284. 瑠璃を救え(1)
ライルが別の世界から来た朝霧麗佳を連れて聖マリアンジェラ城のアンジェラとリリィの居室を訪ねたその時、アンジェラをリリィはまさしく濃厚なキスの真っ最中だった。
「キャー。」
奇声を発したのは麗佳だ。
勝手にキスを見られて奇声を発せられて、若干パニックなアンジェラとリリィ…。
「なんだ、なんだ?」
アンジェラの声に、ライルが頭をポリポリ掻きながら、言った。
「あ、ごめんごめん。つい、いつもの癖で…。」
ライルとリリィが分離していない場合、ここはライルの部屋でもあると言う意味のいつもなのだが…アンジェラとリリィはブランケットを深々とかぶり、顔だけ出して様子を伺っている。
「そいつは誰だ?」
アンジェラが怒り気味に言った。
「あ、この子もう一つの世界の漢字の瑠璃の従妹で朝霧麗佳ちゃんって言うんだってさ。」
「あ、朝霧麗佳です。よろしくお願いします。」
「ライル、その子を連れて、そっちの部屋へ行っていてくれ、服を着たい。」
「あ、はいはい。そういうことですね…。」
ライルが麗佳を連れて応接室の方へ移動した。
「あのぉ、アンジェラさんとこちらのリリィさんは、一緒のベッドで寝てるんですか?」
「はははっ、結婚してもう四年以上経ってるからね、子供もいるし…。」
「そうなんですか…。はぁ…。」
数分後、アンジェラとリリィが服を着て応接室の方に出てきた。
「何事だ?」
アンジェラはやはりちょっと怒り気味だ。ライルは気にもせず話し始めた。
「家に着替えを取りに行ったらさ、倉庫にいたんだよ。お願いがあるらしいんだけど、僕学校に行く時間が迫ってて、あ、あと8分しかない。リリィ、悪いんだけど、あとお願いしていい?あとで僕も戻ってくるからさ。」
「…うん、仕方ないよね。ライルは早く行かないと…。」
「じゃ、頼むね…。でももう昼過ぎてるのにあんまりいちゃいちゃしすぎるとまた子供出来ちゃうよ…。ふふっ。」
全くその通りである。
アンジェラとリリィは赤面しつつも、ライルを送り出し、麗佳の話を聞くことにした。
「それで、何を頼みたいというのだ?」
厳しい顔つきで言葉を投げかけるアンジェラに麗佳が少し緊張した様子だ。
「あの、私は瑠璃の従妹なんですが、彼女とあっちのアンジェラさんが婚約発表だけしていたので、二人の婚約式を今週末行う予定になっていて、家族で先週末から滞在していたんです。
ところが、数日前から脅迫電話やメールが来るようになって、昨日の夕方から瑠璃がいなくなって、連絡が取れなくなったんです。」
「警察に通報すればよいだろう?14歳の娘が行方不明になったのなら、捜査してくれるだろう?」
「それが、航路を利用しないで転移っていうので移動したので、入国の記録がないから届けられないってアンジェラさんが言っていて、伯父さんとうちの父さんとアンジェラさんでもめていて、どんどん時間ばかり経っているんです。」
「他に、誰がいるんだ?」
「おじいちゃんとおばあちゃんとうちの両親だけど…。」
「リリアナやアンドレはいないのか?」
「それ…誰ですか?」
並行世界だが、ずいぶんと構成が違うようだとアンジェラは思った。
「麗佳、私は他の世界のことにあまり影響を与えてはいけないのではないかと思う。」
「それって、助けてくれないってこと?」
「助けるべきではないのではないかと思っているということだ。」
「ひどい。」
「よく考えてみなさい。こっちには、親族がほぼ全員生きたまま揃っている。しかし、君の世界では未徠と徠夢とお前の父親しかいないのだろう?それこそ世界が違うのだ。
関与していいはずがない。」
リリィもアンジェラの意見にはほぼ賛成だ。しかし、自分がライルの時に助けられたことがあることが、完全否定には至れない理由としてあった。
「アンジェラ…でも、ライルが一度助けてもらったじゃない…。」
「リリィ、でも助けられる前にライルは瑠璃の命を救っていると聞いたぞ。
何度も関与していいものか…。私達だって、あちらに行けば危険にさらされるのだ。」
「お願いします。瑠璃には幸せになって欲しいの…。」
麗佳がそう言った時、ドアがバンと開いた。
「パパぁ、お腹すいた~。」
マリアンジェラとミケーレとライナが来たのだ。
「にゅ?にゅにゅにゅ?誰?」
マリアンジェラが麗佳を指さして聞く。
「あ、マリー覚えてる?もう一つの世界の瑠璃とアンジェラ、この前迷っちゃったときに行ったじゃない?」
「うん、覚えてるよ、あのグニャグニャしたパパにそっくりなおじさんと、今どきのJCのリリィね。」
「ははは、その瑠璃の従妹の麗佳ちゃんだよ。」
「へぇ~、レイカちゃんも迷ったの?」
「迷ってない、助けて欲しくてわざわざ来たの。」
ミケーレが会話を無視してアンジェラの手を引っ張って言った。
「お腹すいた。パパ~。先に食べてからにしなよ、その話。」
ライナもいつの間にかリリィの手を引いている。マリアンジェラはアンジェラの首にぶら下がっている。
「とりあえず、麗佳ちゃんも一緒に食事にしよう。」
「は、はい。すみません。いただきます。」
六人でグレートホールへ移動し、プレートに自分の好きなものを盛って席に着く、麗佳も見様見真似で皆に続いた。
「あの、こんなにすごい食事、食べていいんですか?」
「うん、大丈夫よ。みんな好きな時に好きなだけ食べていいのよ。」
「ありがとうございます。ここって、もしかしてお城ですか?」
「そう、ここは聖マリアンジェラ城。うちの娘が王様に頂いたお城なの。」
「す、すごい。」
「ミケーレも持ってるよ、他のお城。」
リリィがそれに頷くと、麗佳は自分の世界とこっちが違うと言うことを痛烈に実感した。
そこにガヤガヤと大人たちが入ってくる。
皆、麗佳の伯父や祖父にそっくりな金髪で碧眼の外人ばかりだ。
「おっ、誰だ?」
マルクスが聞くと、アンジェラが答えた。
「並行世界の瑠璃の従妹だそうだ。未徠の孫で、徠夢の姪らしいぞ。」
「へぇ、茶色いな…。そういうこともあるんだな…。」
そこへ未徠と徠夢も来た。マルクスがふざけて未徠達に言った。
「そこのお嬢さんは未徠の孫、徠夢の姪らしいぞ。」
「「…?」」
「並行世界のな。」
そこで、口を開いたのは麗佳だった。
「お、おじいちゃん、伯父さん、どうしてこんなに若いの?」
「お爺様は9年くらい別のところにいたの。父様は指輪のせいかな?」
リリィが言うと、麗佳は指輪をガン見した。
「それって、瑠璃ちゃんに持って行った黒い羽の首飾りと同じ種類のもの?」
「そうなの。能力を抑えたり、私達一族の人が身に着けると成長が止まったり、老化しなくなるのよ。」
「アンジェラさんしか持っていないと思う。」
「そう…、私達は一人一つずつ持っているけど。」
すごく欲しそうだけど、これをあげるのもまたちょっと違う気がする。
自分たちでドイツの親戚を訪ねれば、手に入れることができるはずだ。
食事を終え、サロンでお茶を頂きながら話の続きをする。
そこにリリアナとアンドレがきた。
「うそ!リリィちゃんがもう一人…アンジェラさんももう一人???」
「あはは、こちらはリリアナとアンドレ。リリアナは私の独立した分身体で、アンドレはアンジェラと同じ核を持つ500年前のユートレアの王子様よ。」
「ユートレアの伝説の王子様???」
麗佳が叫んだ。
「そうだった、あの絵本、そっちの世界から瑠璃がこっちに渡してくれたんだった。麗佳ちゃんも読んだの?」
「最近、アンジェラさんが昔どっかで見た絵本を書斎で見つけたとか言って、見せてもらったの。あの王子様のお話は実話だったってこと?」
「最初の方はアンドレの話で、後半はこっちのアンジェラの話になってたみたいだよね?」
リリィが言うと、麗佳が首を傾げて「後半?」と言った。
ミケーレが、僕絵本持ってくるね。と言って子供部屋に飛んで行った。
「つ、翼が…。飛んで…。」
麗佳は開いた口が開きっぱなしになっている。
「あ、私とアンジェラが翼持ちなので、子供達も翼があるのよ。リリアナとアンドレも…。他の親族は、翼は生えてないわね。」
ほどなく、ミケーレが絵本を持ってきた。
「ママ、また中身が変わってるよ。」
「え?」
パラパラと絵本をめくると、姿が変わった天使と国に帰った王のその後が描かれていた。
「本当だね。これって、こういうことが起きるのを知らせる道具なんじゃないの?」
アンジェラが絵本を読んで固まっている。
絵本のページの写真を撮って、ライルに送ると、アンジェラは麗佳に言った。
「今回を最後にしてくれ。助けるのは、これきりだ。私達にも危険が迫っている。
もし、リリィやライルがいないときにそれが始まれば、私達どころか、この世界がなくなる。リリィ、封印の間に行って、体を置いてきてくれ、生身の体で危険な事をするのは許可できない。」
「うん、アンジェラ。わかった。」
リリィはそう言って一人どこかへ消えて行った。




