242. 寮で起きた事件
寮でシャワーを浴びてきたので、クローゼットの中でリリィになり、パジャマに着替えて洗濯物をかごに入れた。
洗濯は昼間のうちにお手伝いさんがやってくれる。
アンジェラと話をしたかったのだが、彼は書斎でオンラインミーティング中のようだった。
僕は、少し横になってアンジェラを待とうと、ベッドの上に横になり、スマホを充電器につなげた。
あぁ、今日は疲れた。月曜日って毎週同じこと感じるなぁ…。
ゴロゴロしながらそんなことを考えているうちに寝てしまった。
僕は夢を見た。
変な夢だ。学校の寮の僕の部屋の前で、誰かが首を斬られて瀕死の重傷を負っている。
しかし、僕は寮にはおらず、イタリアの家にいてそんなことには気づきはしない。
その負傷者が僕の部屋に助けを求め、手をかけたとき、設置してあったセンサーに反応した。
スマホに血だらけの男性が映っている。このままでは失血死してもおかしくない。
しかし、安易に僕が飛び出していけば、僕が犯人になってしまうかもしれないのだ。
そして、家族以外の人間の傷をむやみに癒すことも、リスクが高い。
夢の中で、僕は葛藤していた。
スマホに届いた映像のタイムスタンプは午後9時。
どうすればいいのか…。
その時、僕の背中に暖かいものが包み込み、首筋にキスをする。あぁ、あれ?
アンジェラがオンラインミーティングを終えて、僕を探しに来たのだ。
「リリィ疲れたのか?」
「あ、うん。ちょっと寝ちゃった。しかも嫌な夢見た。」
僕は夢を説明した。
「リリィ、今すぐライルになって、着替えて、寮に戻れ。そして、寮から歩いて外に出ろ。途中でスーパーで食べ物を買って、アメリカの家に行け。」
「え?」
「これはきっと、現実になる。お前は寮にいなかったという事実を作っておかないとまずい。」
「万が一、ということもあるね。でも、その人が死ぬかもしれない。」
「私が学校の警備に電話をかける。不審者が部屋の前をうろついているからライルを寮から家に帰らせたと言うよ。その上で不審者を確認するように促すさ。すぐ準備をしろ。
もちろん、向こうの家に着けば、いつでもこっちに戻ってかまわない。いいな。
今日は私の言う通りにするんだ。」
「うん、わかった。」
僕はライルになり、着替えて寮に転移した。
アンジェラに言われた通り、学校から歩いて行けるショッピングモールの中にあるスーパーマーケットに行き、ヨーグルトとスナックを買って、家に向かう。店を出たら足早に、つけられたりしていないかを確認しながら進む。学校の寮を出てから18分と言うところか…。
家に無事に着いた。証拠を残すため、門の前でドアベルを鳴らし、アンジェラに遠隔で門を開けてもらう。
玄関は、僕の指紋認証で解除可能だ。家に入り、二階の部屋へいき、そのままイタリアへ。
アメリカでの時刻は午後6時40分だ。
家に着いたら、またリリィになってパジャマに着替える。
アンジェラが寮の部屋の前に着けた監視カメラの画像をスマホでリアルタイムで見るように設定した。
「リリィ、夕食、まだだろう?一緒に食べよう。」
「アンジェラ、食べてなかったの?」
「ちょっと夕方、忙しかったんだ。」
二人で、夕食の残りを温めなおして食べていると、スマホのアプリに動体感知を知らせるアラームが鳴った。時間は、アメリカの午後7時50分。
「あ、こいつは、夕方シャワー浴びようとしていた時に部屋のドアをガンガンやって開けようとしていたやつだ。ウィリアムの知り合いらしい。」
「それで、上半身裸でドアを開けたのか?」
「え?見てたの?」
「当たり前だ、お前に何かあったら困るからな。」
「恥ずかしい…。」
「下見でもしているのか?電話で誰かと話しているな。」
「そうだね。」
「一度、学校の警備に電話を入れるよ。監視カメラを付けていることは学校に言ってあるから、心配するな。」
「うん。」
アンジェラが学校の警備に、今日は変な奴が寮の中をうろついているから、うちの子は家に帰したが、30分に一度見回りをしてくれないかと電話で話した。
警備の人は、快く承諾してくれた。電話の後、一回目の見回りは午後8時5分。
さっきの男はその少し前にどこかに消えた。
二回目の見回りは8時35分。特に異変はなかった。
三回目の見回りは9時5分。丁度、その少し前、例の男が、違う男を伴いライルの部屋の前に来た。そして、ドンドンとドアを叩く、何も声をかけている様子がない。
怪しいのは、二人ともバンダナで口を覆うようにして顔を隠している。
二人が、何か決心したように向かい合った時、夕方来た男がもう一人の首を切った。
首を切った男は、振り返りもせずに去った。
切られた男が叫んでいる。
「天使様、助けて下さい。あなたに助けて頂かないと、私は死んでしまいます。」
その男が僕の寮の部屋のドアに手をかけようとした。
「僕が夢で見たのはここだ。」
「やはり予知夢だったか…。」
警備の人が来た、慌てて無線を使い救助を要請している。
5分もたたずに救急車が来た。男は病院に搬送され、続いて警察が現場を確認している。
僕の部屋のドアを叩いて所在を確認している警察官に、警備の人が事件の前に不審者がいると連絡があり、保護者が家に帰らせたと伝えている。
「家に来るかもしれないな…。あっちに行っておいた方がいいかもしれない。」
今日はあいにくリリアナとアンドレがいないから、アンジェラが家を空けることはできない。
僕はまたライルになり、服を着てアメリカの家の寝室に転移した。
アンジェラの予想通り、15分ほどして、アメリカの家の門の前にパトカーが止まり、二人組の警察官がドアベルを鳴らした。
僕がセキュリティのモニターで対応する。
「はい、なんでしょう?」
「あ、すみません。ライル・アサギリさんはご在宅ですか?」
「僕ですけど、どなたですか?」
「あ、私たちは警察です。」
「え?何でしょうか?呼んでいませんよ。」
「ちょっと学校の寮で事故がありまして、少しお話を伺いたいんです。」
「わかりました。門を開けます。」
門がガーと開いた後、また閉まった。
玄関のドアもロックを解除される。
玄関口に入ってきた二人を、ホールに招き入れる。
「そこに座ってください。」
待合い場所の様なテーブルと椅子が三脚置いてあるスペースを指し、着席を促す。
「すみません、普段使っていない家なので、平日は従者がいないんです。」
僕はキッチンの冷蔵庫から水と炭酸飲料のペットボトルを2本ずつ掴み、彼らの前に置いた。
「よかったら、どうぞ。で、事故があったんですか?」
「あ、はい。事故がありまして。目撃者を探しているんです。」
「なるほど、寮のどこですか?」
「…。」
「言えないんですか?僕は今日、6時40分にはここに着いていましたので、それ以前なら誰かを見たとか言えますけど…。学校の寮を出たのはさらに15分以上前なので…。
あ、そういえば。学校から寮に戻ってすぐですけど、知らない男性が部屋の前でドアをドンドン叩くので、一回ドアを開けました。それを僕の義兄に言ったら、気になるから家の方に行けと言われて、こっちに帰ってきたんですよ。監視カメラの映像見ますか?」
「え?監視カメラですか?」
「あ、はい。僕、タレント事務所に所属していて、何かあったら困るので、念のためつけたんです。」
僕は夕方来た男の映っている辺りをアプリで開いて見せてあげた。
警察官は映像を確認してスマホを返してくれた。
「このカメラの今日のデータを全部もらいたい。」
「いいですけど、どうやって渡せばいいですか?僕はスマホでしか見られません。」
「ではこのメールアドレスに送ってください。」
そう言って、名刺を渡し、警察官は帰って行った。
僕はイタリアに戻った。もう眠くて限界だった。




