269. リリアナの状態
聖マリアンジェラ城へ戻ったアンジェラは、自分の居室のベッドに小さいライルを寝かせた。
「マリー、頼む。すぐにライルを治してあげてくれ。」
マリアンジェラはこくんと頷き、頭の傷や、手足の擦り傷、あばらの骨折など、全身を癒していった。
アンジェラは未徠に電話をかけ、徠夢と共にすぐにアンジェラの居室に来るように言った。
11年前のライルではあるが、ここしばらく毎日のように会っている彼らにも状況を知らせる必要がある。それぞれ夫人を伴って走ってきた未徠と徠夢がベッドの上に血だらけの服を着て横たわるライルに気づいた。
「ライル!どうして…どうしてこんなことに…。」
徠夢が異常に取り乱している。アンジェラはその光景を見て複雑な気分だった。
自分で何度も精神的に、いや、それだけじゃない、実際に手にかけたこともある息子に、なぜ今頃になってこんな風に態度が変わるのか…。しかも、過去から来た小さいライルに対してだ。
ライルが一体どれだけ辛い思いをしたと思っているんだ…。
ただ、徠夢が若すぎて親になれなかっただけだとでもいうのか…。それとも来夢にはこの小さいライルと14歳になるライルが別の人間に見えているのか?
徠夢が未徠に小さいライルの容体を聞いている。未徠はマリアンジェラにどこをどう治したか詳しく聞き、判断の材料にしている。
未徠は出血が多かったことを指摘し、輸血を行う方がいいと判断したようだ。
こんなこともあろうかと、一通り医療器具や薬品を事前に用意して移送させておいてよかった。
ミケーレの服とサイズが同じだったので、体を拭き、着替えさせるように未徠に言うと、誰にも触らせないとばかりに徠夢が下着と服をむしり取って行った。
最初からこれくらいかわいがってくれていたらな…。
輸血を終え、しばらくは眠らせる必要があると言うので、未来たちに任せることにした。
アンジェラはその居室を未徠に使用するように言い、自分は別の空いている居室に移った。
マリアンジェラに頼み、棺に入ったまま聖堂に置かれているリリィの体を居室のベッドに移動させてもらった。
「マリー、ありがとう。」
「うん、パパ…大丈夫?」
「どうだろうな、悲しいけど、まだあきらめちゃだめだってことなんだろうな…。」
「パパ…。」
マリアンジェラが悲しそうに俯いた。そこにミケーレが入ってきた。
「ひどい、僕だけ置いてけぼりで、何がどうなってるのかわかんないじゃないか。」
アンジェラはマリアンジェラとミケーレを抱っこして部屋のソファに座り、まるでおとぎ話を聞かせるみたいに、リリィやライルがアンジェラを助けてくれた時の話を聞かせた。
二人は、夢中になってその話を聞いた。
話はリリアナが誕生したときの話になった。
あ、そう言えば、自分のことでいっぱいいっぱいでリリアナの事を忘れていた。
リリィがこんな状態だと言うことは、リリアナにも何か異変が起きているか、消滅しているかもしれない…。
子供たちを抱っこしたまま、がばっと立ち上がると、アンジェラはアンドレを探して城中を走り回った。
いない。二人がどこにもいない…。マリアンジェラがポツリと言った。
「パパ…、早く言えばよかったんだけど、二人はユートレアの王様のお部屋にいるよ。」
マリアンジェラは能力を使い、場所を特定したようだ。
「何かあったのか?」
「いや、その…それはさすがにマリーは言えないよ。」
「今すぐ、連れて行け。」
三人でユートレアの王の間に転移した。
「アンドレ、リリアナ、お前たち昼間っからなにしてるんだ?」
「キャー。」
「っ、アンジェラ…。」
二人はこの前の仲良しの儀式の続きをしていたようだが…一応言い訳をした。
「あ、あのここのシーツを持って行ってしまったので、返しにきて、それで直していたところなのよ。」
「聖マリアンジェラ城から出るなと言っただろ!」
アンジェラ、珍しく激おこである。
確かに、リリィが死んでアンジェラが自殺まで図ってるんだから、そんなときにこんなところで仲良くしていて腹が立つのは当然だ…。
アンドレがポツリと言った。
「リリアナがこの通りなので、リリィもきっと大丈夫なんじゃないか…と、思いまして。」
「この通りって何?」
マリアンジェラが突っ込みを入れる。
「パンツ脱がせてチェックしたって意味じゃないの?」
ミケーレがニヤニヤして追い打ちをかけた。
アンドレとリリアナが顔を真っ赤にしてキラキラになって転移した。
逃げたのだ。
リリアナに悪い変化が起きていないことはリリィにとってもいいことだ。
二人の黒歴史に新たな一ページが加わっただけである。
アンジェラ達は聖マリアンジェラ城に戻り、アズラィールにリリィの様子を見ていてもらえるよう頼み、その間に子供達と食事をした。ライナはずっと子供部屋で本を読んでいたようだ。
城は外部の人間を入れないように管理されており、食事は管理人が徹底的に管理されたレストランで調理された物が定期的に運び込まれている。
生鮮食材も冷蔵庫に用意されており、自分たちで調理も可能だ。
とりあえず用意されていたブッフェ形式の料理をプレートにとりわけ、四人で食べた。
「ライナ、すまなかったな。気が回らなくて、一人にしてしまった。」
「ううん、大丈夫。」
「まだしばらくはここで過ごし、安全が確認出来たら皆で家に帰るから、それまでは三人ともここで我慢してくれ。」
「だいじょび~。」
マリアンジェラがふざけて返事をした。ミケーレは静かに首肯しながら、上手にナイフとフォークを使い食事をしている。
ライナも静かに食べながらコクコクと頷いた。
「パパもちゃんと食べてね。ママが帰ってきたときに、その目の下のクマとか見たら嫌いになっちゃうかもよ。」
ミケーレのすました物言いに少々焦りながらもアンジェラはミケーレが自分を気遣ってくれているのをうれしく思った。
「おおぅ、わかってる。ちゃんと食べるぞ。」
マリアンジェラが巨大な山のように盛られたピラフをすごい勢いで攻めているのを横目で見ながら、見ているだけで胃もたれしそうだった。
食事を終え、居室に戻りアズラィールに礼を言い、タブレットで各家のセキュリティカメラなどをチェックしながらリリィの横で時間を過ごしていた。
時刻は午後六時、ずっとちゃんと眠っていなかったせいか気づいたらアンジェラはソファで眠ってしまっていた。




