250. バッドトリガー(3)
リリアナが、9歳の大きさに戻ってしまったライルを連れて日本の朝霧邸のライルの部屋に転移した。
「うわあぁ~。」
目の前の景色が急に変わり、ライルは恐怖のあまり大きな声を出し、しゃがみこんでしまった。
「ライル、こういうことも全部忘れたわけ?」
「お姉ちゃん、今のはなに?どうしているところが変わったの?」
動揺するライルにリリアナがふぅとため息をついてから、ベッドに座るように言った。
クローゼットの横に使わなくなった昔の洋服がプラスティックケースに入れられて置いてあった。そこからジーンズと、Tシャツとパーカーを取り出し、ライルに手渡した。
「とりあえず、これ着て。それと、お姉ちゃんじゃなくて『リリアナ』だよ。」
ライルはこくんと頷いて、ブカブカのパジャマから手渡された服に着替えた。
着替えが終わったとき、リリアナがにこりともしないいつもの表情で言った。
「ライル、私はあなたからできた別個体なの。あなたが死んだりしたら私も消える。
今まで、辛いことや、悲しいことすごくたくさんあったの。ライルは心が優しいから、いつも耐えられなくなってしまう。そんな気持ちから私は生まれたんだと思う。」
「おね、…リリアナちゃんが僕の別個体?ってどういうこと?」
リリアナはリリィとアンジェラがアンドレを過去のユートレアから連れてきてから、アンジェラとアンドレの間で揺れ動くリリィの過去の記憶と、いたたまれずにアンジェラの体の中に隠れたアンドレが死んでしまったと勘違いして悪魔ルシフェルにアンドレを生き返らせる願いを叶えてもらおうと、自分自身に核を埋め込んだ結果、小さな女の子のリリィと大きなおじさんのライルに体が分離した記憶をライルの額に手を当てて見せた。
「うわぁ、なんだこれは…。」
「覚えてない?」
「…。うん、覚えてない。僕って女だったの?あの、大きいおじさんは誰なの?」
「そうよ。ちょうど5年くらい前、あなたは今のその姿と同じ、小学三年の男の子だった。
でも、夏休みの間に色々なことがあったの。そして、成人した女性になった。あの背の大きな男性、アンジェラ・アサギリ・ライエンのために…。」
「僕、何がなんだかわからない。」
「そうね、少しの間この家で過ごしたらいいわ。そして自分の力で思い出しなさい。」
リリアナはライルのスマホを取り出し渡した。
「何かあったらすぐに電話して。何時でも遠慮しなくていい。」
ライルがスマホを触ると指紋認証で画面が開いた。これは、僕のスマホなんだ…。
「あの、僕…。」
「何?」
「ここ、僕の部屋じゃないみたいだ。」
「あぁ、そうね、確かこの真下の部屋が小学三年の夏休みの時に使ってた部屋だったと思うわ。移動したのよ。」
「リリアナちゃん、ありがとう。」
情けなく暗い声でお礼を言うライルに、リリアナは不安を抱きながらもその場を後にした。
シーンと静まり返った部屋で、ベッドに座ったままボーッとして過ごす。
学校に行かなくていいのかな?そんなことを考えつつ以前自分が使っていたと言う部屋にでも行ってみようかと立ち上がった。
その時、カーテンがシャーと開いて、窓のところにある椅子の上に金色の光の粒子が出て三歳くらいの男の子の姿になった。椅子の上に膝立ちして外を見ている。
「うわぁ、だ、誰?」
僕は、驚いてベッドの脇に倒れこむ…。窓のところに出てきた小さい子は、振り向いて大きな碧眼をパチクリと瞬いてキョトンと首を傾げた。
「あ、こんにちは。僕、朝霧ライル、三歳です。間違っちゃったかな?」
そう言いながら、小さい男の子は椅子から降りて僕の方をじっと見つめる。
「お兄ちゃんは?誰なの?ここは僕の、11年後の僕の部屋だよ。」
「ええっ…。ぼ、僕も朝霧ライルだ。9歳。」
その時、ドアが開いて髪の茶色い女性が入ってきた。
「おかあちゃま…」
小さい子が走って女性に飛びつき、抱っこされる。
「ライル、いらっしゃい。」
女性は愛おしそうに小さい子をぎゅって抱きしめた。
「き、北山先生?」
僕が言葉を発すると、女性がこちらを見た。僕に気が付かなかったのか、床に座り込んでた僕を見て、彼女は動揺しているようだった。
「ラ、ライル君?」
「先生がお母さんだって本当なの?」
北山留美が動揺しながらも僕に手を差し伸べて立たせてくれた。接触した手が淡い光を帯びて光った。色々な情報が手から伝わって脳にどんどん流れこむ。
「母様…。」
なんだかよくわかんないけど、抱きついてしまった。彼女も僕を抱きしめてくれた。
ジワッと涙が出たけど、悲しいわけではなかった。
「今日はいつもよりずいぶん小さいのね。」
母様が少し笑って言った。
「え?」
「もうお父様より大きくなってたから、なんだか懐かしい大きさね。」
「今日は9歳なんだって。」
小さいライルが言った。母様が不思議そうな顔をしている。
そこへ、バタバタと走る音が聞こえて、父様が入ってきた。
「ライル!」
母様と手を繋いでいた僕を引っ張って父様がすごく強くぎゅーって僕を抱きしめた。父様の体が白く光って記憶が僕に流れ込む。
「父様、どうしたの?僕、目が覚めたらすごい大きなお家に行っちゃってて、知らない人ばかりで…。」
「わかってる。アンジェラに聞いてるから、大丈夫だ。安心してここで暮らしなさい。」
父様はアンジェラおじさんの事を知ってるんだ。
父様は小さいライルの頭を撫でると、皆でお昼ご飯を食べようと言った。
そう言えば、目が覚めてから何も食べていない。
サロンに行き、記憶のままの日常と同じ、かえでさんがご飯を用意してくれていた。
「かえでさん、今日のごはんは何?」
僕が聞くと、かえでさんは驚いて、父様の方を見た。
「ラ、ライル様。おかえりなさい。」
「え?」
そこへ、少し大人の金髪のおじさんと茶色い髪のおばさんが入ってきた。
「ライル?ライルなの?どうしてこんなに小さくなってるの?」
おばさんが僕に触った。おばさんの手も白く光った。
「お婆様、お爺様。…。」
死んでいなかった二人から、大きく成長したライルやリリィと呼ばれている人物の記憶が流れ込んできた。父様が説明を始めた。
「アンジェラから電話がかかってきて、ライルの5年ほどの記憶がなくなっていて、体までその頃に戻っている。家に帰ると泣くからいったんこっちで様子を見てくれと言うんだ。」
「まぁ、何かあったのかしら?ライル、ゆっくりしていったらいいわ。ここは、あなたの家でもあるんだから…。」
「あぁ、敷地内に動物病院が開業したばかりで、バタバタしていたけど、昼も来られるからよかったよ。」
え?何年も前から開業してたはずなのに…。
「ライル、早く食べてお爺ちゃんと話でもしよう。」
「うん。」
そこへ、リリアナがライナを連れてきた。
「ライナ、いらっしゃい。」
母様が声をかけるが、ライナはもじもじしている。ライナは僕の横に別の場所から椅子を持ってきて父様との間に割り込んで座った。リリアナはすぐにどこかに行ってしまった。
「お兄ちゃん。」
そう言ってライナが僕の手を握った。ライナの手も白く光って記憶が流れ込んできた。
「ライナ…。」
ライナの記憶はものすごく辛いものだった。そして、僕をすごく頼りにして側にいたいと思っていることが伝わってきた。
食事の準備ができて、ちらしずしとお蕎麦をみんなで食べた。
「おいひい。」
もぐもぐ食べていたら、ライナがニコニコしながら僕に言った。
「お兄ちゃん、大きくても中くらいでも、小さくても、食べてる顔同じだね。」
思わず小さいライルを見てしまった。確かに、口に入れたらしばらくもぐもぐして時間がかかっている…。なんか変な感じだ。
食事を終えて、裏庭でお爺様と少し話をした。
お爺様に触れたら、お爺様の記憶も流れ込んできた。
僕が覚えていない色々なことがあったんだ…。
「ライル、あまり思いつめずに相手に気持ちを伝えることも大事だよ。」
お爺様が僕にそう言った。
小さいライルとライナと僕でボール遊びをした。二人はとてもうれしそうで、また遊ぼうねと言われた。
なんだかゆっくりと一日が過ぎた。
皆、僕に優しかった。なんだか昨日までと違うと思った。けど、何が違うのかがよくわからなかった。
小さいライルとライナはすぐに帰って行った。
夕食も食べ、自分の部屋でお風呂に入った。母様がパジャマと翌日の服を出してくれた。
パジャマに着替えて、部屋の中を色々と見ていた。
部屋には二つベッドがある。さっき座った方じゃないベッドの上に寝転がってみた。
枕の下に何かあった。白い大きな羽だった。
リリアナの翼の羽に似ている。
その羽を手に持った時、異変が起きた。僕の手の先から体が光の砂のようになり崩れ落ちていく…。僕の目の前は一瞬金色一色になった後、真っ暗になった。




