子を見て、ふるえる声で石田刑事に言った。

「石田さん、奇跡ってあると思いますか?」

「あぁ、これは十分奇跡なんじゃないか?」

「いえ、これでは徠人は戻れないままです。十分待って下さい。」

「まぁ、この入り口の狭さじゃどうやって出すかも難しいだろうから、十分くらいは待てると思うぞ。」

「ありがとうございます。」

 そう言うと、父様は外に出て電話をかけていた。

 5分ほどで、母様がアダムを抱いて連れてきた。父様はアダムを受け取ると地下に入り徠人の横たわるベッドの脇へ来た。

 そして、僕に言った。

「ライル、頼む。徠人を助けて欲しい。」

 そう言って僕にアダムの首輪を差し出した。

 僕は何のことかわからなかった。僕は無意識にアダムの首輪を掴んでいた。

 それを掴む僕の手が金色の砂になってサラサラと崩れ落ちる。

 石田刑事が慌てたのは言うまでもないが、彼はその時声も出せなかった。

 数人の警察官と救急隊員も同じものを見た。

 金髪で碧眼の少年が、目の前から消えるところを。

「おっ、おいっ。」

 石田刑事が数秒経ってから声をあげた。

「もう少し待って下さい。今、うちの息子が徠人を探しに行っていますので。」

「…。」

 その時だ、アダムの体が少し動いた。アダムの目が開き、瞳が紫色の炎に包まれるように光る。

 そして、アダムの体全体も紫色に光る。

「おい、朝霧さん。これは一体何が起こってるんだ?」

「石田刑事さんにも見えますか?普通は他の人には見えない光なんですが…。」

「へ?」

 光るアダムの体を父様は徠人のベッドの上にそっと置いた。

 紫色の炎のような光が火柱の様に高く上がる。

「おい、大丈夫なのか。」

「はい。」

 アダムの口が大きく開き、口の中から直径3㎝くらいの蒼く光る黒いが青白い炎を纏った状態で

 浮き上がる。

 黒い球はすーっと移動して徠人の口の中へ消えた。

「朝霧さん、本当に大丈夫なのか?」

「最後まで見ていて下さい。」

「お、おう。」

 時間にして、一分ほどだと思う。

 徠人の開いていた瞳孔が収縮した様に見えた。

 心電モニターのエラー音が消えた。


 ドカッ。という音と共にベッドの横に僕は床に落ちた。

「いったー。」

「ライル、大丈夫か?おい、徠人は?どうなった?」

「父様、早く麻酔薬止めてくれって言ってましたよ。瞬きも出来ないって。」

「あぁ、そうだね。そうだよね。救急隊員さん、ちょっとお願いします。」

 救急隊員が麻酔薬と思われる点滴の針を外したり、呼吸のチェックなどを始めた。

 徠人は、奇跡的に助かったのだ。


 その後、徠人は病院に運ばれ、1か月の入院ののち、家に帰ってくることが出来た。

 しかし、二十数年の植物状態は体のあちこちに悪い影響を与えており、すぐには回復できず、

 まだ車いすでの生活となった。


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