229. 最優先事項
9月13日、日曜日。
昨日のパーティーで疲れたので、結構みんなで朝寝坊した。
昨夜帰って来てからはすぐリリィになった。
午前9時ようやく起きて、朝食を食べる準備をしていたら、アンジェラのスマホに激しくメッセージの着信音が鳴る。何かと思いアンジェラが確認すると、事務所のスタッフや、日本の未徠、そして、アントニオさんからまで、メッセージが届いていた。
「リリィ、やられた。」
「何が?」
「昨日のピアノ演奏をSNSにアップされたらしい。」
しかも犯人は昨日のカミルだ。常識が無さそうだとは思っていたが…。
『ライル・アサギリ』が検索ワードのランキングに入っているほどだった。
「アンジェラ、起きてしまったことは仕方ないよ…さすがに学校まではメディアも入って来ないだろうし…。」
そんな中、徠夢から電話がかかってきた。
「もしもし、ライル、大丈夫か?」
リリィだったのがライルに変わった。自動切替状態。
「あ、父様。常識のない人がパーティーに来ていたみたいで、動画をあげられちゃったみたいなんだ。心配かけてごめん。僕は大丈夫だから。」
「学校はどうなんだ?」
「まだわかんないけど、難しいことはしていないよ。一日が長いけどね。」
そんな会話をして電話を切った。
なんだか、徠夢の態度が軟化している気がする。
それはそれでちょっと怖い。
アンジェラは事態の収拾に追われている様だ。僕に何かできることないかな?
「アンジェラ、もし、困ったこととかあったらちゃんと言ってよ。」
「ライル…。なんだか私は最近の行動が裏目に出てばかりで申し訳ない。」
「でも、昨日の会長さんはちゃんとしてそうだったじゃないか…。あの人に言って対応してもらったらいいんじゃないの?」
「そうだな、私もそれは考えていた。あの会長の孫だからな、カミル・ミラーは。」
アンジェラはその後、会長あてに正式な文書でプライベートの映像のインターネット上の削除と謝罪を要求した。
すでにネットに拡散されていて全てを消すことは不可能なようだ。
アンジェラは僕の名前や姿が世の中に広く知れ渡ることを嫌っている様だ。
僕は人前に出たくないという性格上、目立つのが嫌なのだが、アンジェラはそのもっと先を見ているようだ。僕たちは、何事もなければ、この先百年以上、変わらぬ姿で生き続ける。
その時に映像が残っていては生きにくいと考えているのだろう。
今回初めてアンジェラは息子と娘を実際に持ったが、いままでは自分自身を息子や孫として偽って生きてきた。
そういうことも、今回の表に出したくない家族の存在としてあるのかもしれない。
僕に他の人間が興味を持つことも恐れているようだけれど…。
朝食を終えた頃、アンジェラに話があると言われ、アンジェラの書斎に行った。
「どうしたの?」
「落ち着かなくて申し訳ないな。」
「仕方ないよ。アンジェラのせいじゃないから、気にしないで。」
「ライル、学校の飛び級の話なんだが、とりあえず三か月ほど今の学年でやった後で学校へ私が相談するということでいいか?」
「うん、それがいいと思う。まだ入ったばかりだし、今言ったらまだ様子見た方がいいって言われるよね。」
「あぁ、私もそう思う。じゃあ、それでいいな。」
「アンジェラ、話変わるんだけどさ、未来のライラの話を父様とお爺様にした方がよくない?こっちが最優先事項だとおもうんだよね。」
「そうだな…。今日、時間を作って行ってこよう。」
アンジェラがお爺様と父様に日本時間の夕方、話があるから時間を取って欲しいとメッセージを送った。すぐに承諾の返事が来た。
二時間後に日本の朝霧邸で会うことになった。
アンドレとリリアナにも一緒に話を聞いてもらうため、子供達三人を一緒に連れて行き、お婆様と留美に見ていてもらうことにした。
留美にはまだ、ライラの話を伏せておきたかったと言うこともある。
朝霧邸で顔を合わせ、祖父の未徠、父の徠夢、アンジェラ、アンドレ、僕とリリアナの6人で地下書庫へ移動した。
父様が最初に口を開いた。
「あのネットで騒がれていることの件か?」
「いや、違うんだ。未徠や徠夢も含め、家族全員の命がかかっている。ライル、記憶を4人にに見せてあげてくれ。」
「はい。一昨日の夜、突然僕が未来に、2036年より後だと思うんだけど、引き寄せられたんだ。それは、アンジェラが自害しようとしていたからなんだけど…。」
僕はそう言って四人と手を繋いだ。そして一昨日の記憶を夕食を食べようとしているところから、未来のアンジェラの自殺を止め、アンジェラが皆が殺されたことを知らせるために墓石の前まで行き、最終的には僕の分身体を置いてきたことまでをそのまま見せた。
アンドレとリリアナはショックで言葉を失っている。
父様は、少し声を震わせて言った。
「先週妊娠したとわかったばかりの、留美のお腹の子がこのような恐ろしいことをするというのか?」
「まだ、未来のアンジェラから話を聞いただけで、確認は取れていない。でも、僕がアンジェラの命を助けるために飛ぶことは今までもあった。自殺を図ったのは間違いなくアンジェラで、彼が髪を白髪にまでして心を痛めているところを見る限り、事は起こったんだと思う。」
僕がそう言うと、お爺様が唸るように言った。
「しかし、授かった子を殺すわけにもいかないだろう…。」
「そうなんだ、お前たちはライラの事を覚えているか?」
アンジェラが聞くと、未徠と徠夢は首を横に振った。アンドレとリリアナは頷いた。
過去が変わってしまった時に、そのまま覚えている状態で現在に至っているのはイタリアに住んでいる僕達だけの様だ。徠人も5歳で死んだことになっているくらいだ。
「ライラとは誰のことだ?」
父様が聞いたので、僕は変わる前の記憶の中から、頭に蛇が生えている邪悪なライラと、一度死んだ後に僕の中に入って僕の体を乗っ取ったライラの部分を二人に見せた。
「こんなことがあったのか?」
「実際には、これが起きる前に戻り、最初の儀式が行われないようにしたので、ライラそのものがこの世に出てこなかったと思っていたんですが…。」
「ライルの記憶で見ただろうが、未来で全員を殺して一人に統合するなどと狂っている様な事を言っている。」
「あと、気になるのが、北山先生が持っていた瓶に入った蛇です。」
そう、消えてなくなったが、その蛇を見せて徠夢を懐柔し、結婚させたと言っていたはずだ。
あれは紛れもなく、ライラの頭にくっついていた蛇だ。
ライラがいた時の話だが、彼女は転移もできなかったはずだ。
「もっと詳しく調べないとダメだな。」
「転移できないなら、さほど脅威には感じないが…。」
「多分、協力者がいたんだと思います。」
僕は、これからの方向性として、何が起きたかを知るために、事件が起きる日のセキュリティカメラの映像をその先に行って入手してくると約束した。
事件現場に行ってしまったら、自分も巻き込まれる可能性があるから、それは避けて通りたい。
今回の話し合いはここまでとなった。




