211. 編入手続き
ネットニュースなどで黒歴史の更新をチェックしつつ、グダグダしながら起きると、別の部屋に朝食が用意されていた。至れり尽くせりである。
まだリリィの姿のままであったが、アンジェラがシャワーを浴びて出てきたときに今日の予定を確認した。
「今日は、午前中はフリーで、午後二時に学校に手続きに行く。その時に寮の個室の鍵をもらう予定だ。保護者が寮に立ち入れるのは今回限り、中を見て必要なものは手配しよう。いいか?」
「うん、ありがと。アンジェラはいつまでこっちにいられるの?」
「今日を入れて三日だ。帰りは直接イタリア行きの飛行機に乗る予定だ。転移に慣れているせいか、飛行機が苦痛だ。リリィ、シャワーを浴びたらライルになっておいてくれ。ここにある服を着るように。」
「わかった。」
僕はシャワーを浴びた後、置いてある服に着替えた。
ん?紫のラインがアクセントになった長袖ドレスシャツに麻のパンツ?
普段着ない様なコーデだ。暑いから?学校だから?しっかし、マジで似合わね~わ。
今の僕は髪が長くて野生の狼みたいだ、って実際の狼は見たことないけど…いわゆるワイルドな感じなので、服装との違和感がすごい。
アンジェラに服を着た後見せてみた。
「アンジェラ~、これ似合わなくない?いつもTシャツにライダースーツとGパンばっかりだからさ、変な感じがして~。」
「どれ、髪をやってあげよう。」
洗面台の前で、アンジェラが突然僕の髪を後ろに束ね、器用に結んでくれる。
やっぱりお母さん感がハンパない。
「あ、ありがと。」
「いいな、王子様みたいだ。」
いや、王様に言われたくないし。心の中で突っ込む。
「やめてよ、恥ずかしい。」
アンジェラが僕の顎に手をかけ、少し持ち上げて言う。
「ライルでもリリィでも瞳の色と形は全く同じなんだな。ふふ」
ひぇ~、なんでこんなところで落とされそうになってるんだ、僕…。
グダグダしすぎて、もう11時になってしまった。
朝ごはんを超ゆっくり食べ、マリアンジェラとミケーレ、そしてライナとテレビ電話で話をした。
「え?マジ?ライル?かっこいいじゃん。いつものは偽りの姿なわけ?」
マリアンジェラが普段の僕はイマイチだとディスってくれる。
「ひどいな、それじゃ、いつもは格好悪いみたいじゃないか。」
「格好悪いとは言ってないわよ。頭がボーボーなだけで。」
「じゃあ、髪、短く切っちゃおうかな…。」
「ダメぇ、切っちゃ。リリィの髪の毛も短くなっちゃうもん。」
ミケーレは反対らしい。
「ところで、ライナは朝霧の家に行ってるの?」
「うん。」
「あ、パパに言っといて。ネットニュースで見たわよ。人前でチューは禁止よ。
おじいちゃんが今朝ものすごくキレてたらしいわよ。」
「うわ、見たのか…。」
くだらない会話だけど、やっぱり楽しい。
「じゃ、がんばってね~」と言われ、電話を切る。
午後1時過ぎ、迎えの車が来たとホテルのスタッフが部屋に知らせに来た。
必要な書類を持ち、ホテルの部屋を後にする。
アンジェラは珍しく、スーツ姿だ。なんだか変な感じがする。
ロビーから出てきょろきょろと迎えの車を探した。
リムジンが一台停まっているいるだけだ。と、アンジェラがそのリムジンに乗ってしまった。
「マジ?学校に手続きに行くのにリムジン必要ないよぉ。」
「これしかなかったんだろ。」
顔色一つ変えず足を組むアンジェラ…。なんだか経済観念ですごい温度差を感じる。
三十分ほど移動して、目的地の学校に着く、名門校らしい。
門構えがゴージャスだ。今は夏休み中で、そんなに人の数は多くない。
門の前に五人ほど並んでいる人がいた。
僕らが乗る車を見て、全員が頭を垂れた。
「お待ちしておりました。」
一番偉そうな男性がそう言って、門を開けた。
車ごと中に入り、事務局のそばまで移動した。
駐車場に停まると、外からドアを開けられた。
「お初にお目にかかります。アンジェラ様、お待ちしておりました。」
そうあいさつすると、その男は「こちらへどうぞ」と言っていくべき方向を示してきた。
立派な応接室に通され、そこにいた人に書類を渡した。
さっきの偉そうな人が書類を確認して、口を開いた。
「ライル・アサギリ様、あなたがこの学園を選んでくださったこと心より感謝します。」
「え?」
ポカンとしていたら、アンジェラがその偉そうな人に「理事長」と言っていた。
ラスボスじゃん。
「理事長、それで、お願いしていた件は大丈夫なのか?」
「はい、アンジェラ様。個室を倍の大きさに改築いたしまして、バスルームとトイレは別にさせていただきました。あと、ミニキッチンと大型冷蔵庫、テレビなどはもう設置済でございます。ベッドは奥の部屋に、大きい天蓋付きの物を設置させていただきました。」
「ご苦労。」
「では、こちらが鍵でございます。カードキーとなっておりまして、セキュリティは万全です。お部屋までご案内いたします。」
理事長自ら部屋まで案内された。
げげげ、下手なホテルより立派なんですけど…。
「どうだ、ライル必要なものがあれば、買いに行くが、思いつくものはあるか?」
「シャンプーとかボディソープとかバスタオルかな?あと、パジャマとか荷物になるから持ってこなかったんだ。あと、飲み水とかかな?」
「理事長、ちょっと買い物に行ってくるから、ここへの入場はどうするんだ?」
「あ、そのカードキーがそのまま学生証の役割を果たします。ゲートで機械に読ませて入ってください。オリエンテーションは9月になってからメールでご案内します。以上で手続きは完了です。わからない点は、この者に訪ねてください。」
理事長はそう言って寮の管理をしているおじさんを指さした。
寮でのルールなどが書かれたガイドブックを渡され、僕たちは部屋へそれを置いて、一度外へ買い物へ出ることになった。
「ねぇ、アンジェラ…。」
「どうした、ライル。」
「どんな技使ったのか知らないけど、これ過剰サービスじゃない?」
「少し寄付しただけだ。気にするな。」
や、やっぱり…きっとすごい金額なんだろうな…ひぇ~。過保護すぎだよ~。
僕たちは近くのホームセンターで必要なものを買い、寮に戻って置いてきた。
行く先行く先で写真を撮られ、キャーキャー言われたのは言うまでもない。
とりあえず、使い始めたら家からなんでも持ってくればいいので、適当に用意した。
その後、一度ホテルに戻った。
あと二日でアンジェラが帰ってしまう。




