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270. 夢の中での話

 アンジェラは夢を見ていた。アンジェラの願望がその夢を見させたのか、あるいはあの絵本を読んだせいでそんな想像をしてしまったのかはわからない。

 夢の中で、アンジェラは目を覚ました。

 そこは、一面が草原の、そのほんの少し小高い場所に可愛らしい白い花がたくさん咲いている。カモミールだろうか…。その花が咲く丘に大の字になって眠ってしまっていた。

 こんな場所、来たことあったかなぁ…。アンジェラはぼーっとする頭でそんなことを思いながら体を起こした。


 どこまでも自然が続くその場所には、少し離れたところに一軒の山小屋が建っていた。

 あそこに行けば誰かいるだろうか?ここがどこか知ることができるだろうか?

 そう考えはしたが、体は泥の様に重く、瞼も下がってくる…。

 もう少し、このまま、ここで休んでから行こう。

 アンジェラは夢の中でまた眠ってしまった。


 体の疲れが少し軽くなったと思ったが、また急に体が重くなった。

 重さに驚き、次に目を覚ました時にはアンジェラにまたがる一人の女性がいた。

「ねぇ、おにいさん。生きてる?」

 アンジェラの頬を人差し指でツンツンとつつきながら、その女性は言った。

「君が重くて死にそうだ。」

 アンジェラがそう言うと、女性は笑ってアンジェラの横にアンジェラと同じように寝ころんだ。

 初めて見たその女性の笑顔に、アンジェラは心を奪われてしまった。

 一目ぼれというのだろうか…。名前も知らないその女性に何て話しかけたらいいのだろう…。

 考えているうちに、また睡魔に襲われ、眠ってしまった。


 涼しい心地よい風が吹き、目が覚めた。

 少し陽が傾いてきているのか、空が赤い…。

 そこにはさっきの女性はいなかった。

 体を起こし、頭の中を整理する。

 ここはどこだ?なぜここにいる?今、私がやるべきことは何だ?

 …っ、私は誰だ?

 私は、ここにいる理由も、何もわからなかった。そして自分の名前すら覚えていなかった。

 今自分がわかっていることは、草原の真ん中に一人座り込み、さっき話しかけられたであろう一人の女性に自分が恋してしまったかもしれないということだけだ。


 目を瞑り、頭を抱えなんでもいいから思い出そうとするが頭の中は全くの無だった。

 少し時間が経ったであろうか、背中に温かいものを感じて振り向くと、さっきの女性が私の背中に背中をくっつけて座っていた。

「おにいさん、名前はなんていうの?」

「わ、私は、名前が思い出せない…。どこから来たのかも…。自分が誰なのかも…。」

 動揺するアンジェラに女性は向き直って正面から話しかけた。

「大丈夫よ、おにいさん。私も同じ。思い出せないの…。」

「えっ、そうなのか?」

「うん、思い出せるかどうかわからないけど、ここにいる間は楽しく過ごしましょう。」

 女性に言われ、アンジェラは何か引っかかるものを感じたが、従うことにした。


 女性は、一軒だけある山小屋に住んでいた。彼女は山小屋に一緒に行こうとアンジェラの手を引いて歩き始めた。

「君、いつからここにいるんだい。」

 アンジェラが聞くと、女性は首を傾げて言った。

「実はね、それもわかんないの。ずっと前からいた気もするし、さっき来たばかりの様な気もするし…。」

 そう言いながらクスクスと笑う彼女に、アンジェラはますます心を奪われていった。

 彼女は、ここにあった食材で作ったというスープをアンジェラにも食べるようすすめてくれた。それは温かい、穏やかな気持ちになるような味がした。

「料理はね、したことあんまりなかったみたい。」

 ペロッと舌を出して笑う彼女に、触れたいと思う気持ちが強くなった。

 でも、私にはきっとどこかに家族がいる。何も覚えていないが、漠然とそう思った。

 少年と呼べるほどの若者でもない自分の姿を鏡に映して、結婚をしていてもおかしくない年齢だと思ったからだ。常識的な部分は、記憶とは別に残っているものなのか…。


 彼女がコーヒーを入れてくれた。

 それを飲みながら今日一日あったことを考える。

 眠ってばかりいたな…。

 夜になり眠れない自分とは違い、彼女はスヤスヤと眠ってしまった。

 離れた場所から彼女の寝顔を見る。

 子供とも大人とも思えるその顔は、アンジェラにとっては毒のように見れば見るほど苦しくなるくらい欲しくなる。

 ダメだ、今日あったばかりの女性にこんな気持ちを持つなんて、私はどうかしている。

 明日、明るくなったら出て行こう。

 きっと、そのうちすべて思い出す。その時のために、こんな気持ちは持ってはいけない。


 夜が明け、朝になり、女性は目を覚ました。

 朝食を勧められたが、断った。

 悲しそうな顔をする彼女に心が痛かったが、私にはきっとどこかに愛する人がいる。

 それを裏切ることができない。

 ここを去ることを告げると、彼女は涙をこぼした。

 そして、彼女は悲しみを堪えた顔で無理に笑い言った。

「さようなら、今まで、楽しかった。ありがとう。」


 アンジェラは、その女性を置き去りには出来ないと思った。

 心の底から彼女をそばに置きたい、口づけをしたいと思った。

 もし、記憶が戻り、自分に他の家族がいたとしても…。

「君も一緒に行かないか?」

「え?」

「私は、君のことを手放したくない。側にいてくれないか?」

 彼女がコクリと頷いて、アンジェラは思わず彼女を抱き寄せ唇にキスをした。

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