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25. 夏休みの課題

 八月一日日曜日、朝からアダムが騒がしい。

「ねぇ、ライル~。今日はどっかに遊びに行かないのぉ?もう、体も大丈夫そうだし。どっかに連れてってよぉ。」

「あぁ。もう。アダム朝からうるさいよ。ちゃんと顔洗って、朝ご飯食べて、それから今日何するか考えようよ。本当はもうちょっと寝たいよ。」

 犬になってじゃれてくるアダムにちょっとチョップを入れてけん制した後で渋々起きる。


 自分の顔を洗い、アダムにも人間の姿になってもらい、顔を洗ってあげる。

「顔は舐めない!」

「うー。」

「うーじゃないでしょ。もう。」

 本当に手のかかる弟が出来たようだ。

 朝食を食べ、少しゆっくりしているとまだ寝ていたのか母様がダイニングにやってきた。

「おはよ~。」

「母様、おはようございます。」

「昨日の夜、徠夢くんが急に大学病院の教授に呼ばれて行っちゃうから、気になっちゃって眠れなくなって、気づいたら朝寝坊しちゃったのよ。お肌に悪いわ~。」

 アダムが母様に駆け寄る。

 あぁ、また抱っこ。本当にべったりだな。

「アダム、ちゃんとご飯食べたの?」

「あい。」

「いい子ね~。」

 一通り、じゃれ合ってアダムはまた遊びに行きたいモードに突入だ。

「ねぇ~。ライル~。どっかに行こうよぉ~。つまんない~。」

「アダムは暇かもしれないけどさ、僕には宿題とか色々やることがあるんだよ。わがまま言わないでよ~。」

「だって~。」

 アダムがむくれている。ちょっとかわいい。

「ライル~、外でやらなくちゃいけない宿題とか、課題とかないの?」

「う~ん、どうだったかなぁ。確認しないとわかんないかな。」

「じゃあ、確認してきたらいいんんじゃない?もし外でできる課題があれば、私も一緒に行こうかしら。

 徠夢くんももう起きてると思うし一緒に行きましょうよ。」

「じゃあ、確認してきます。母様。」


 僕は渋々部屋に戻り、夏休みの課題が書かれた一覧をチェックする。

「ん、国語と算数のプリントはオッケー。理科は実験か…何やるかまだ考え中だし、社会の課題かぁ、

 え?自分の祖先について調べる?って、これは微妙なところだな。」

 とりあえず、それを母様に報告する。

「自分の祖先について調べるってのがありました。でも、この前の伝説の話でいいんじゃないかな。」

 そこへ父様が起きてくる。

「みんな、おはよう~。なんだか盛り上がってるね。」

「違うのよ、アダムがお外に行きたいっていうから、ついでにライルの宿題をやったらって言ってるのに

 ライルったら面倒くさがって、冷たいのよ~。」

 父様はわかっている様だがとりあえず僕に無茶ぶりをする。

「で、ライルの課題は何だ?」

「あ、うん。祖先について調べるって。だからこの前の伝説のこと書いて終わりでいいかなって。」

「ライル、あれば祖先について語っているわけじゃないぞ。あくまでも、こんな事があったよ的なおとぎ話だ。祖先というからには、朝霧についてもっと調べたらいいだろう?」

「う、うん。そうかな…。」

 しまった。アダムの術にはまった感じがする。

 朝霧家、元々は城を持ちこの辺りの民を従えるこの辺一帯の領主だったはず。

 でも、一人=緑次郎を残して全員惨殺にあったと、この前の資料館で見たばかりだ。

 調べるまでもない。


 食事を終え、自室に戻り、何となく外を見たりしてくつろいでいた時だ。

「ライル~、準備できましたぁ?」

 とアダムの声が聞こえてきた。

「え、準備?」

「先祖のお話し、調べにいくんでしょ?ライルのお父上もお母上も待ってますよ~。」

 マジか…。みんな暇なのか?

 僕は、半ばあきらめ、メモするための手帳とペンをメッセンジャーバッグに入れ、肩にかけた。

「わかった。行くよ。」

 アダムは嬉しそうに僕にまとわりついてくる。

 僕たちは、父様と母様と共に家の外へと出かけたのだ。


 僕たちは、結局朝霧が領主として栄えていたころの城跡に行くことになった。

 道すがら父様が言うには、朝霧という名前はこの界隈では一軒しか元々なかったらしい。

 領主だった頃は、女の子ばかり生まれて、男児が生まれるのが稀な家系だったと昔聞いたことがあるそうだ。

 そんなわけで、何人子供が生まれても、嫁に行き、数少ない男児に後を継がせ朝霧をどうにか存続していたらしい。

 最近のうちの家族は何代も男しか生まれていないので、どうしてそうなったのかは非常に興味深いところだ。


 家を出て敷地から裏手にまわり、イヴを保護した辺りからわき道を高台に向かって数百メートル進む。

 そこには、街を一望できるような大きな丘があった。

 僕は、ここに初めて来た。

 公園を兼ねているようで、広い敷地に芝が広がり、太陽を遮るものはほとんどない。

 城があったと言われれば、ここからの見晴らしはまさに城に適していると思う。

 その高台に上がってすぐ、石碑が三つ並んでいた。

 祖先を祭る墓石、心無き者による虐殺の鎮魂の石碑、そして見たことのない変な模様の刻まれた石碑だ。

 説明なのか石碑の裏には「怒れる魂ここに眠る」とだけ記されている。

 趣味悪いな。


 母様はアダムとたわむれて楽しそうに笑う。

 父様は、石碑から少し離れたところにある唯一の木陰に座り、風の音を楽しみながら睡魔に襲われているようだ。

 僕は、こんなところに来ても、祖先のことなんてわかりはしない。とそう思っていた。


 その時、アダムは人間から犬の姿に変わり、本気の仔犬モードを炸裂させると、一目散に走っては、戻り、また走っては戻りと、楽しいを全開にした様子だった。

「アダム、あまり遠くに行っちゃだめよ。」

 母様がアダムを止める。

 一瞬人間に戻り、転びながらも答える。

「あーい」

 そして、また仔犬の姿に…。

 そしてそれは突然始まった。

 アダムの目が白銀色に光り、まるでオオカミの様にうなり声をあげる。

 僕は慌てて父様に伝える。

「父様、アダムが目を白銀色に光らせています。」


 うとうととくつろいでいた父様は慌てて飛び起き、アダムの進行方向を確認しつつ、間合いを詰める。

 アダムが理性を失くし、人でも襲うかと心配していた僕だったが、次の瞬間あまりのことにずっこけた。

「うぅううううぅぅぅぅ…、」

 アダムがうなりながら威嚇体制とる。

 そして、地面に小さい穴を掘った。そして、ドヤ顔のアダム。

 僕も父様も母様も大爆笑。

 目を光らせてまで発揮するアダムの能力って、穴掘りもあったんだ。別に能力いらないだろ~。

 穴を三つくらい掘って、地面に背中をこすりつけゴロゴロ転がって楽しんでいる様子だ。


 そこで母様が、敷物を広げて、持ってきた包みをその上に開いた。

「かえでさんがお弁当を作ってくれたのよ。こっちに座ってみんなで食べましょう。」

「あーい。」

 人間の姿になり、アダムがお弁当に突進。

 ちゃっかり母様の膝に座り、手を拭かれ、もうおにぎりを頬張っている。

 さすが、アダム、早食い番長だけある。


 お弁当を食べ終え、僕と父様は辺りを散策することにした。

 特にこれといった物は見当たらない。公園と言っても遊具もなければ、ベンチすらない。

「父様、何もありませんね。ここで何かを調べるのは難しいのではないでしょうか。」

「そうだねぇ。何もないね。」

 高台の上には、ところどころに城の柱でもあったのか、すこしくぼんだ穴や、朽ち果てた

 木のような塊が土の中にうまっているだけだった。

 そこへ、アダムがまた犬になって走ってくる。

 また、オオカミモードか?ダッシュしたり、うなったり、進行方向を変えたりして遊んでいるようだ。

「アダム、怪我しないように気を付けるのよ~。」

 そう言って、母様が注意を促した時だ。

 アダムが僕らの目の前でまた穴を掘り始めた。

「おいおい、穴だらけにしたら怒られちゃうぞ。」

 父様が笑いながらアダムを見ている。

「うぅ~。」

 唸りながら、アダムが何かを咥えている。

 ゴミか何かを見つけたのかな?僕は、しゃがんでアダムを覗き込む。

「ん?何だこれ?」

 アダムが掘り当てたそれを手に取ったとき、僕は何が起きたか全くわからないかった。

「ライル!!」

 父様の声が遠くで聞こえた。


 僕はごぉごぉと音を立てて燃えている建物の中にいた。

 僕の右手には短い日本刀、僕はその刀のつばの部分を掴んでいる。時代劇で女の人が隠し持っている護身用の短い刀の様なものだ。

 さっき僕が手に取ったのは、この刀のつばの部分だったようだ。

 なぜこんなところに来たのだろう。

 早く逃げなければ、焼け死んでしまう。

 脱出路を探そうと周りを見回すと、すぐ足元に着物姿の男の子が倒れていた。

「おいっ、どうした?大丈夫か?」

 声をかけるが反応がない。炎が建物を焼いてギシギシと音を立てている。

 僕はその子を左手で抱きかかえ、刀のつばを離さないように右手でしっかりと握る。

 顔が熱い、目が開けられない。とにかく進もう。

 姿勢を低くしながら少しずつ進んだ。

 僕のパーカーは少し焦げてあちこち黒くなっている。

 ガゴン、と音がして、近くの壁が落ちた。

 男の子を抱き寄せ衝撃をよける。

 壁が落ちたのが幸いしたのか、人が出られるほどの穴が開いている。その場所へと壁の残骸の上を這うように移動する。

 両手がふさがっているのがつらいところだ。

 ようやく外に出た。しかし、まだまだ建物の倒壊から身を守るには近すぎる。

 さらに二十メートルほど身を低くして移動する。

 生垣のようなものの陰に腰を下ろし、男の子の様子を確認する。

 ダメだ、意識がない。僕は男の子を地面に寝かせ、その子の体を左手で触り意識を集中する。

 肺が、喉が焼けただれている。

 僕の手から光があふれ、男の子の傷が少しずつ癒えていく。

「げほっ、げほっ。」

 とむせた後、その子は呼吸を取り戻した。

 しかし、また自分はいつ力尽きて消えるとも限らない。

 このまま力を使い続けてはこの子の安全が確保できない。

 ライルは走った。どれだけ時間があるかわからないのだ、とにかく急がねばと思った。

 今朝、家族で歩いた道を逆に、進む。

 先祖の墓がある。この時にはまだ2つの石碑は建っていなかった。

 その先の、自分の住んでいる家のある場所を探してひたすら走った。

 町並みはずいぶん様変わりしていたが、道はそんなに変わっていないはずだ。急げ、急がなければ、僕にはどれくらい時間が残っているかわからない。


 ようやく、道を曲がり、ここだと思える場所に着いた。

 門の横の戸口を開け、裏庭に入る。

 僕はパーカーのフードを目深にかぶり顔を隠して、少し大きな声で助けを求めた。

「すみません。助けてください。お願いします。朝霧です。」

 僕の声に気づいた人がいたのだろう、廊下を慌ただしく走る音が聞こえる。

 最後にあるだけの力を振り絞って、男の子の皮膚のただれを癒す。

 僕の体がありったけのエネルギーを使っているからなのか、僕も男の子も全身が光で包まれる。

 頭の中に問題がないか、確認する。その時、男の子は意識が混濁している様だが目を開けた。

「もう大丈夫だよ。よく、頑張ったね。」

 僕はそう言ってその子の頭に手をのせ撫でてあげた。

 もう大丈夫、自分にもそう言ったのだと思う。

 僕は力尽き、意識を手放し、刀のさやから手を離した。

「て、天使様…。」

 男の子は、目の前で光り輝く僕を見て、救われたのだと理解した。

 屋敷の中から慌てて出てきた商家の主人は、自分の屋敷の裏庭に領主の息子が焼け焦げた着物を着て横たわっているのを見て駆け寄り男の子を支える。

 そして、遠くで城が焼け落ちていく様を見て、ひどく心を痛めた。

「一体、誰がこんなむごいことを…。」



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