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222. ストーカー予備軍とアンドレの家族計画

 9月8日、火曜日。

 また普通の日常が始まった。

 朝起きて、皆で朝食を食べ、リリアナがライナを日本に送り届け、アンジェラが子供達と遊んだり、散歩に連れて行く。

 僕は、身支度を整え、ランチ用のサンドウィッチを包んで、学校の寮に転移した。

 少し早いから、学校の中を見て回ろう。

 あまりじっくりと学校の中を見ていなかったな。

 最初に図書館に行った。古い歴史のあるような本や資料は皆無と言っていい。

 専門書は多少あるが、中学と高校だけの学校なので、そこまで揃っているわけではなかった。

 これなら、アンジェラの書斎の方が揃っている方だ。

 映画のDVDや音楽CDまで置いてある、あまり熱心に勉強するような学校ではないのかな?

 名門と聞いていたのだが…。


 まだ使っていない教室がいくつかあった。

 理科実験室、美術用の教室、音楽室。

 確か、今日初めての音楽の授業がある。楽器はそれなりに揃っているようだ。

 音楽室にもグランドピアノがあった。

 その時、後ろから声をかけられた。

「おはよう。君は新しく来た生徒かな?」

「あ、はい。そうです。ライルです。」

「よろしく、私は音楽担当の教員のジョシュア・モリッツだ。」

「よろしくお願いします。」

「得意な楽器はあるかい?」

「ピアノなら、少しは弾けます。」

「そうか、放課後や休み時間、いつでも来て弾いていいんだよ。」

「ありがとうございます。」

 立ち去ろうとしたときに、もしかして、君は先週カフェテリアでピアノを弾いた子か?と聞かれた。この先生は聞いていなかったらしいが、他の教員から噂を聞いたらしい。

「確かに一度弾きましたけど…。」

「最初の授業で、得意な楽器を演奏してもらうからね、楽しみにしているよ。」

「はぁ…。」

 まだ少し早かったが、自分の教室に移動した。


 教室に着いたら、またあのウィリアムが近づいてきた。

「ライル、ちょっと話があるんだけど。」

「僕にはないよ、話すこと。」

「そう言うなよ。」

「僕に話しかけないでくれないか。一人が好きなんだ。」

「君、5年前にアンジェラ・アサギリ・ライエンをライブ中に襲ったやつから助けた天使だろ?」

 一瞬、ひやっとした。でもここは冷静にいかないと、マズイ。

「何、言ってるんだ。変な人だな。話しかけないでくれ。」

 僕は顔を逸らして、窓から遠くを見た。その時に丁度電話がかかってきた。

 リリアナからだった。

「リリアナ、どうしたの?え?そうなんだ。わかった。ありがと。うん、そうする。」

 電話は、北山留美が妊娠したという話を聞いたとの報告だった。

 一度、徠夢達が僕と話をしたがってるから、日本に行ってくれという伝言だ。

 電話を切って顔を上げると、まだウィリアムはそこにいた。

「君、しつこいね。ここのクラスじゃないだろ?」

 僕が言うと、ウィリアムは真面目な顔をして言った。

「オレ、ずっとアンジェラのファンだったんだけどさ、あのライブに現れた天使に恋しちゃったんだよ。それからずっと探しててさ、この前の空港での君の写真見て、本当にいたんだって、思ったらさ、我慢できなくて…。」

 かなりウザい展開だ。

「君、言ってること意味不明だし、迷惑だよ。」

 冷ややかに返すほかないと思い、思い切り冷たく言った。

 その時、担任の先生が教室に入ってきた。

「どうしたんですか?」

「先生、この人が、僕と誰かを勘違いしているみたいで、しつこく話しかけてくるんです。

 迷惑なので、帰ってくれと言っていたところです。」

「君は、高校2年のウィリアムだね。ここは中学2年の教室だ、出て行きなさい。」

「…。」

 どうにか、追い払うことに成功したようだ。担任の先生についでに耳に入れておこう。

「先生、彼、寮の部屋にまで何回も来て、僕怖いんです。」

「わかった。報告しておこう。また何かあったらすぐに教えるんだよ。」

「はい。」

 よし、排除するなら早い方がいい。


 ほどなく生徒が集まって授業が開始された。

 午前の3、4時間目は音楽だった。朝話したジョシュア先生だ。

 生徒は全員、得意な楽器を演奏して披露することになっているらしい。

 中には楽器は無理な生徒もいて、タンバリンをたたいたりしていたが、殆どの生徒がバイオリンやピアノ、フルートなどかなりの腕前で、小さいころから英才教育を受けている子が多いのだと感心した。

 僕の演奏の番が来た。僕はラ・カンパネラを弾いた。キラキラは出ないように…。

 僕の番が終わると、ジュシュア先生が話しかけてきた。

「どんな先生について、何歳の時からピアノをやっているんだい?」

「え?独学で、5年ほど前から家のピアノで弾く程度ですかね。」

「すごいな。プロになる気はないのか?」

「ありません。ピアノを弾くのは好きですが、僕は医者を目指しているので。」

「医者か…、それはまたどうしてだい?」

「祖父が医者で、従兄も医学生で、父は獣医なんです。」

「そうか、夢があるなら、それに向けて頑張りなさい。」

「はい、ありがとうございます。」

 良かった、しつこく言われなくて…。


 その日の午後の授業で面倒な課題が出てしまった。

 自分のルーツについて調べてエッセイを書くと言うもの。

 知っている範囲で、著名な人物や、出身国なども書かなくてはいけないらしい。

 嘘を書くわけにもいかないし、家に帰ってからアンジェラに相談してみようかな…。

 夕方のスポーツの時間に今日も2時間もサッカーをやって、汗でドロドロのまま寮に戻った。

 そのまま、洗濯物を持って家のクローゼットに転移する。

「うわっ。」

 クローゼットの中に、なぜか椅子を置いて、そこに座って足を組んでいるアンジェラがいた。

「な、なにしてんの?こんなところに椅子なんか置いて…。怖すぎ…。」

「悪い、驚かすつもりはなかったんだ。授業の邪魔にならないようにメッセージを送るのは我慢していたんだが、一刻も早く会いたくてな…。」

「え?どうしたの?でも、それ以上近寄らないで、僕は今汗でできているっていうくらい汗まみれだから。」

「ふっ。」

 くそ、きれいな顔で笑いやがった。

「で。何か用なんでしょ?」

「あぁ、1つは聞いてるだろ、徠夢が会って話をしたいそうだ。」

「リリアナから聞いたよ。」

「もう一つが、あのCMのことだ。」

「え、キャンセルとか?」

「いや、相手方が約束を破って、今夜の深夜からCMをWEB配信とテレビで同時に出すことになったらしい。」

「なんか問題あるの?」

「ライルの素性を公開しない約束を破られた。」

「え?どうして?」

「そのブランドのトップがCMを見て、お前を相当気に入ったらしく、1年更新でモデル契約したいと言ってきた。断ったんだが、お前以外を考えられないとか言いだして、勝手にブランドのWEBサイトに載せてしまったらしい。」

「はぁ、大人にもそういうやついるんだね。アンジェラが困るようなことじゃなければいいよ。ちょっと先にシャワー浴びさせて。」

 僕はそう言って、バスルームに行き、シャワーを浴びた後、バスローブを羽織って出てきた。

 アンジェラはダイニングで僕の食事を温めなおしてくれていた。

「お腹すいただろ?」

「うん、ありがと。」

 ワインを飲むアンジェラの横で、晩御飯を食べながら、話の続きをする。

「ライル、多分、これからかなり取材とかが来ると思うんだ。」

「ん、それで?」

「私の会社に取材に来ても、どこにいるかを公表するつもりはない。」

「うん。」

「ただ、バレてしまう可能性はある。」

「学校がってこと?」

「そうだな…。学校には、明日理事長あてに電話を入れておく。校則には反していないはずだから、学校も取材に対応しないでくれと言っておくよ。」

「わかった。あ、ちょっと関係ないけど、気になることがあったんだ。5年前のライブで刃物を持った男に襲われた時に、僕が映っちゃった件。」

「それが、どうした?」

「この前学校でしつこかったウィリアムって男がさ、あれはお前だろうって言ってきた。

 しかも、キモイのが、あの天使に恋したとか、探してた、とか、空港でのアンジェラとの写真が投稿されているのを見て、見つけたと思ったとか、今日言われたんだよ。はぐらかして、先生にしつこくされて困るとチクっておいたけど、名前が出ちゃうとまたなんか言われそうだな。」

「すまない。」

「アンジェラが謝ることないよ。僕がこの5年でどれだけ見た目が変わってるかしってるでしょ?カマかけてるんだと思う。とにかく危険だから、あまりしつこい様だったら、赤い目を使うかもしれないよ。」

「あぁ、その方がいい。」

「あ、それと、自分のルーツについて、エッセイを書かないといけないんだけど、何を書いたらいいのか、何を書いたらまずいのか…迷っててさ。」

「そうだな…500年前のユートレア王オスカーでも出しておけばいいだろう。ユートレアの歴史などは、国があったこととと歴代の王、妃、王子の名前くらいしか調べようがないからな。」

「わかった、そうする。ありがと。」

 確かに、オスカーなら検索しても、そんなに情報は出てこないだろう。

 食べ終わった後で、アンジェラが僕の髪をドライヤーで乾かしてくれた。

「髪、本当に伸びたな…」

「うん。切った方がいいかな?」

「どうだろうな、でも、似合っているぞ。」

「実はさ、どんな風に切っても、お爺様みたいになっちゃう、とかアズラィールになっちゃうとか、徠神みたいになるな~、とか考えてたら、髪型が浮かばなくてさ。」

「確かに、そうだな…。でっもそんなこと言ったら、私とアンドレは同じ髪型だぞ。」

「ははっ、確かにそうだよね?でも最初から同じだったから、わざと変えるのも変だよね。」

「そうなんだ。それにいざというとき、影武者を頼むかもしれないからな。」

「へぇ~、そんなことも考えてるんだ。」

「口を開いたらすぐにばれそうだけどな…。」

「確かに…、アンドレはカチコチだもんね。へへ。」

 そこへアンドレが来た。

「ライル、今夕食を食べているんですか?遅いですね。」

「アンドレは?」

「アンジェラと話がしたかったんです。お邪魔でしょうか?」

「あ、大丈夫。僕、もう寝るから。」

「あ、ちょっと待ってください。できればお二人にお話を聞いていただいた方がよろしいかと思います。」

「で、アンドレ。話とは何だ?」

「アンジェラ、私はリリアナと結婚して2年経ったのだが、そろそろ子を持ちたいと考えているのだ。しかし、リリアナはまだ早いと言ってなかなか受け入れてくれない。」

 え?あっち系の相談?

「そ、それは仲良くしたいのに、してくれないってこと?」

 僕は思わず聞いてしまった。そうしたら、アンドレが顔を真っ赤にして頷いた。

 あんなに強烈なキスしてたじゃないか、子供の時から…。

「ライル、お前からリリアナに聞いてあげなさい。拒む理由を…。」

「そんなの聞けないよ~。だいたいさ、本当に拒んでんの?」

 その場にいたわけじゃないので、全くわからない。

「アンドレ、説明しなさい。」

「はい。いつも、寝てしまうと、リリアナは絶対に目を覚まさないんです。どれだけ揺すっても、引っ張っても…。絶対に。」

「それって、単に寝たら起きない奴ってことなんじゃない?寝ちゃう前に始めたらいいんじゃないの?」

「そういうことでしょうか?」

「あ、コーヒーとかカフェオレとか飲ませなよ。おいしいよ~って言ってさ。」

「そういう手がありましたか…。」

「アンドレ、今連れてきたらどうだ?カフェオレを入れてあげよう。」

「アンジェラ、感謝します。連れて来ます。」

 僕とアンジェラはお互い顔を見て、ぷっと吹き出した。

 アンジェラはカフェオレを作って待っていた。

 アンドレがリリアナを連れてきた。

「あ、リリアナ、今日は電話ありがとう。別世界の瑠璃リリィ)からもあっちの留美が妊娠したって聞いてたからさ、こっちでもあるかもってアンジェラが言ってたんだ。本当にそうなるとは、驚きだね。」

「ライル、学校はどう?」

「うん、変な奴がいるけど、学校は普通って感じ。毎日2時間のスポーツはまるで修行だけどね。」

「リリアナ、カフェオレ飲まないか?」

 アンジェラがさりげなく勧める。

「ありがと。」

 一気に飲んだ。リリアナは結構思い切りが良いタイプである。豪快というか、裏表がない。

「リリアナたちはどうなんだ?」

「ん、何がです?」

「あ。ほら、今後の家族計画とか…。」

「あ、まぁそうですね、男の子と女の子一人ずつ欲しいです。マリーとミケーレみたいに。」

 ほらね、拒んではないよね…きっと。『うん、うん』と僕らは頷き、アンジェラは二人に指示を出した。

「じゃあ、君たちは明日の朝ゆっくりしていていいからね、ユートレアの王の間にでも行って来たらいいよ。部屋は使いっぱなしでかまわない。メイドが翌日チェックして片付けてくれるから…。」

 言いながら、アンジェラが少し赤面する。アンドレも赤面しつつ言った。

「では、お言葉に甘えて行って参ります。」

 アンドレがリリアナの手を握るとリリアナも少し赤面して、転移して行った。

「寝たら起きないとか、かわい~こと言ってたね。」

「まだまだ子供だな、あいつらは…。」

 そうして夜は更けていった。しかーし、僕のエッセイは終わっていなかった。


 宿題を終えたら、深夜の2時だった。




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