263. 制圧
僕は、11年前からリリィを助けるためにやってきたライルだ。
数日前に11年後の自分から、助けて欲しいと言われた時は少し驚いたが、助けるにあたり、11年後の僕は色々なことを教えてくれた。
だから、その対価として助けてあげることにしたんだ。
幸か不幸か11年後のライルの記憶を自分の物にしてしまった時、僕には多大なる変化があった。一言で言えば、11年を一瞬で成長した様なものだ。
物の考え方、人物を観察する力、学力、適応能力…など全ての情報が僕の血となり肉となった。だが、決定的に違っていることもあった。
11年後のライルは4年ほど前にリリアナと分離している。その時に自身の能力のベースをかなり削ってリリアナに渡してしまったようだ。彼自身がそれに気づいていないのも皮肉なものだ。
そして、更に彼とリリィの分身体が別個体として分離した際には、その分離により精神を崩壊させている。元をたどれば、分離したことにより適応能力が極端に下がったことが原因だ。
なんとも『お人好し』を絵にかいたような人だ。僕はそうならない自信がある。
そこが人から好かれる要素なのかもしれないが、少しひねくれた僕から見ると危なっかしくて見ていられない。だいたい、自分の命を懸けて自分以外の血族を助けることに奔走するって、まるでおとぎ話に出てくるおめでたいヒーローだ。
まぁ、自分が下手をすれば、そんな人物に育ってしまうという前提で、僕はそのかわいそうなイタイ自分を悪の手から守ることに決めたわけだ。
ライルはいい子、ライルは優しい子、ライルは自己犠牲を当然のように繰り返し皆を守る、まるで天使だ。そのライルは、きっと今ここにいるこの僕ではない。
このような回想を頭の中で処理しつつ、僕はリリィが捕らわれていると思われる表向きは廃屋と化した教会の裏手、地上20mほどのところに翼を出し、ホバーリング状態を保っている。
『よし、見えたぞ。』
体の中を調べるのとおなじ要領で建物の内部を見るように意識を集中すると内部が手に取るように見えた。アンジェラの体を使わせてもらっているので、なんだかちょっと変な感じだが、さて、次の段階へ進もう。
僕は、地中に埋まっている分厚い金属で囲まれた部分を確認すると、建物を掴んで上に引っ張り上げるイメージを頭の中で思い描いた。
そして手を下から上に振り上げた。
『グゴ、ガガガガガガッ…』その辺り一帯の地面がこれでもかというほど揺れ、教会の建物の周りの土砂が隆起を始めた。
『こ、これは…』そう頭の中で呟いたのは、アンジェラだ。
そう、これは先日船の沈没を避けるためにリリィが行った方法だ。
この施設、中に入れば能力が制限されるような何かしらの仕組みがあるのなら、中に入らなければよいのだ。
完全に振動が止まった後で、僕は内部の様子を探る。
中では相当パニックになっているだろう…。ま、それはどうでもよいことだ…。
大きな塊である教会の建物とその地下部分がごっそり引き抜かれえて置かれた状態のところへ、今度は僕が教会の後部から建物に向かって右半分の方にだけ能力を使う。
『バキバキ、バキ、ドゴ、バリバリ…』
激しい音と共に建物が二つに割れた。そして右側の部分がそのままの勢いで倒れてしまった。
『大丈夫、計算通りだ。』
僕は断面の最下層部へ飛んで行った。
そこには、直径2mはあろうかという円筒形の水槽があり、中には少し青色がかった水で満たされ、中には翼を出した状態で意識のないリリィが、ほぼ全裸で、胸と腰をわずかな布で隠している状態で、十字架状の透明な板にバンドで手首を固定されていた。
『これやったやつ、相当趣味悪いね。』
空気が入っていない状態で息ができるのかは疑問だが、死んではいないことはわかる。
『アンジェラ、リリィを出すから、受け止めて。』
僕は、アンジェラの体から出て14歳のライルの姿になった。
円筒形の水槽の中身だけを外に出す。水が一気に重力に抗えず下に落ちていく。
十字架状の透明な板が支えをなくし、倒れ始めた。
「おっと。」
僕はリリィの体だけをアンジェラのすぐ前に転移、浮遊させた。物質転移の応用だ。
アンジェラはリリィをしっかりと抱きかかえると大きく翼を広げ、急いで建物から離れた。
『そうだ、いいよ。これから後始末だ。』
僕は地面に倒れている半分の建物を物質転移の能力で起こし、元の場所になるべく近いところまで持って行った。そして目を瞑った。
『ふ~っ。』
大きく息を吐くと、教会の地下部分、そして教会の地上部分も地面にめり込んでいく。
『ドガガガ、ゴゴゴオン、バキ、ガガ…』
大きなクレーターの様な穴ができ、その穴の10mほど下に教会の尖がった屋根が見える。
敵を制圧した瞬間だった。
「アンジェラ、さぁ、帰ろう。漏電って怖いよね。ははは。」
僕はリリィを抱きかかえたアンジェラを伴い、聖マリアンジェラ城のホールに転移した。
そこにいた未徠が駆け寄ってきた。
他の者に指示を出した。
「徠夢、タオルをリリィのパジャマを用意してくれ。リリアナを呼んでくれ、リリィを着替えさせなければ…。」
「着替えは私がするから、大丈夫だ。」
アンジェラは大切そうにリリィの体を抱えたまま、自分たちに割り当てられた居室へと歩いて行った。
未徠は不安そうについて行った。あの原因不明の高熱の事は何も解決していないからだ。
アンジェラが、タオルを持って走ってきたリリアナとアンドレを伴い、室内で液体をぬぐい取り、パジャマに着替えさせた。
相変わらずリリィの体は相当熱い。アンジェラは祈るような気持ちで過去から来たライルに聞いた。
「リリィに何が起こっているのか知っていたら教えて欲しい。」
「うーん、そうだな…。まぁ、仮説だと思って聞いて欲しいんだけど…。
これは、きっと覚醒するための準備をしているんだと思う。」
「いや、しかし、リリィは生まれた時から覚醒しているぞ。今更そんなこと、ないだろう。」
「だから、あくまでも仮説として聞いてよ。
もっとすごい能力を持つ、いうなれば、上位覚醒が起きているんじゃないかと僕は思っているんだよ。蝶の蛹ってさ、あの幼虫から大人の蝶に体を作り変える時に、体の中の組織をドロドロに溶かして再編成するらしいんだ。僕は今、リリィの中身がそうなっていると思うよ。」
「ド、ドロドロ…?」
アンジェラの顔色が悪くなってしまった。元々白い顔が青くなっている。
「そんなに気にするなよ。元々人間じゃないんだろうし、普通の常識は通用しないさ。
しばらく放っておきなよ。」
そして、過去から来たライルは軽く次のように言い、帰って行った。
「僕、そろそろ帰らないと…。あ、明日から、もうこっちには来ないから。用事が出来たら来るかもだけどさ。お爺様と父様たちに言っておいて。いい勉強になったって…。
じゃあね。バイバイ。」
三歳の大きさに戻り、キラッキラでうるうるの目を笑顔で細めて、元気に手を振り小さいライルは帰って行ったのだった。




