273. 過去への招待
目の前で消えた小さいライルが本当に分身体だったのかどうか…未徠と徠夢には知ることはできない。いずれにせよ二人は半信半疑であり、この場にいるプラチナブロンドのリリィに反発心を抱いていた。それを察したアンジェラがリリィに言った。
「リリィ、未徠と徠夢は、ここ数ヵ月小さいライルと毎日同じ時間を過ごすことで、お互いを思いやる気持ちを育んできたんだ。目の前でその姿が消えたのを認めたくはないんだよ。」
「なるほど。」
リリィは少し考えてから、「じゃあ、これでどうでしょう。」と言って翼を出し、自分の羽を四枚ブチッと抜いた。
その羽を未徠夫妻と徠夢、そして留美に一枚ずつ手渡した。
「これ、胸元にでも刺しておいて。」
「どうするつもりだ…。」
徠夢が食いつくように怒鳴る。
「父様、自分の目で確かめていらっしゃいな。11年前のライルがどんな状態か、そして、それを改善する方法があるのか…。私は手助けはしない。帰りたくなったら、それぞれ、その羽を手放せばいい。ここに戻ってくるからね。」
「リ、リリィ、私には意味が解らないわ。」
留美が、珍しく大きい声で疑問を口にした。
「そう、解らないから、見ておいでって言ってるのよ。ライルがどんな子供時代を送っていたか…。私は行かない。手を差し伸べることも、逃げることもできない、それが事実だから。
行けばわかるわ。」
そう言うとリリィは大きく息を吸い、静かに息を吐いた。
『パンッ』と手を叩くと、未徠夫妻、徠夢、留美の四人はその場から消えた。
「リリィ、何をしたんだ?」
アンジェラが恐る恐るリリィに問いかけた。
「11年前のライルのところに行ってもらっただけよ。」
「何か意味があるのか?」
「あの時、お爺様は学会でいなかった。父様は友人と沖縄に遊びに行っていていなかった。
かえでは先にインフルエンザに罹って入院したのよ。」
「何?三歳の子を一人残して誰もいなかったってことか?」
「そう、約10日間くらいかしら、食べ物もなく、インフルエンザにかかって、ちょうど四日目くらいのところよ、11年前だと…。あの人たちはどれだけ自分がひどいことをしてきたか知るべきだと思うの。過去への招待といったところかしら…。あの人たちが少しでもわかってくれるといいわね。」
「リリィ…何も知らなくて、すまない。」
「アンジェラが謝ることはないわ。あなたはいつも私に対して一生懸命にやってくれてる事をわかっているわ。」
リリィはアンジェラの髪を優しく撫でると、自分に引き寄せ頬にキスした。
アンジェラに抱っこされたマリアンジェラは固まったままだ。
アズラィールはミケーレを抱っこしたまま立ちすくんでいる。




