227. ベスの兄と訪問者
9月12日、土曜日。
今日は学校は休みだが、ベスのお兄さんと会う約束をしている。
アンジェラも同行することになったので、約束の時間の1時間前にアンジェラが用意した家に行って、そこから車で移動することにした。
朝はゆっくりと過ごし、子供達と外で遊び、午後にはお昼寝をしたりして久しぶりののんびりした日だ。夕方になり、もう少しで家を出る時間となった頃、その日は朝から書斎にこもっていたアンジェラがようやく出てきた。
「リリィ、今日学校の友達の兄さんと会った後に、アメリカで会いたいと言っている人がいるんだが、一緒に行ってくれないか?」
「僕が一緒の方がいいの?」
「あぁ、お前に会いたいと言っているんだ。」
「誰なの?」
「絵画のコレクターらしい。私の絵を売っている画廊からの依頼だ。」
「アンジェラ、それ、あのしつこいやつの家の人かも知れない。」
「そうか…対策として、私と徠神が写っている写真を用意しよう。」
「そんなのあるの?」
「ない。」
「え?じゃあどうするの?」
「丁度良い替え玉がいるじゃないか…。」
そう言って、アンジェラはお爺様に電話をかけた。
「未徠がメールで画像を送ってくれるそうだ…。」
「誰の?」
「徠夢と徠人のだよ。」
「そっか、服さえ着てなきゃ、わからないか…。」
「あぁ、それを加工してセピア色にでもすれば、わからないだろう。」
「そうだね。」
画像ファイルはすぐに送られてきた。加工も簡単にできた。
もう。家を出る時間だ。
僕はライルになり、ライルの服に着替えた。
髪はアンジェラが後ろで結わえてくれた。
アメリカの家の窓がない部屋に転移すると、ホールで物音がした。
アンジェラはスマホのセキュリティカメラを確認した。
「家の掃除を頼んでいる業者か…もしくは賊か…。」
アンジェラがなんとも物騒なことを言う。
僕たちはわざと大きな声で話をしながら下の階へ下りた。
「そうだよね~。だからさ、あれはだめだって~。」
僕が意味不明なことを言うと、アンジェラもそれに合わせる。
「やっぱりお前もそう思うか?ダメだな、あれは。」
すると、物陰から小柄なおばちゃんが出てきた。清掃会社の名札を付けている。
「こんにちは。いらっしゃったんですね。今日はホールのお掃除に来ています。」
「あぁ、お疲れ様。今から出かけるから、気にしないでやってくれ。」
「かしこまりました。」
僕たちはそう言って、家の中からガレージへとつながる扉を出た。
ガレージには高級車が駐車していた。さすがに運転手は雇っていないみたいだ。
アンジェラが運転席に乗った。
「えぇ?アンジェラ、運転できるの?」
「ライル、今のはひどくないか?私だって運転くらいできるさ。」
「マジ?」
「マジだ。」
僕らは二人で大笑いした。一緒にいた5年間、アンジェラは運転なんてしたことがない。
ちょっとスリルを味わうかもしれないな、なんて思いながら助手席に乗った。
意外にも何の問題もなく、すぐに目的のショッピングモールに着いた。
アンジェラ、疑ってごめん。
「こっちの端のドーナツ屋さんで待ち合わせなんだ。」
「ふむ。」
二人で歩いて行くと、週末で多少人出も多いショッピングモールだが、時々変な声が聞こえる。あぁ、そうでした。忘れてた。アンジェラと一緒に歩いていたら、目立つのだ。
変な声は、アンジェラを見て興奮している人の奇声だった。
ドーナツ屋さんに着いた。
ちょうどよく一つだけ空いているテーブルがあった。四脚の椅子があるので都合がいい。
そこに二人で座って、僕がドーナツとコーヒーを買いに行く。
まだベスは来ていない様だ。
ドーナツとコーヒーを運んでテーブルに着いた時、入り口からベスが入ってきた。
「ライル、お待たせ~。」
「あ、ベス。僕達も今来たところなんだ。」
「お兄ちゃん、こちら同じクラスのライル・アサギリ君だよ。ライル、これが私の兄でトーマスです。」
「トーマスさん、ライルです。よろしくお願いします。」
トーマスと握手をした。アンジェラが椅子から立ち上がり、言った。
「うちのライルがお世話になります。保護者のアンジェラ・アサギリ・ライエンです。
よろしくお願いします。」
「あ、あの失礼ですけど、アーティストのアンジェラさんですか?」
ベスがアンジェラに聞いた。
「あ、はい。そうです。」
ベスが沸騰した様な赤い顔になっている。トーマスは至って冷静、我関せずと言った感じだ。
トーマスが淡々と話し始めた。
「飛び級をしたいそうですね。」
「はい。日本で中学に行っていたんですが、進みが遅いので飛び級のあるアメリカの学校に編入したんです。できれば2,3年で高校を卒業して、大学に入りたいと思っています。」
「なるほど、では、私の経験からですが、ただ授業を受けているだけでは飛び級はできません。保護者の方から学校に相談すると言う形で、もっと上に行きたいとアピールして、その後学校での審議等を受け、テストを受けて合格しなければいけません。」
「そんな手順があるんですね。聞けて良かったです。」
「人付き合いなども見られるので、クラスの友人は確保しておいた方がいい。あとスポーツやボランティア、とにかく総合的に評価されるので、気を配った方がいいですよ。」
「うわ、苦手ですね、人付き合い…。」
「まぁ。最初の3カ月を普通に過ごし、その中で少しずつ変えていけばいいんじゃないかな…。」
「ありがとうございます。」
「よかったな、ライル。これで何をすればいいか、明確になってきたじゃないか。」
「うん、そうだね。」
ベスが店の中をぐるっと見回し、ガラス張りの部分にいっぱい人が集まっているのを見て変な声を出した。
「う、うわぁ。なんか、怖いよ~。人がいっぱい、こっちを見ている…。」
「あぁ、すみません。多分、私のせいですね。」
トーマスは「なぜ?」という顔をしていた。アンジェラを知らないのか…。
「お兄ちゃん、アンジェラさんって多分世界でトップクラスのアーティストで、いつもニュースに出てる人だから…。ほら、あのリアル天使って言われてる。」
「え?あの、翼の?」
それは知ってるんだ…。アンジェラ、ちょっと苦笑い。僕もクスッとつられ笑い。
「それでは、そろそろ…。すみません、なんだかお忙しいのに。」
僕が言うと、ベスが僕の袖を引っ張って小さい声で言った。
「ライル、ねぇ、アンジェラさんと一緒に写真撮ってもらってもいい?」
意外だな…、結構ミーハー?と思いつつ、僕がアンジェラに聞いた。
「アンジェラ、ベスが一緒に写真撮ってもいいかって…。」
「あぁ、もちろん。」
ベスとアンジェラのツーショット、トーマスとベスとアンジェラの三人の写真をベスのスマホで撮り渡す。ベスが思わず言った。
「うれし~。」
「そうなんだ…。それじゃ、そろそろ、次の約束があるんだよね、アンジェラ…。」
「あぁ、そうだったな。では、失礼する。」
僕たちはドーナツ屋さんの前で別れた。
かなりたくさんの野次馬でドーナツ屋さんが囲まれていた…。
「どうする?アンジェラ…。」
「そうだな、非常階段の扉を閉めたら、誰もいないことを確認して、車に飛ぶってのはどうだ?」
「わかった。車の横でいい?」
「あぁ、もちろん。」
「じゃ、扉閉めたら、手を繋いで。」
僕たちは、最初ゆっくり歩いて、非常階段を見つけたらダッシュで走った。
『バタン』と扉が閉まり、周りを確認。誰もいない…。『チュッ』ってアンジェラが僕にキスをしてきた。そのまま車の横に転移…って。チューしたまま…。焦る。
慌てて、離れて、しゃがむ。幸い誰も見ていなかった。車のドアを開け乗り込む。
「ねぇ、打ち合わせにないことしたよね?」
「そうだったか?」
「見られたらどうすんの?」
「ゲイ疑惑再浮上だろうな。」
「ははは…。奥さん泣いちゃうよ。」
「お前だぞ、奥さん。」
「ははっ。ダメダメ、無理。」
「私も男は好きではない。」
「あ、早く行かないと…。」
「大丈夫だ、約束まで3時間以上ある。」
「なんだ、そうなんだ。」
僕たちはアンジェラの運転する車で、アンジェラ所有の高級ホテルに行った。
この前も泊ったスィートルームに案内された。
アンジェラが支配人に伝言する。
「午後6時に来客がある。6時前に来ても入れるな。いいな。」
「かしこまりました、会長。」
部屋のドアをロックし、アンジェラが僕に向き直る。
「やっと二人きりになれたな…。シャワー浴びるか?」
僕の肩に手を回して囁く、アンジェラの言葉に、一瞬でリリィになってしまう僕…。
ぷしゅーって感じだ。
答えを言う前に散々激しくキスされ、奥のベッドルームに突進された…。
「もしかして、これが目的でこっちに来たがったんじゃないよね?」
僕がアンジェラに聞くと、アンジェラの右の眉毛がピクリと上がった。げ、図星だったらしい。もしかすると、家で二人が仲良くすると、最近マリアンジェラとミケーレが早朝にいきなりベッドの中に出没したりするからか?
この前もなぜパンツをはかずに寝ているかしつこく質問されてたっけ…。
どうにか、5時半にはシャワーも浴びて、何事もなかったようにライルになって服を着た。
アンジェラは鼻歌交じりで超ご機嫌だ。
6時になり時間通りに来客が来た。
70代くらいの老人と中年の男、そしてあのウィリアム・サンダースだった。
『はぁ…やっぱり。』
僕は数歩引いたところで、アンジェラと彼らのやり取りを見守った。
一番年をとった男が話し始めた。
「はじめまして、でいいですかね。今日はどのようなご用件でしょうか?
私の懇意にしている画廊から頼まれてお会いすることにしましたが、理由をお聞きしていません。」
「ははは、こりゃ、手厳しいな。会いたいと言うだけでは会っていただけないということですかな…。」
「答えになっていませんね。」
あからさまに嫌な顔をするアンジェラ…。
「すみません。実は今は亡き私の父がアンジェラ・アサギリ・ライエンⅠ世の天使の絵に惚れこんで、大小合わせて5点ほど購入したんですよ。」
アンジェラは沈黙したままだ。
「その絵を幼いころからずっと見続けてきました。私も、息子も、ここにいる孫も。
それが、孫が学校にその天使が編入してきたと言ってきかないものですからね。
私達も見てみたいと思っていたら、あの有名ブランドのCMに出たと聞いて、さっそく確認させていただきましたよ。まぁ、本当に、あの天使そのもの。少し成長した姿とは言えますがね。それで、本人にもお会いしたいと思いまして。」
「なるほど、でも普通に考えてみてください。私の祖父が描いた絵画のモデルがこの現代に生きているはずがない。90年も前に描いたものですからね。
あの天使のモデルは私の祖父の双子の兄です。このライルの直系の先祖でもある。四代前だったか?」
「はい。」
「うちの家系は皆そっくりでね。」確かに区別つきにくいんですよ。ま、そういうわけなんで、お引き取り下さい。もう、次の予定がありますので。」
「あの、ちょっと待って下さい。今日来たのはそれだけではないのです、うちの会社のCMもその彼に出演していただくことは可能でしょうか?」
「そういうことでしたら、芸能事務所に電話で依頼をお願いします。本人はあくまでも芸能活動に消極的なので、お受けできるかはわかりませんが。」
そんな中、内線がかかってきて、次の約束の人物がきたという。
「さぁ、おかえり下さい。」
アンジェラは、その人たちを部屋から追い出した。




