232.対抗心
未来から来たアンジェラは、疲れ切った様子だった。
それでも少し休んだ後、アンジェラと共に子供達と散策に出かけると言っていた。
しかし、両方同じ人物だと呼び名に困るので、未来から来た方を『徠牙』と呼ぶことになった。
140年くらいぶりに呼ばれるその名前に少々戸惑いつつも、本人同士は微妙な感じだ。
子供たちは彼が『パパ』だとわかっていながらも、面白がって『父上』って言ってるし。
あ、そうだ。今日はアメリカの家に行ってから徒歩で学校に行かなければいけないんだった。
急いで身支度を整え、ランチ用の食べ物をボックスに詰め込む。
ボサボサの髪の毛を洗面台の前で撫でつけていると、アンジェラが来て後ろで結わえてくれた。
「えへへ、ありがと。」
思わずチューをしてしまう。アンジェラも嬉しそうだ。
クローゼットの中からアメリカの家に転移した。
外に出て、足早に学校へと向かう。学校の正門の前では、何か騒がしいことが起きているようだった。
何だろう?10人くらいだろうか、正門前で学校の警備員と押し問答をしているようだ。
その横をさっさと通り抜け、カードキーで認証してゲートを通ろうとした時、腕を掴まれた。
「うわっ、何ですか、いきなり…。」
腕を掴んだのはどこかのテレビ局のレポーターだろうか…社名の入ったマイクを手に持っている女性が僕の腕を掴んでいた。
「ライル・アサギリさんですか?」
とうとうこんなところまで来たのか…。でも、感じ悪い態度をとってはアンジェラを困らせる事にもなりかねない。下手すると放送されてしまう。
「すみません、急がないと授業に遅れますので、腕、痛いので離して下さい。ね。」
さすがに、小さく笑ってそう言ったら、手は放してくれた。
学校の警備の人がその女性に抗議を始めた。それを横目で見ながら、ダッシュで逃げた。
全く、小学生の時から家の前にこういうのがたくさんいたけど、掴まれたのは初めてだ。
寮には寄らずに、そのまま教室に直行した。
授業の始まる5分前だ。クラス担任の先生が近づいてきた。
「ライル、なんだか大変そうだねぇ。」
「ご迷惑おかけしているようで、すみません。」
「次からは東の駐車場から職員用の出入り口を使いなさい。カードキーで入れるはずだからね。」
「ありがとうございます。」
まぁ、そんなに外には行かないと思うけど、覚えておこう。
午前中の授業を終え、ランチタイムだ。ターキーがたっぷり入ったターキーサンドを作ってきた。カフェテリアでベスを見つけたので、相席してもいいか聞いて座った。
「ライル、おとといもショッピングモールで囲まれちゃったの大丈夫だった?」
「ベス、飛び級の話、すごく参考になったよ。
あぁ、うん。囲まれちゃったね。思わず階段のところで、猛ダッシュした。あれは、アンジェラがいたからだけどね。」
「そうそう、アンジェラ様、超ハンサム。まるで神。で、どういう関係なんだっけ?」
「あ、言ってなかったっけ?アンジェラは僕の姉の夫なんだ。そして、元々親戚だし。」
「マジ?この前ネットニュースに出てた美女がお姉さんってこと?」
「あ…美女かどうかはわかんないけどね。」
「うらやましいわ、美形一家じゃない…。あ、CM見たわよ。」
「恥ずかしいな。」
「あの女の子も超美形ね。」
「ありがと。」
「え、なんでライルがお礼を言うのよ。本物の彼女なの?」
「違うよ、彼女もすごく近い親戚なんだ。」
「ふぅん。」
そんな話をしながら、ランチを終えた。ベスがいてくれると変なやつに絡まれないですみそうだ。
午後も無難に授業を終え、寮に戻った。今日は帰る前にシャワーを浴び、バスローブに着替えてさっさと宿題を終わらせた。
いつもより30分遅く家のクローゼットに転移した。
「うわっ」
目の前にアンジェラが立っていた。近い。
「危ないよ~、ぶつかっちゃうかと思った。」
アンジェラの元気がない。僕はリリィになって、べたべたくっついて「どうしたの?」と聞いてみた。アンジェラもべたべたくっついてきて、「待ってただけだ。」と言った。
変だな…。お腹がすいていたので、ダイニングでご飯を食べるから、一緒に行こうと言うと、手を恋人繋ぎにしてアンジェラが歩き始めた…。やっぱり変だな。
ダイニングで、ワインを飲む未来から来たアンジェラと側によりそう僕の分身体リリィ2号…。
これか、原因は…。確かに、この前リリィ2号が久しぶりに出現したのは、かわいそうな憔悴しきった未来のアンジェラを守るためだった。そのまま彼に執着しているようで、この世で彼女の目に映っているのは彼だけか?と言うほど、べったりくっついている。
アンジェラはヤキモチを妬いていたんだ…。対抗心に塊と言ってもいいだろう。
非常に複雑な関係である。
僕たちは…というと恋人繋ぎのまま、冷蔵庫から食べ物を出してくれるアンジェラ…。
そして、食べてる最中も手を離さない、アンジェラ…。ナイフが使えないぞ…。
「アンジェラ、手がふさがってたら、ナイフが使えないよ。」
「食べさせてやる。」
あははは…。なんだか恥ずかしい。
「ねぇ、そういえば、夜どこで寝る?客間?ユートレアに行ってもいいけど。」
僕が聞くと、アンジェラが僕の耳元で、「私たちがユートレアに行こう。」と言った。
それってさ、便乗して何かしようとしてるよね…。
「あ、リリィ、自分のスマホ持っていてね。引き出しに入ってるし、充電してあるから。」
「ありがと。ライル。じゃあ、私達がユートレアに行くね。朝ごはんには戻ってくる。」
僕、今リリィの姿なんだけど…ライルって呼ばれちゃった。
「あ、うん。いいよ。着替えはこっちから持って行って。」
アンジェラがすごく残念そうだ。欲求不満かっ!
4人での会話は非常に盛り上がりに欠け、リリィ2号と徠牙はユートレアに行った。
僕のアンジェラはものすごく不満そうだ。
寝る準備を済ませ、ベッドに入った後もご機嫌が悪い。
あーもう、めんどくさい。
「仕方ないでしょ、家の主が不在にしてどうするのさ。」
「ちっ。」
「あ~、ちって言った~。」
真夜中に二人で馬鹿笑いをして、就寝となった。
翌朝、9月15日火曜日。
今日は、アンジェラと未来から来たアンジェラを連れて、リリィ2号が日本の朝霧邸に昨日僕たちが見たセキュリティカメラの情報を未徠と徠夢に見せに行ってくると言う。
朝食を皆で食べながら、ワイワイガヤガヤ…大人が6人、子供が3人、結構な大所帯である。
「よく眠れたかな、ら、徠牙…。」
アンジェラがなんだか恥ずかしそうに言った。『ぷっ』恥ずかしがってる…。笑える。
目をまん丸に見開いて、聞かれた方の未来のアンジェラが、それに応えた。
「お、おかげさまで…。」
『ぷぷっ』やべ~、今日一日これ思い出しただけで楽しめそうだ。
ぎこちないやり取りの後、子供たちの散策にアンジェラが出かけてしまった後で、未来のアンジェラが言った。
「私はここにいていいんだろうか?」
「何言ってんの?自分の家じゃないか。遠慮しない方がいいよ。それに、皆が無事でいられるかどうかは、あなたにかかっているんですからね。」
「わかった。」
「大丈夫、僕が皆を守るから。」




