264. 祈り
10月6日、火曜日。
アンジェラは日付が変わった後も、何度も何度も横で眠るリリィの気休めに貼った額の冷えピ〇を貼り替えたり、髪を撫でたり、耳元で歌を歌ったり、とにかくできる限りの事をしていた。
不思議なことに45度を超える体温にも関わらず、汗などは一切かかず、見た目には大きな変化が見られない。触ればかなり熱いのは変わらずだ。
手首を触れば、弱いながらも脈は感じられるが、呼吸をしているかどうかもわからない。ただ、生きているのは確かだ。リリアナがピンピンしているのがその証拠だ。
徠夢は時々アンジェラとリリィの居室を訪ねては、その様子を見て心を痛めていた。
幸い、血族全員がここに集まっているわけで、生活をする上で子供たちの面倒や、身の回りのことなどは黙っていても誰かがやってくれる。
しかし、そんな中で唯一、誰にも真似ができない、いや、触れてはいけないであろう、アンジェラとリリィの関係がそこにはあった。
誰かが、リリィの世話を変わるから食事をとれと言っても、アンジェラはベッドの横で簡単なものをかじりながらでもリリィの側から離れず、トイレに行くときはドアを解放したまま目を離さずに用を足す始末だ。
時々ウトウトはするものの、殆ど不眠不休でリリィを見つめている。
徠夢は今まで、アンジェラとリリィの関係は、どうせ見た目や、惰性や、命を助けてもらった恩などから結婚を決め、親のことなど考えもせず自分勝手に推し進めたものと勝手に思い込んでいた。しかし、今のアンジェラの憔悴しきった状態や行動を見ると、どうやら自分が間違っていたと認めるしかないと感じた。
『愛とはこういうものか、私は愛を知らなかったのかもしれないな…。』恥ずかしながら、徠夢は自分が今までライル(リリィ)に対して抱いてきた感情は、『愛』というよりは『欲』に傾いていたと心の底から思ったのだ。支配欲、独占欲、自分の子供であることを理由にそう言う欲で縛っていたんだと思った。
聖マリアンジェラ城の中には小さな聖堂が造られていた。徠夢は信心深くはないが、留美を伴い聖堂に行き、一日一度は神に祈った。『リリィが回復し、アンジェラとリリィ、そして孫たちが幸せに暮らせますように…。』
聖マリアンジェラ城に来て数日後、アンジェラの携帯にアメリカの警察から電話があった。
10月4日に起きた教会の廃墟および、数カ所の関連施設で、原因不明の地震による地盤陥没と建物崩壊、中には数人の宗教団体所属者がいたが、いずれも地震の際に分電盤の漏電により発生した火災により、脱出できない恐怖から精神を病み、まともに会話ができない状況だと言う。
警察はライルがその宗教団体に狙われていたことから、連絡をくれたらしい。火災発生時にその場にいた者は全員精神病院に入院しており、退院は難しい状態だという。そんな理由で、脅威がなくなったのでご連絡したいということだった。
小さいライルが言っていた『漏電ってこわいよね』とはこのことだったのか…。
しかも、あの一カ所だけではなく、他の場所も根こそぎぶっ潰すとは…容赦ない。
そして、アンジェラがひたすらリリィの横につきっきりで世話をする、そんな日々が二週間ほど続いた。
アンジェラはかなり弱っていたが、それでも今まで通りリリィの事に関しては譲らなかった。
しかし、リリィの体は理解しがたい状態で、点滴などをしようと思っても血管が見当たらない。胃にチューブで何か栄養を送り込もうとしても、チューブも差し込むことすらできなかった。何も摂取しないまま生命を維持できる訳がないのだ。
熱が出てから二週間が過ぎた頃、わずかに感じられていた手首の脈も、もう感じられないほどになっていた…。
アンジェラも、毎日ベッドで横たわるリリィの横で、神に祈るようになっていた。




