302. ライルの心情(1)
3月20日、土曜日。
ライルはアンジェラに約束したこともあり、自分の行動を詳細に日記に記入していた。
学校の春休みに入ってから、家にいる時は特に何もしていない。
14歳の少年らしく、音楽を聴いたり、ネットでくだらない動画を見たり、隠れて家族の様子を見たり…。それ以外の時間は、以前関わった自分たちを捕まえようとしている奴らを壊滅するために色々と手を尽くしていた。
言い方を変えると、そう…ライルは今、かなり家族から遠ざかっていた。
あんなに毎日べったりくっついて過ごしていた家族が、もう自分の家族ではなくなってしまった様な感覚だ。でも、一番その原因をよくわかっているのはライル本人でもあった。
あれは、僕が、リリィに対して持っている執着からなる愛情だった。
リリィと融合することで、彼女の感情を我がものとし、他の者に対して優しく接することが出来ていたのだ。
途切れ途切れの子供のころからの記憶を思い出す。
三歳の頃、偶然見つけてしまった未来へつながる場所、それは今思えばただの自分の能力を引き出すスイッチでしかない。
いつも開業医を営み、忙しく働く祖父。獣医を目指し、大学で学ぶ、自分を全く子供と認識していないかのような対応の父。
父に関しては、若さゆえの事であろう。どうして自分という息子が生まれたのかを知った今だからこそ咎める気にも恨む気にもならない。
そして、なぜ自分がその祖父と父から遠ざかって暮らし始めた後に、11年も前の自分が現代の祖父と父とそして、結局結婚した実の母留美のところに来るようになったのかもわからないが、とにかく僕は三歳の頃、何も知らず、時間を超え、毎日のように実家を訪れ、また、訪れるようになった直後に、髪は薄い金髪で、色が白く、ニコリとも笑わない控え目な女の子が妹だと告げられた。
しかし、僕はその妹に会えたことがうれしかった。
なぜなら、妹は父や母や祖父や祖母には見向きもしなかった。
いつも見ているのは僕のことだけだった。小さい声で時々呼んでくれる『おにいちゃん』という言葉もとてもうれしかった。
『僕が妹を救ってやるんだ。』そう思っていた日々だった。
ところが、僕が病気になり、危険な状態にまでなったとき、結局はズルをして未来の自分が両親と祖父母を過去に送り、自分自身を助けさせた。
そのせいか、未来の彼らは僕への対応をひどく後悔し、僕に対しての行動はかなり改善され、おかしなことにいつの間にか父親などは僕の事をやたらと頼りにしている、まるで仲良し親子のようだ。
でも事実は違った。
病気からギリギリ生還し、その後未来で祖父母と両親と共に過ごした。
いっぱい彼らに甘えることを許された日々だった。もっともっと甘えたかった。
そして、その日々は妹にとっては決していい日々ではなかった。
僕の妹は、祖父母や両親や僕よりも、原因不明の高熱から体が石のようになってしまった女性に執着しているのが分かった。
いつも妹を未来の家に連れてきてくれたリリアナというお姉さんにそっくりな女性。
妹はその人を『リリィ』と言っていた。
妹は口を開けば『リリィちゃんがママだったらよかったのに』と言っていた。
でも、それは仕方がない。未来で会うようになっても、両親は妹にあまり興味を示さなかったからだ。
妹に幸せになって欲しい。そう思った。
そして、妹も僕に幸せになって欲しいと、そう思ってくれていた。
それを知った時、僕には世界に何が起こっても、妹だけは守り切る。そういう気持ちが芽生えていた。
未来から過去に帰った日。僕は憂鬱だった。未来の父様がついてきてくれて、過去の父様に色々と文句を言ってくれたが、妹を見た時に父様はひどいことを言った。
『一人でも面倒なんだから』
妹はそんな言葉に何を言い返すでもなかったが、連れ帰ろうとした大きくなった僕の言葉を無視し、『お兄ちゃんを一人で置いて行くのはイヤ』だと言ってくれた。
その後、何が起こったか、ついこの前まで忘れていたんだ。
彼女が僕と彼女の指に傷をつけ、お互いの血を舐めることで、二人を融合したなんて…。
それからは、度々記憶が飛んだり、鏡に写った自分が女の子の姿でしゃべったり、他のひとに接するとき、頭の中で優しくしてあげようっていう声が聞こえたり、とにかく影響を受けたし、段々、僕、朝霧ライルという人間が変わっていったのは事実だ。
そして、一番大きかった影響は寂しくなかったこと…。
最初に妹の姿になってしまった時には、僕の意思では話すことも動くこともできなかったけれど、一生懸命にやっているもう一人の片割れを見て、勇気をいっぱいもらった。
別々に存在し、触れ合うことが出来たら…。と思うことも多くあった。
抱きしめてあげたい。やさしくしてあげたい。
僕が守ってあげたい。
どんな事をしてでも尽くして幸せにしてあげたい。
しかし、大きくなるにしたがって、妹の存在を忘れかけてしまった。
ただ単に、僕の中の弱い感情が、都合よく女になって出現しているものだと思い込んでしまったのだ。
僕が、その間違いに気が付いたのは、妹の唇を噛んで再度融合を試みた時だった。




