244. 長い夜
その後、僕は別の世界の瑠璃宛に絵本をどこで手に入れたかを尋ねる手紙を書いた。そして、僕の寮で起きた事件についても書いた。
瑠璃はボーディングスクールには行っていないので、ウィリアム達には会うことはないだろうが、一応念のためだ。
すっかり時刻は深夜を回り、ベッドに入った途端に寝落ちした。
僕は夢も見ないで爆睡していたと思う、そんな夜中に『カシャン』というかすかな音がした。
「んー?なんだろう…。」
わずかに血の匂いの様なものもする。一瞬で目が覚め、ベッドの脇のキャビネットの上に置かれているライトをつけた。
「わっ、血、血が…。」
ベッドの掛けていたブランケットの上の丁度僕の寝ている上に血がついている。
そんなに凄い量ではないが、まだ真っ赤で新しそうなものだ。
僕の声に驚いてアンジェラが飛び起きて部屋全体の照明をつけた。
「リリィ、どうした?お前の血か?」
「違う、僕のじゃないよ。」
よく見ると、真ん中の血だまりの中に羽の模様のイヤーカフが紛れていた。
「こ、これはアンドレのだ。」
「アンジェラ、僕、行ってくるよ。アンジェラは子供達とここにいて。もし、学校に行く時間になっても戻って来なかったら学校に休むって電話しておいて。」
僕は何年前に行っているかわからないリリアナとアンドレの場所に一瞬で行くために、そのイヤーカフを血液ごと手にした。僕は金の光の粒子になり、その場から消えた。
僕が行き着いたのは、アンドレの中だった。手にイヤーカフを持っていて、身動きは取れない。
体が麻痺しているのだ。目の前にリリアナが倒れている。同じように麻痺して気を失っているようだ。リリアナの手には血がついていた。
アンドレが食事の時に使うナイフで自分に傷をつけ、わざと血を出し、リリアナがそれをアンドレのイヤーカフに付けたものを僕のところに物質転移させ、非常事態を知らせたんだろう。
周りを見渡すと、城の広間では宴の最中だった様子が見て取れる。
しかし、全員が麻痺状態でテーブルについたまま突っ伏しているもの、椅子から床に落ち横たわっているものなど、様々だ。
僕はアンドレの中から外に出た。動いている者がいないことを確認した。
食べ物に麻痺系の毒を盛られたのだろう。
僕は最初にリリアナとアンドレの毒を元々マリアンジェラが持っている能力である聖なる力で解毒する。二人に僕の手から出る白い光の塊をぶつけると、全身が光に覆われ、黒い靄の様なものが体から出て行くのがわかる。
次にオスカー王と王妃、そしてアンドレの年の離れた妹を解毒した。
先に意識を取り戻したアンドレに事情を聞いた。
「アンドレ、何が起きたの?」
「う、うぅ、あぁ、リリィ来てくれたのか?」
「寝ているときに血まみれのイヤーカフが届いて、慌ててきたらこんな状態でさ…。」
その時、オスカー王と王妃、リリアナも意識を取り戻した。
「オスカー王、王妃も大丈夫ですか?何が起きたんです?」
「宴の途中で皆急にバタバタと、倒れ出して…。」
「きっと、誰かが毒を盛ったんですね。わかりました。捕まえますね。
とりあえず、もう、食べ物も飲み物も口にしないようにお願いします。」
ここにいる人数を解毒するのに一人では時間がかかる。どうしようかと思案しているときにマリアンジェラの女神召喚を思い出した。
やろうと思えばできるのかもしれないけど、ちょっと恥ずかしいな。
一瞬躊躇した後に、僕は一度家に戻り、アンジェラに言ってマリアンジェラを連れて行くことにした。
「ねぇ、マリー、寝てるところ悪いんだけどさ。皆を助けて欲しいんだ。一緒に来て。」
「んー。ママぁ…。なに?」
有無を言わさず、連れてアンドレ達のところへ急いだ。
「マリー、起きて。ねぇ。ここの人たち毒で死にそうなの。すぐに全員を治さないと…。」
「ん。どくぅ?」
「そう、毒。だからマリーの女神様呼ぶやつで一気に治さないと間に合わないかも…。」
「ほえ?むむー。」
目をこすりながら、どうにか目を覚ましたマリアンジェラを一段高いところに立たせる。
「マリー、お願い。」
リリアナもマリアンジェラに懇願する。
「あとで、アイス食べてもいい?」
「いい、いい、何個でも食べていいから早く。」
マリアンジェラはニンマリ笑うと、両手を胸の少し上で組み、目を瞑ってぶつぶつと何かを呟きだした。同時に彼女の体から真っ白な光があふれ、視界が眩しさで見えなくなる。
光がおさまったその後で、大きくなったマリアンジェラが両手を広げて静かな声で言った。
「悪しき心を持つものに裁きを、良心を持つものに癒しを。」
また真っ白い光が大広間中を覆った。
数秒後、マリアンジェラは元の姿に戻り、リリィの所に走って戻り、抱っこされた。
「おおっ、女神様…、またお目にかかれるとは…。」
オスカー王、感涙である。そう言えば戦争の時も救ってたっけ。
ところが、倒れている人たちの中に二人、目を覚まさない者がいた。
「マリー、あの人たちはどうして治ってないの?」
「ほよ?あ、毒を入れた人にはお仕置きするようにって考えながらやったからかな。」
「じゃ、犯人ってこと?」
コックリと頷き、僕を見つめマリアンジェラが耳元で言った。
「アイス食べたい。」
「あー、はいはい。ちょっと待ってて。」
僕はマリアンジェラを家に置いてくるとアンドレ達に告げ、家に戻った。
家でアンジェラに事情を話し、アイスを食べさせてもらえるようにお願いして、マリアンジェラをアンジェラに渡す。そして、僕はもう一度ユートレアに戻った。
戻った後は、オスカー王とアンドレに相談して、捕縛した犯人の二人に尋問をすることにした。一人ずつ解毒して意識を取り戻させる。
そして、赤い目を使って尋問を行った。
二人はこの城に仕えてまだ日の浅い給仕担当の者達だった。
この城へは最初から今日の様な盛大なイベントで食事をふるまう際に毒を入れるために送り込まれていた者達だった。どうやら、本人たちはこの国の善良な国民であったが、家族を人質にされ、抵抗できなかったようだ。
黒幕は、以前倒した元隣国の没落王の親族だったらしい。
王はその者達の首をはねよと命令したが、僕が反対した。
「根絶やしにするいい機会だから、協力すれば家族も助けてあげる。その代わり、一生命を懸けてユートレアの王族のために忠誠を誓うこと。ってのはどう?」
「家族を助けてくれるならどんなことでもします。」
犯人たちはそう言って泣いて懇願したので、オスカー達も僕の提案を受け入れた。
「大丈夫、赤い目を使うよ。絶対裏切らない、いや、裏切れないはずだよ。」
僕はその男たちが接触した人物を、彼らの記憶を見て突き止め、僕は過去に戻って彼らが接触した人物を隠れて追った。
命令をしていたグループは国境に近い森にアジトを持っていた。その小屋には人質になっている家族がいた。その家族を別の場所に移したうえで、そのグループに指示を出していた人物を特定するためにそいつらを捕縛し、記憶を確認する。
「へぇ、こんな落ちぶれても元王族ってだけで言うこと聞いちゃうんだ。」
記憶の中に見えたのは、白髪でヨボヨボのお婆さん、ユートレアに攻め込んできたのは、このお婆さんの息子だった王らしい。その息子や娘、孫などはユートレアに従い、辺境地で貴族として今も不自由ない暮らしをしているが、息子を討たれたそのお婆さんはどうしても許せなかったらしい。
実行グループのやつらを赤い目で暗示にかけた。
『ユートレアから遠く離れた地にいなければ、お前の命が狙われ、親、兄弟、妻、子、孫までも命を狙われたまま、ずっと逃亡生活を送ることになる。』
全員慌てて逃げて行った。
そのお婆さんを探し、捕縛してユートレアに連れ帰った。
あとは、オスカー達の采配に任せよう。
調理場の毒も浄化しておいた。ここまでやれば大丈夫だろう。
マリアンジェラが捕まえたタコやイセエビはもっと前の食事で美味しくいただいたようで、よかった。リリアナは妊娠中で体調が心配だったが、僕がお腹を調べても特に問題は無さそうだった。
「リリアナとアンドレも早く帰って来てよ。こっちも色々とあってさ、大変なんだ。」
「わかった。今晩こちらで過ごし、明日の昼間に戻ることにする。」
「うん、じゃあ待ってるね。」
そこで、オスカー王が僕を引き留めた。
「リリィ殿、あ、あの…その…アイスとはどういうものなのだ?」
「ふふっ、聞こえちゃいました。今度、二人に持たせますね。」
アンドレは苦笑い。リリアナは無表情のままため息をついた。
何だか僕にとっては今日は長い夜だった。




