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277. 過去での一週間

 ライルとアンジェラ達が食事をとっている頃、ちょうど11年前の日本に送られた未徠夫妻と徠夢夫妻の方はというと…。


 目の前が真っ暗になり、ぐるぐると景色が変わった。

 今まで、ライルやリリアナに連れられ転移したことはあったが、それとはかなり違った状況での転移となった。

 ハッと気が付いた時には、四人は日本の朝霧邸のホールに倒れていた。

「ウッ、いたたた…。」

 未徠は少し腰を打ったようだ。徠夢はグランドピアノの足を掴んだ状態で気が付いた。

 留美はホールの植木に座った状態だった。未徠の妻、亜希子は階段の下辺りで寝そべった状態で目を覚ました。

「なんだ、これは一体…乱暴な事をする、あの女。」

 徠夢が悪態をつく。

「あなた、とりあえず、今日がいつなのか確認しましょう。」

 そう言ってサロンへ移動したのは未徠の妻亜希子だ。

 確か、サロンに新聞を置くスペースがあった。そこに行けば最近の新聞があるはずだ。

 確か、元の時間では2026年10月18日、日曜日だったはずだ。


 新聞は見つかったが、どれも10月14日のものだ。

 留美が玄関先に言って声を上げた。

「徠夢さん、郵便受けに新聞がたくさんあって…。」

 三社分の新聞が4日分、12束の新聞が郵便受けの周りに散乱している。

「どういうことだ…。かえでは何をしている…。」

 家の中を探し始めた亜希子が悲鳴をあげた。

「ライル、ライルー!」

 亜希子が見つけたのは、ライルの昔の部屋、二階の子供部屋のベッドの横に落ちて気を失っている三歳のライルだった。

 はぁはぁと肩で息をし、顔を真っ赤にしている孫の様子に亜希子はかなり動揺した。

 ライルを抱き上げ、ベッドに寝かせる。

「あなた、水を、水を持ってきてちょうだい。」

 ライルは、もう口も乾いて、唇も割れるほどの状態だ。

 未徠は水をグラスに注ぎ、急いで持って行った。そしてすぐ自分の使っていた部屋に戻り、聴診器と体温計などの入った往診用のカバンを持ってライルの部屋に戻ったのだ。

 往診用のカバンに入っているガーゼを取り出し水を含ませ、それを使って唇を湿らせるように亜希子に指示をする。

 その後も、いきなり水を飲ませたりせずに口の中にガーゼでしみこませた水を徐々に含ませるように時間をかけて水を摂取させる。

 ライルには意識がない。

 熱は41度を超え、顔は真っ赤なままだ。

 そこへ徠夢も氷を洗面器に入れて持ってきた。氷嚢や、ビニール袋も手にしている。

「父さん、氷を持ってきた。」

「そこに置いてくれ。」

 トイレに行こうとしてベッドから下りたのか、ライルのパジャマは汚れていた。

「亜希子、体を拭いてパジャマを着替えさせてやれ。」

 亜希子は無言で着替えの用意をし、浴室でタオルをお湯で濡らし持ってきた。

 留美はおろおろしているだけで、何も手を出せない。


 パジャマを替えて、ベッドに寝かせ、氷嚢で体を冷やし、未徠も自分の医院から解熱剤と点滴を持ってきた。

 点滴で失った水分を補給し、解熱剤を投与する。

 脱水症状がひどかったが、どうにか危険は回避した。

 解熱剤のおかげか、2時間後には一時的に熱が下がったが、意識は戻らなかった。

 解熱剤の効果が切れるとまた発熱した。そんな状態で二日経った。


 かえでは帰ってこない。

 未徠も所在が分からなかった。亜希子は当時死んだことになっていた。

 徠夢はどこにいっているのだ?

 そんな時、朝霧邸に一本の電話が入った。

 朝霧邸から車で30分ほどの場所にある総合病院の事務の人からだった。

「外出先で倒れ、救急搬送された 川上かえでさんですが、本日意識を取り戻しまして、お宅のライル君の様子を確認して欲しいとの事で依頼があったものですから、お電話したんですが…。」

 何と、かえでは四日前に外出先で意識を失い救急搬送されていた。

 ライルと同じインフルエンザだった。倒れた際、頭も打っており、意識が戻るのが遅れた様だ。携帯の電池が切れてしまっており、こちらからかけても繋がらなかったはずだ。


 更に1日経った。

 ようやく、ライルが目を開けた。

「ライル、よかった、ライル。」

 思いもよらず自分を抱きしめて泣く父親に驚いた顔をするライルが口にした言葉は、衝撃だった。

「おとうちゃま、ごめんなさい。僕が悪い子だからお熱がでたの。

 もうあっちのお家には行かないって約束したのに…。ごめんなさい。」

 ライルは泣いて、疲れて、また寝てしまった。

 どうやら11年後の家に行っていることを徠夢に咎められてしまったらしい。

「だから、もう来ないと言っていたのか…。」


 でもこの時を生きている徠夢が、なぜこの家にいないのだ…。


 更に、翌日。かえでが救急搬送されてから一週間が経った。

 家に未徠から電話がかかってきた。

 なんと未徠はスイスで学会があり、二週間の予定で家を空けていた。

 かえでが救急搬送される前日に家を留守にしていたのである。


 ライルの状態は日々すこしずつ良くなっていたが、徠夢の能力ではウィルスや菌、毒、内臓疾患などは全く治せない。

 寝たまま擦れてしまった床ずれを少し癒してあげるくらいだ。

 床ずれを治してあげているときにライルが目を覚ました。

「おとうちゃま、あっちのおうちから来てくれたの?」

「あぁ、そうだよ。もう大丈夫だからね。」

「どうやって来たの?僕があっちに行ったって言っても、こっちのおとうちゃまは信じてくれなかったの。うそついちゃダメだったおこられちゃった。もうどこだか知らないけど行っちゃダメだって言われた。それとね、行ったけど、だれもいなくなってた。

 だから、僕、もう独りぼっちなんだって思った。そうしたら、かえでさんも帰って来なくなったんだ。」

 ひっくひっく泣きながら言うライルを抱きしめ、思わず謝罪する徠夢だった。

「私が悪かった。ごめんな。ごめん。」

 結局、その後未徠が学会の予定を切り上げ二日後に帰宅し、当時の徠夢の友人関係をくまなく探したところ、未徠がいないことを見計らって、別の大学に通う友人と沖縄に旅行に行っていたことが発覚した。


 過去の未徠はかなりの落ち込みようだった。もし、未来から彼らが来なかったら、ライルは確実に死んでいただろう…。

 過去の未徠は自分の妻が若いままの姿で11年後の自分と一緒にいることを知り、人生に希望を見出した様だった。

 そして、自分の息子に対し、かなりの強い嫌悪を示すとともに、甘やかしすぎたことを深く反省した。

 当然、徠夢が戻って来た日には、未来の自分も含めた大人5人に徹夜で説教され、少しは真面目に育児に取り組むことを約束したのである。

 そして、時々小さいライルが11年後の朝霧邸に行くことを認めさせたのだ。


 ライルがどうにか自力で食事をとれるようになった時には、もう四人が過去に転移してから一週間が経っていた。

「おとうちゃま、おかあちゃま、帰っちゃうの?ぐすん。」

「ライルも一緒に行ったらどうだろう。どうせ避難していてしばらくはあそこで暮らすんだろう?その間くらいいいと思わないか?」

 徠夢がそう言うと、過去の未徠が頷いた。

「確かに、今まだかえでが戻ってくるまで、どうしてもライルが一人になることが多いのも事実だ。私が敷地内で仕事をしているとはいえ、寂しい思いをさせるのは事実だな。」

 ただ、行けるかどうかはわからない。彼らには転移の能力はない。

 とりあえず、過去の未徠の了承を得て、徠夢はライルを抱っこして、未来のリリィに言われた通り、胸元に入れたリリィの羽を手放してみた。


 徠夢とライルの姿が青い靄のようになって消えた。

「行けたようだ。私たちも戻るとしよう。長くても二週間だと思うが、大きくなったライルに頼んで送り届けるよ。」

「今回は本当に世話になった。ありがとう。」

「自分に礼を言われるのはなんか変な気分だな。」

 そんな会話の後、三人は徠夢と同じようにリリィの羽を手放し、未来へと戻ったのである。

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