210. やらかした一日
ホテルの部屋に着いてからは、バタバタだった。
お風呂に入ったり、荷物を少し出したり、しまったり…。
家を出る前に事前に言われていた、ホテルのイベントへの出席が配偶者を伴うものだと言うので、リリィになって準備をする。
さすがに普段は化粧なんて一切しないが…、公の場ともなると洗いっぱなしのボサボサとはいかない。リリィになったら、そんなにはボサボサではないんだけれど。
アンジェラが呼んでいたスタイリストの前に、バスローブ姿で放り出され、顔も髪もいじり放題いじられまくり、もはや、これは自分ではない状態に…。
「家族に見られたら、死ぬレベルの罰ゲームだよ、これ。」
そんな言葉を漏らしたことを知ってか知らずか、せっかく準備も整って、あとはドレスを着るだけ、の状態でベッドに座ってグダグダしてたら、アンジェラがやってきた。
同じように隣の部屋でスタイリストさんにいじられまくったらしい。
いや、無理、何、この強烈な王様オーラ。アンジェラを見たら赤面しちゃった。
「どうしたリリィ、恥ずかしがって…。」
「いや、その。アンジェラも普段と違うっていうか、なんていうか…。」
「おいで。」
出た、『おいで。』これ行ったら、せっかくきれいにしてもらったのがぐっちゃぐちゃになるパターンじゃないの?
「いや~、なんというか、ねぇアンジェラ、なんかさ、いうこと聞かなきゃいけなくなるような能力使ってる?」
「リリィ、前からそれ言ってるけど、そんなものはないよ。」
「ほんと~?なんだかさ、くっつきたくなるんだよね、その言葉を聞くと。」
「おいで。」
「今はダメ、あとで…。」
後でならいいんだな。と言われ、頷いたところで、やっと解放された。
30分ほど後にスタッフが迎えに来た。
僕たちは直前に着替えて待っていた。
ホテルのイベントと言っていた気がするんだけど、会場には経済界の偉そうな人や、有名な芸能人、そして政治家がゴロゴロいた。
『すごいな…』
テレビでしか見たことないような人を間近で見て、若干引き気味だったのだが、飲み物を手渡され、受け取ってしまった。
あぁ、丁度のどがカラカラで、うれしい…。と飲んでみると、めちゃくちゃうまいブドウのジュースだ。わぁ、何この飲み物。うまいじゃん。
アンジェラがどっかのスマホの会社の会長としゃべってる間に飲み物のおかわりをもらった。二杯目もおいしくいただき、何か食べようとしたら、あれ、体が…。
アンジェラの腕を掴んだままぐにゃってなっちゃった。
「ん、あ、すみません。妻が疲れたようで、一度部屋に戻ってきます。」
アンジェラが僕に何か話しかけてた気がする…。
けど、気が付いたら部屋のベッドの上で、アンジェラと仲良くしてしまっていた。
「えーっ、どうして…。あ、やだ。ん。」
アンジェラがキスしまくるから、何も言えなくなった。
「リリィ、お前、シャンパンをがぶがぶ飲んだだろ?」
「え?シャンパン?あれブドウジュースじゃないの?」
アンジェラにまた口をキスで塞がれて、やだ、もう。
「あんまりお前がかわいいから、我慢できなくなったじゃないか…。」
って、途中で抜け出してきたんかい!
「ひどい、酔っぱらってるってわかってて、脱がせたの?」
「なんとなく酔ってる気はしたけど、自分で脱いで、来てって言ったじゃないか…。」
「…。ごめん。」
「もう、酒は飲むな。いいな。」
アンジェラはリリィを一人で行動させるのが心配だと本気で思っていた。
もし、自分以外の男の前でアルコールを飲んだりしたら、大変だ。
結局一時間ほどベッドで過ごしてしまい、またスタイリストさんに髪や化粧を直してもらって、パーティー会場に戻った。
『今、ここでやりました』って顔に書いてあったと思う。今までで一番恥ずかしい出来事だった。
このパーティーは大切な人脈を作るためには無視できないイベントらしい。
結婚してから四年、ほぼイタリアから出なかったからお断りしていたけど、今回は断り切れなかったそうだ。
次の日、ネットニュースでパーティー会場に来ていた面々が写真で紹介されていた。そして、僕とアンジェラがべったりくっついてキスしている写真まで載っていた。
「ガーン、黒歴史だ…。いつ人前でこんなことを…覚えていない…。」
「何言ってるんだ、夫婦仲いいのが確認できただけの話だろう。」
「マジで言ってる?」
「もちろん。裸を撮られたわけではないだろう?」
「むぅ…。確かに…。」
恥ずかしかったけど、アンジェラと二人で過ごせてうれしいひと時だったのかなぁ…。




