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216. 予期せぬオファー

 9月2日、水曜日。

 朝、ベッドの中で目を瞑ったまま「あと5分したら起きよう」と頭の中で思案していると、生暖かい風が、頬に…。パチッと目を開けるとミケーレとマリアンジェラの顔が、鼻先がくっつくくらいの位置に…。

「わあっ、もう、びっくりしたぁ。」

「今日はママが寝てるね。」

「そうだね。」

 そう言うとガサゴソとベッドの中に二人で潜り込み、顔だけ出してニヤニヤしている。

「どうしたの?」

「ミケーレね、子供部屋で寝たんだよ。」

「えらいね。」

 チュとおでこにチューしてあげた。満足げなミケーレを横目に、マリアンジェラは僕を見て言った。

「わたし、知ってるんだから。夜中に何回もミケーレがパパのベッドを覗き…。」

 ミケーレがマリアンジェラの口を手で塞いで言った。

「おしっこに行っただけで、覗いてないもん。」

 アンジェラが薄目でミケーレを見る…。

「ミケーレ、パパと一緒に寝たかったのか?」

「ううん、違うよ。パパが泣いてたから、気になっただけ…。」

 ミケーレ、お前は…覗いてたんかーい。そして、アンジェラは泣いてたんかーい。

 変な空気が流れて話はそこで終了した。


 ライルになり、シャワーを浴び、『今日の服』に着替えた。

 今日は黒いTシャツに白いパーカーとジーンズだ。普通のティーンエイジャーが着そうな服装ではある。

 リビングに行くとダイニングテーブルに朝食がすでに並び、僕のランチ用にバケットで作った生ハムとチーズのサンドウィッチが用意されていた。おいしそうである。

 アンドレとリリアナがもう食べ始めていた。

「今日は早いな。」

「なかなかリリィ、いや、ライルと話す時間もないですからね。」

 そっか、アンドレにとってはリリィしか知らないんだよね…。

 じゃあ、今の僕の存在って、アンドレにしてみれば、複雑だろうな…。


「アンジェラ、アンドレ、僕って家にいる時リリィの方がいいよね、きっと…。」

「「なんで?」」

 答えたのはなぜか子供達だった。

「べっつにいいんじゃないの、どっちでも…あ、ライナを忘れてた。」

 そう言ってマリアンジェラがライナを連れてきた。

 ライナが僕のところまで走ってきて足にしがみついた。

「お兄ちゃん、とうちゃまが怒ってたよ。一回帰って来いって。」

「あ、そうでした…。この前のあれだよね…。」

 アンジェラは聞こえないふりをして子供たちのプレートに果物を取り分けていた。

 ライナは少しサンドウィッチを食べると、日本の朝霧邸にリリアナに連れられて行ってしまった。


『ぷっふぁ』とまるでビールを飲んだおっさんのようにミルクを飲み、ミルクで唇の上に白いひげを作り、マリアンジェラがニコニコしながら言った。

「あのね、マリー、最近できることが増えたのよ。ふふふ」

「え?何?どんなこと?」

 マリアンジェラは自信満々で、言った。

「大きくなれるのよ。」

「大きく?」

 アンジェラが笑いを堪えて聞き返した。今の四頭身がそのまま拡大したのを想像してしまったからだ。

「パパ、笑いすぎ。」

「え、僕見てみたい。」

 ミケーレが言うと、マリアンジェラは椅子から降りて聞いた。

「いいわよ、じゃあ、どれくらいの大きさがいいか言ってみて。」

「じゃ、こんぐらい。」

 ミケーレが椅子に立ち背伸びして手を上げた。

「じゃ、見てて。」

 マリアンジェラが白い光の粒子に包まれ、その光の粒子がどんどん膨らんでいく…。

 徐々に実体化したそれは、中学生くらいの少女、いや、見たこともないくらいの美少女だった。間違いなくマリアンジェラだ。白く輝く軽くウェーブかかった銀髪に深い海の底の様な碧眼。

「すごいな。」

 アンジェラが素直に感心した。

「でしょ?」

 牛乳のひげがついたままなのはご愛敬である。僕はそっとティッシュでマリアンジェラの口の周りをふいてあげた。

「もっと大きくなれるの?」

 そう聞いたミケーレに、まかせてとばかりに親指を立てたマリアンジェラが白い光の粒子に包まれ、また光の粒子がどんどん膨らんでいく…。そして、また実体化した。

 でかい。僕は今180cmほどだが、同じくらいある。

「ふぅ、これが大きさの限界みたい。」

「マリー、女の子にしてはちょっと大きすぎると思うぞ。リリィだって170cmくらいしかないだろ?」

「確かにそうだね、リリィになっているときはもう背も伸びていないもん。」

 僕がそう言うと、アンジェラが続けて言った。

「あと、それがすごいと思うのは、クマちゃん柄のパジャマがそのまま大きくなったりするところだな。」

「本当だ、すごいね。僕もできるのかな?」

 僕もリリィになって服が調整されるか試してみた。

「ダメだな…服は縮まない。」

 ミケーレが突然リリィになった僕にドン引きしている。目の前で変わったことはなかったっけ?その時、マリアンジェラが僕の手を握って、笑った。僕の体が、瞳が白い光で光った。

 服が、体のサイズに縮んだ。マリアンジェラの能力をもらった瞬間だった。

「すごい、これだと服が破れることはないね。」

 以前、意図せず成人男性おっさんの大きさのライルになってしまった時に、リリィのネグリジェとパンツが食い込んでいたのを思い出してしまった…。

 僕は、ライルに戻った。服も元に戻っている。

 マリアンジェラは大人がいないときに困ったらこの方法が使えると思った様だ。

 確かに2歳児が二人いても話を聞いてもらえるかどうかわからない。

「でも、基本的にはその能力を外で使うのは禁止する。」

 アンジェラが厳しい口調で言った。

「どうしてよ。」

 元のサイズに戻ったマリアンジェラが聞き返す。

「マリー、さっきの姿を見てみなさい。」

 アンジェラはいつの間にかスマホで写真を撮っていたようだ。

「こんなにかわいかったら、誘拐されるか売り飛ばされるか、何が起こるかわかりゃしない。だめ、絶対ダメ。」

 娘の可愛さにメロメロなのであった。親ばか丸出しである。確かに、心配しちゃうくらいの美形だった。年頃になったらデビューさせるとか言うのかな?


 食事を終え、アンドレとアンジェラが子供達を散歩に連れて行った。

 僕は、昨日アンジェラにもらった日記帳に昨日と今朝起こったことを書き記した。

 いつの頃かわからないけど、アンジェラが毒殺されかけたのを寝ぼけて転移した先で偶然救ったこと。あの真っ白な絹の衣装を思い出すとぞっとする。金糸で刺繍された十字架のマークもあったな…。どっかの教会の司祭服みたいだった…。すごく気になる。


 その時、寮の部屋の前に人が来たようで、スマホのアプリに通知が来た。

 動画をチェックしてみると、昨日のあの上級生、ウィリアムだった。

 また、何の用だろう、しかも今はまだ寮は朝の6時だ。ドアをノックしているようだ。

 無視しよう。


 アンジェラ達が帰ってきた。

「あ、アンドレ、どうしたのその眼鏡…。」

 アンドレがめちゃくちゃ真面目なサラリーマン風の黒縁眼鏡をかけている。

「これは、変装です。同じ顔が二人いると騒ぎになりますので…。」

 そんなに変装ってほどには変わってない気もするけど、ないよりはマシなのか…。


 丁度その頃、リリアナとライナも帰ってきた。

 ライナを徠夢と北山留美に預けたら、徠神の店に行って時間をつぶしているらしい。

 お土産にその日のおすすめスィーツを買ってくるのが日課の様だ。

 午後1時、少し早いが僕は寮に行って支度をすることにした。

 サンドウィッチを忘れずに持っていかなければ…。


 ボーディングスクール2日目だ。

 ぎりぎりの時間まで寮の自室のベッドの上で過ごした。

 夜はあまり時間がないが、朝は中途半端に余裕かもしれないな。

 ドアがノックされた。

 あの上級生だ。

 ドアを開けずに要件を聞くことにした。

「ライル、一緒に行かないか?」

 ウィリアムはそう声をかけてきた。

「いや、いい。遠慮するよ。一人が好きなんだ。」

 僕がそう答えると彼は黙って去っていった。

 なんだか嫌な予感しかしない。ストーカーになりそうなやつだ。


 授業はどれも簡単だった。意見を言わなければならないことが多少面倒ではあったが、出来ないわけではない。飛び級するという目的のためにはやる気のあるところも見せなければいけないだろう。課題さえちゃんと出せばオッケーなところは、逆にぬるいきがした。

 家に帰ってからの時間を勉強で使いたくないので、休み時間とランチタイムに課題を終えるよう努力した。

 慣れればどうってことない生活かもしれない。

 昼に持参したサンドウィッチを食べ、午後も変りばえのしない授業を受け、スポーツを終えたら寮に戻る。

 部屋に戻ると昨日に出したスポーツウェアが洗濯されて戻って来ていた。

 僕は、また汚れたスポーツウェアを洗濯に出し、裸のまま、スマホと着ていた服を抱えて自宅の浴室に転移した。


「うわっ。」

 目の前に全裸のアンジェラがいた。うわっ、スポーツなんてしていないのに腹筋割れてる…。

 明るいところで見たことないから、ドキドキした。

「ごめん、サッカーやって汗かいたから、こんな格好で…」

 次からはクローゼットに転移することに決めて、ぶつからないように気を付けることにした。

 お風呂に入っている最中にさっきの腹筋を思い出したらリリィになってしまった。

 やだ、僕ったら、邪念が…。ははは。

 リリィでお風呂から上がり、リリィのパジャマを着た。

 アンジェラを探して、ダイニングに行ったけどいなかった。

 アトリエにも行ったけど、いなかった。

 え?どこ行っちゃったのかな…。すごい恐怖が襲ってきた。何も考えずアンジェラの元へ転移した。

「あ…。」

 子供部屋で子供たちにブランケットをかけているアンジェラの背後に出た。

 気づいたアンジェラが唇に指をあてて、『しーっ』とジェスチャーした。

 後ろから抱きついてぎゅっとしたら、アンジェラが僕の腕をほどいた。え?

 向き直ったアンジェラが僕をお姫様抱っこして、そのまま唇を唇で塞いで、寝室に連れて行った。

「どうした?」

「あ、うん。どこに行ったか不安になっちゃって…。」

 アンジェラはニヤリと笑った。

「心配するな、私は百年以上前からこの家でお前をずっと待っているんだぞ。」

 そうでした。ずっと待っててくれて、現在に至っているんだ。僕が不安に思ってどうする…。

「お腹すいてるだろ?ダイニングに行こう。」

 二人で、昼間にあったことを話したりして、ご飯を食べた。

「リリィ、いやこれはライルに話なんだが…。」

「ん?」

「やっぱり、デビューしないか?」

「え?無理無理、歌とか歌えないし。顔地味だし。」

「実はな、あの船上パーティーでお前を見た映画監督やプロデューサーから5件ほどオファーが来ているんだ。それにお前の顔、地味ではないだろ…。そう言うことを他の人間に言ったら嫌味だと思われるぞ。」

「え?オファー?やだよ。僕できない。」

「そう言わずに、考えてくれ。CMだったらどうだ?30分で終わるぞ。」

「僕にどんなメリットがあるの?」

「そうだな、自分の稼いだ金が使える。私の面子が保てる。」

「どういうこと?面子って…。」

「しつこいんだよ。オファーしてきたやつらがな、お前は芸能プロダクションの社長だろ、これくらいのオファー受けないでこれからも仕事続けていくつもりかって、そういう感じだ。」

「僕がライルで行ったからこんなことになったんだね。」

「それは仕方ないさ。」

「で、どんなことすればいいの?」

「1つは具体的にシナリオまで渡してきていて、今週中に返事をしろと言われていて…。」

 そう言って、アンジェラはダイニングの上に置いてあったタブレットの画面を開いた。

 メールに添付られているドキュメントを開くと、絵コンテやら、シーン設定やらの書かれた資料が開かれた。


 恋人とデート中、鼻についたソフトクリームを舐めたり、後ろから抱きしめたり、最後にキス?

「え~、何これ?相手がいるんじゃ、こんなの無理だよ。他人の鼻なんか舐められない。」

「あー、それなんだがな。どうだろう、マリアンジェラだったらできないか?」

「あ、え?大きくなってもらってってこと?」

「そう、正解!」

「正解って、マリーはまだ2歳だよ、そんなことさせられないんじゃないの?」

「リリィ、聞いてくれ。私の考えなんだが、ミケーレも、マリアンジェラも中身は多分子供ではない。何回も転生し、中はすでに大人だと思う。そうでなければ、たった一歳でお前を救うために別の人体を自分に取り込み、女神の洞窟で再生させたり、そんなことを思い浮かぶはずがない。

 マリアンジェラは、誰よりも冷静で、誰よりもわきまえているぞ。でも、子供であることも楽しんでいるんだろう。」

 証拠はないけど。、確かにそうだと僕も思った。

 相手がマリアンジェラだったら、と言う条件で、僕は承諾してしまった。


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